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<21・覚醒>

 自分が班のリーダーになったのは、ただ単に通信能力を持っていたからに他ならない。

 それでも、暫定リーダーを任された時、篠丸は思ったのだ――初めて自分も、誰かの役に立てるのかもしれない、と。

 一緒の班になったメンバーが、比較的付き合いやすい者達であったというのも大きい。大人しくて真面目、でも芯の強い明日葉。少々ものをはっきり言いすぎて空気が読めないこともあるが、ムードメーカーの英佑。何事にも一生懸命な冬香に、実はその冬香が好きだった照れ屋で頑張り屋の晴哉。特に英佑とは仲が良かったし、うまくやっていけると思っていたのだ。実際自分達の班は、他の班と違って死者もまだ出ていなかった。明日葉の能力を駆使して堅実に探索をしてこれたのも事実だ。あと少しで、一番下の階まで調査を終えて、鍵の在り処にも目星をつけてみんなを助ける役に立てるとばかり思っていたのに。


――どうして、こうなるんだよ!


 明日葉と繰り返しドアに体当たりをする。残念ながら、篠丸の体格は明日葉より下だ。二人がかりであっても大したパワーもないから、恐らくドアに与えるダメージも大きくないのだろう。ドラマのように、数回の体当たりで上手く鍵を壊せる、なんてことにもならない。罠を想定して作ってあるなら、きっと普通の建物よりもしっかり鍵を設計してあるのだろう。ひょっとしたら、いくら自分達が頑張っても無駄なのかもしれなかった。それでもだ。

 助けられないなら、一体自分達はなんのために此処にいるのか。

 助けることができずに逃げたりしたらそれは、生き残るためなら何をやっても許されるという恭二の理屈を認めることになってしまう。それだけは駄目だった。例え、助かるためだとしても、だ。仲間を見捨てたくない。自分は、自分達はきちんと人間として、胸を張れる行き方をしていたいのだ。


「馬鹿だなあ」


 心底呆れたように恭二が言う。


「お前らみたいなチビと女が頑張っても、どうにもなるわけないじゃん。まあ、聖也の怪力だったらなんとかできるかもしれないけど。そうだ、あいつを呼んできたらどうだ?それならドア、開けることもできるかもしれないぞ?」

「わかってるくせに、無茶言うなよ!」


 篠丸は叫ぶ。聖也を呼びに行かない理由など、わかりきっているくせに。

 彼女達の班は上へ上へと探索範囲を広げているのだ。つまり、絶望的に自分達から遠い場所である。勿論、篠丸の能力で通信して呼びに行くこともできるだろう。しかし、そうなれば彼らの探索がまた疎かになってしまう。ただでさえ、彩也や仲間の班を助けに行ったせいで、聖也達の班の調査は遅れがちになっているというのに。

 もう一つの問題は、もうすぐ次の怪物が放出される時間になるということだ。この辺りには『侵入禁止』のドアがない。この近くに化物が登場する確率は低いだろう。化物は基本的に、人が集まっている場所へ向かう。聖也はそれがわかっているから、大人数での行動を続行しているのだ――自分達の、自分がいる方向に化物をおびき寄せて始末するために。彼女はわかっていて、危険を引き付ける囮を買ってくれている。しかも、まだ一人も死者を出していない。それがどれほど大変なことか、篠丸にだって十分理解しているのだ。

 化物が放出されたタイミングで自分がそこに行って巻き込まれたら、それこそ彼女達の足を引っ張る結果になりかねないではないか。ここにきて、計画に穴を開けたくはないのだ。例えすでに大量に死者が出て、最上のハッピーエンドなど望めない状況であるとしても、である。

 逆に聖也を呼び出すのもNGだろう。彼女を呼んで、その間に彼女の班の仲間が化物に襲われてしまったらどうにもならない。




『あと十分でキメラが放逐される。ミーティングはここまでだ。全員行動を開始してくれ。……みんなで生きて帰るぞ。健闘を祈る!』




 疑われても仕方ない状況で。

 みんなに糾弾されてもどうしようもない状態で。

 それでも彼女はリーダーを買って出て、みんなを救うために全力を尽くすと誓ってくれた。二十二人の仲間は少なからず彼女を信じるしかないと思ったから集まったのだ。

 これ以上、負担をかけたいはずがなかった。得体が知れない転校生であったとしても、彼女が最初から自分達のために命を賭けてくれた姿を。自分も明日葉も、ちゃんとこの目で見ているのだから。


――助けるんだ!絶対助けるんだっ!!


 何度もぶつける肩が、痛い。ドアに体当たりするたび、衝撃が全身に伝わる。頭がぐらぐらして、目の前の景色がぐわんぐわんと揺れ動く。吐き気もしてくるし、息も上がってきた。本当は諦めてしまいたい、見なかったことにしてしまいたい。でも。

 同じように体当たりを続ける明日葉がまだ、諦めていない。なら自分が先に折れるわけにはいかないではないか、一人の男として。


「うわあああああああああああ!」


 再度勢い良くドアにぶつかった、その時だった。




 がちゃ。




 唐突に、ドアが内側に開いた。勢い良く中に転がってしまう篠丸。ふらつきながらもすぐに立ち上がり、そして。


「え」


 英佑、と呼ぼうとした。声は掠れて、うまく音になってくれなかったけど。


「……しのまる」


 立っていたのは、英佑ひとりだった。部屋の中は、悲惨な有様である。血と、化物の体液らしきドス黒い液体が部屋中に飛び散っているのだ。薄緑色だったのであろうタイルも、白い壁も、もはや見る影もない状態である。彼らは頑張り抜いて、化物を倒して見せたのだ。

 だが。

 英佑の足元には、頭が割れた晴哉が転がっている。

 そしてもう一人。冬香は、殆ど下半身が原型を留めていなかった。下腹部があったあたりに肉塊をまとわりつかせた状態で仰向けに倒れているのだ。その目はぽっかりと見開き、既に何も見えていないことは明らかだった。

 そして、英佑も。

 腹が真っ赤に染まっている上、そこから中身らしきものがはみ出している状態。もはや、助からないのは明らかだった。


「ごめん。……ドア、壊そうとしてくれてた、んだよな。まじ、ごめん」

「えい、すけ」

「これな」


 その時の動作は、負傷していると思えないほど素早かった。彼は上手に恭二から見えない角度で、篠丸のポケットに何かをねじ込んで見せたのである。ひょっとしたら、恭二の存在が見えていたわけではないのかもしれない。だが、実際ファインプレイであるのは明白だった。――触る前からそれが、『鍵』であるのはわかっていたからだ。

 化物を倒す過程で偶然見つけたのか。あるいは化物を倒したら中から鍵が出現したのか。

 いずれにせよ、確かなことは――英佑達が命懸けで、希望を繋いでくれたということだけである。


「ありがと、な。見捨てないでくれて」


 倒れていく英佑を支えようとして、篠丸は膝をついた。圧倒的に体格差がありすぎて、篠丸の力では支えきれなかったのである。彼の血も、肉片も、何もかもが篠丸の頬に、服にとこびりついた。少しも汚いとは思えなかったが同じだけ――悲しくてたまらなかった。何故、どうして、こんなことってない――そんな無意味な言葉ばかりが、ぐるぐると篠丸の脳裏をめぐり続けるばかりである。

 一体誰が想像しただろう。したかったことだろう――こんな悲惨な別れなど。


「英佑……」


 もう一度名前を呼んだが、彼はもう返事をしなかった。英佑の身体を支えたまま、茫然と座り込む篠丸。その横を、まるで何も存在しないかのようにすたすたと歩き去っていく人物が一人。

 恭二だった。彼は血やら何やらで滑る床に少々辟易しながら、平然と罠がなくなった部屋に入り、辺りを見回している。


「おお、普通に入れた。なるほど、罠を一度発動させれば、もう問題がなかったんだなあ。これで、この部屋はノーリスクで鍵が探せるってわけだな。でもなんもないぞ?タイルでも引っペがせばいいのかね?」

「……」

「ああ。それとも。化物が持ってたのかな、鍵」


 心など持たない悪魔は。座り込む篠丸から、強引に恭二の身体を引き剥がした。彼の首根っこを掴むと、おーい?と声をかけて揺さぶってみせる。


「まだ生きてますかー英佑クーン?あのですねー、化物倒したんですよねー?鍵を拾ってなどいませんでしょーかー?もしもーし?」


 英佑は、返事をしない。仕方なく彼は英佑の上着のポケットなどを勝手に漁ろうとし始める。仲間の命など、なんとも思っていない。血が手に付着するのも気にする気配のない彼の背中の姿を、篠丸は唖然と見つめて、そして。

 気づいた。英佑のブレスレットが光ったままになっているのを。

 そして彼の右手が――能力の“拳銃”を、握ったままにしていることを。

 まさか、と思った次の瞬間。




「“拳銃”。死ねよ、カスが……!」




 銃声が、響いた。え、と恭二が顔を凍りつかせる。一発の銃弾が、恭二の肩を貫通していったのだ。ああ、英佑はまだかろうじて生きていたのだ。しかも、能力を一回分だけ残していたらしい。――チャンスは、今しかない。篠丸はそう思った。そして。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 叫び、突撃していた――手に持っていたメスを構えて、恭二へ。

 刃はまっすぐ、恭二の鳩尾あたりに吸い込まれた。


「がっ!」

「死ね!この悪魔め、死ね、死ね、死ね!死んでしまえっ!!」


 能力発動の暇など与えてなるものか。篠丸は繰り返し繰り返し、恭二の胸と腹のあたりを抉り続けた。血が飛び散り、抉りすぎた彼の胸元からは肋骨さえも露出する。それでも切り裂いた、切り裂いた、切り裂いた。頭の中はもう、恭二への殺意でいっぱいになっている。

 こんなゲームさえなければ。こんな奴さえいなければ。自分達は今でもあの日常の中で、笑って過ごすこともできていたはずだというのに。


「は、はは……マジかあ……」


 サイコパスは。血まみれの唇で――それでも、最後まで笑っていた。不気味なほどに。


「これは、読み違えた、なあ……。失敗、失敗……」


 やがて。恭二も、英佑も動かなくなり。あとには血まみれの篠丸と、ただ唖然と立ち尽くすばかりの明日葉が残されることになる。


「し、しの、まる……」


 人より鋼のメンタルを持っているであろう明日葉も、完全に言葉を失っているようだった。篠丸は、そんな彼女にそっと鍵を手渡す。血まみれにはなってしまったが、まだ使うことは可能だろう。これで、彼女は脱出することができるはずだ。


「……明日葉。それで、一足先に逃げて」


 生きたい気持ちは、まだある。しかし今は、篠丸の中にもう一つ濁った使命感が産まれていたのだ。

 これ以上、このような惨劇を繰り返してはならない。

 “みんな”を苦しめる悪魔が他にいるなら――そいつらを排除しなければ、終われないのだ。奴らを脱出なんぞさせたら、その分みんなの鍵が足らなくなるかもしれないどころか、世間に出てもどんな悪行を成すかわからないのだから。

 これ以上。英佑達のような犠牲を、出してはならない。だから、自分は。


「僕は、やることができちゃったよ」


 仲間を悪魔を、自分が殺さなければならない。

 まずは奴らを――唐松美波と、守村耕洲を。

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