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幕間(三)理解などside.フェルメール

第38話 アナタの事が理解できない


 無機質な室内に真っ白な天井は清潔さを感じさせる。病室の窓からは涼しげな風が入ってきていた。もうすぐ夏を迎える空は真っ青で雲一つない。


 個室のベッドから身体を起こして窓から景色を眺めていたフェルメールは、はぁと一つ息を吐き出した。



「私のことなど気にしなくていいのですよ」


「嫌よ」



 フェルメールの言葉に即答したのはみうだった。ベッドの脇の椅子に腰を下ろして、りんごの皮をむいている。


 みうは面会の許可が下りてから今まで、毎日のようにやってきては一方的に話して帰っていく。


 看病されているというよりは、話に付き合わされているといったところだ。


 何故、そんなことをするのかと問えば、みうは「放っておけないから」と答える。それが毎度のことなので、フェルメールにはよく理解ができなかった。


 貴女にとって私は悪人でしょうと思わなくもなくて。けれど、そう言えばみうは「貴方も被害者でしょう」と返されてしまう。



「あなたはイフェイオンを守って盾になった。それはあなたの優しさと、罪の意識からでしょう?」



見透かしているように話すみうに、フェルメールは何も言い返せない。彼女の言う通りだったからだ。


 イフェイオンが死んではあのモノノケを倒すことは難しい。これが優しさなのかは分からないが、自分の犯した罪の意識からなるものであったのは断言できた。



「見てみて、ウサギさんのりんご! 上手くできたわ!」



 ほらほらと皿に乗ったりんごをみうが見せてきた。少しばかり歪ではあるけれど、ウサギの耳のようになったりんごの皮が可愛らしい。


 フェルメールは暫しりんごを眺めてから視線を窓へと向けた。



「私、果物の皮って苦手なんですよね」


「それもっと早く言ってくれない?」



 もうっと怒る声がして、フェルメールの頭に懐かしい記憶が過る。


『お兄ちゃんってほんっと好き嫌い多いよね』


 駄目だよ、好き嫌いばかりしちゃ。ボブカットに切りそろえられた白金の髪を揺らし、真っ青な瞳を優しく細めて笑う妹が浮かぶ。


 ちらりと目を向ければ妹と同じ髪型で瞳を持つみうが折角、ウサギの耳になっていた皮をむいていた。


(七海と同じことをしている)


 妹と同じように皮をむいている姿に、フェルメールは深い溜息を吐き出した。面影を重ねている自分の弱さに呆れて、執着している姿が醜くて。


 ひょいと一つ、ウサギの耳になっているりんごを摘まむ。あっと声を零すみうを他所にフェルメールはりんごを食べた。



「……やっぱり、果物の皮って不要でしょう」


「なら、食べるな! 今、全部ちゃんと向くから待っててよ!」



 まったくとみうはむき終わったりんごに爪楊枝を指して差し出した。食べるとは言っていないのだけれど。フェルメールは思ったけれど口には出さない。


 何せ、彼女の「いいから食べなさい」という圧を感じたからだ。


 渋々と受け取ってりんごを齧る。甘酸っぱい果汁が口内を満たす、この感覚は嫌いではなかった。



「アナタ、ほんと飽きませんね」


「言ったでしょう。世話を焼いてやるんだからって」


「本当に焼かれるなどと思うわけがないでしょう」


「あたしは嘘をつかない」



 甘く見てもらっちゃ困るわよと胸を張るみうに、そんなことを聞いているわけではないとフェルメールは突っ込みたかった。


 こんな妹に執着している男の何処に世話を焼いてあげたくなる要素があるのかと、聞きたいのだがみうにはそんなものは関係ないらしい。



「あたしが世話を焼くって決めたら、最後まで焼くのよ」


「それは答えになっていませんよね」


「いいじゃない。拒絶しないってことは、あたしに世話を焼かれてもいいってことでしょ?」



 貴方はあたしとの面会を断らないじゃない。みうの指摘にフェルメールは痛いところを突かれたといった表情をした。


 フェルメールはみうの面会を断れなかった。楓からは事前に「面会はお前の意志で決めていい」と許可が下りている。誰にも会いたくないのであれば、断ってくれて構わないと。


 だというのに、フェルメールはみうの面会を断らなかった。いや、断れなかったのだ。


 それは妹と面影が似ているからかもしれないし、絶対に諦めないといった強い意志に惹かれたからかもしれない。


 そのどちらともだったとしても、面会を断らなかった自分の負けなのだ。けれど、言葉にはせずにフェルメールはりんごを齧る。



「外に出てみる気になったらあたしに言ってよ。学園を案内するから。大丈夫、時政さん……イフェイオンもいるしさ。労働刑の実刑が下っているのだから、司令部や学園に居るのは当然なんだし」



 ねっと、みうに笑みを向けられてフェルメールは目を細めて視線を逸らした。


 胸の中に溜まる罪の意識と罪悪感。騙されていた不甲斐なさと、癒えない妹を失った悲しみ。それらが混じり合って吐き気がしていたというに。


(どうして、こうも楽になるのでしょうか)


 フェルメールには分からなかった、この感情が。みうの行動も、言葉も何もかも。でも、拒絶ができない。



「……アナタが理解できませんよ」



 せめてもの抵抗とフェルメールはそう言う事しかできなかった。


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