七階、六階を無難にこなして、五階にあがる階段までやってきた。
りっちょんの消耗が激しい。
すこし休むか。
階段前は安全地帯なのでベンチがあったりする。
並んで腰掛ける。
俺は鞄から携帯食のチョコナッツバーを出してりっちょんに勧めた。
「あ、ありがとう」
りっちょんはカリカリとチョコバーを食べた。
俺も一本出して食べる。
水筒からコップに水をだしてりっちょんに渡す。
「ありがと……」
ダンジョンアタックは山登りと一緒で一定の時間で休憩を挟まないと動けなくなる。
戦うのは結構体力が要るんだよな。
「お、居た居た」
「りっちょん迎えに来たよ」
「タカシご苦労だったな、後は俺たちに任せておけ」
三人パーティだった。
りっちょんの前に来てニヤニヤしている。
「俺らはタカシと違って、十階ポータル使えるからよ、一緒に下りようぜ」
「あ、貴方たち、誰?」
「俺たちはりっちょんのファンだよ、配信を見て助けに来たんだ」
「さあ、早く立って」
りっちょんは不安そうな表情で俺を見た。
「りっちょんさんの好きにしたら良いけど、こいつらはレイパーだぞ」
「レイパー?」
「この前、こいつらが出て来た路地の奥で女性配信者が死んでた」
ぐわっと三人が鬼のような表情になった。
結構強いな。
オークぐらいか。
「てめえっ!! 俺たちに難癖つけようってのかぁっ!! クソ底辺がよぉっ!!」
「ころっそっ!! このクズ野郎っ!!」
「ぶっ殺そうぜ、タカちゃん!!」
三人は剣を抜いた。
「ひっ」
りっちょんが短い悲鳴を上げた。
俺が立ち上がると、階段の上からどたどたと冒険配信者が下りてきた。
「あ、ああっ!! 間に合った、りっちょん、迎えに来たよ、タカシくんもありがとうっ!! カーメンだよっ!!」
「ああっ!! カーメンさんっ!!」
りっちょんの顔が喜びに輝いた。
カーメンさん早かったな。
「りっちょーん、俺もきたよー」
「俺も俺も、おお生りっちょん、大変だったねえ。タカシもありがとうー」
りっちょんのファンが何人も下りてきた。
こっちは本物だな。
「みんなありがとうっ、私嬉しいっ」
りっちょんは感極まって泣き始めた。
りっちょんファンの人達は優しい目でうんうんとうなずきながらそれを見ていた。
レイパーたちは舌打ちをして行ってしまった。
ふう、助かったな。
人間三人はオーク三体よりは強いからな。
Dダンジョン内は治外法権だ。
日本では無いので、法律が意味をなさない。
だから殺人強姦、悪い事もやり放題だ。
ダンジョン運営は悪魔たちだから、そういう極悪人に対して何も言わない、どころか、有料コンテンツ配信で顔にモザイクを掛けてやったりして手伝ってもいる。
六階から十階まではそういう犯罪者もうろうろしている危険地帯だな。
とはいえ悪党どもの寿命もそう長いものではない。
一年ぐらい暴れると、悪党狩りのパーティに殺されてしまう。
悪党狩りは正義感あふれる高レベル配信者だったり、正義の名の下に人殺しをやりたいヤバイ奴だったり、友達とか恋人を悪党に殺された復讐者だったりする。
つまり、五階から十階までは非常に治安が悪い。
俺自身も何度もヤバイと思って逃げ出した事がある。
ここには狩りで稼ぎに来ているのであって、遊びに来ているわけじゃないからな。
あのレイパーたちも遠からず死ぬだろう。
Dダンジョンとは、そういう場所だ。
りっちょんのファンに囲まれて、安全に五階、四階、三階と登って行く。
五階から上は遊びゾーンと呼ばれている。
出る魔物もスライムとかゴブリンが単騎とか、
たまに初心者狩りをしようとする馬鹿が出るのだが、初心者に牙を向いた瞬間、スライムが集まって合体しキーパーくんと呼ばれる存在になって、馬鹿を殺してしまう。
ダンジョンの運営も初心者を大事にしないといけないと解っているのだろう。
そのせいで五階から上はとても牧歌的だ。
下は小学生から、上はお爺ちゃんまで、ちょっとダンジョンを体験したいという層が楽しんでいる。
地下二階はレストランゾーンだ。
迷宮から出る素材で料理が作られて
和洋中と五店舗ぐらいあって、高いけど美味い。
料理をしているのもデーモンさんだ。
地下一階に着いた。
ここはダンジョンロビーと呼ばれている。
ショートカットポータルが並び、換金所や売店、待ち合わせロビー、デモンズ神殿などがある。
魔物は出ないが職員のデーモンさんたちがうろうろしている。
「ありがとうタカシくん、君に頼んで本当によかった」
カーメンさんが俺の腕をがっちり握って涙目でそういった。
「そうだそうだ、タカシとタカシのかーちゃんすげえよっ」
「またあんたの配信見るからさ、がんばってな」
「地味だけど、あんたも強いのなあ、さすがソロだぜ」
「いや、そんな、俺なんか」
俺はりっちょんファンに口々に褒められて照れくさくなった。
「告発するわっ!! このタカシって奴は、私のイベントにミノタウロスを暴れ混ませて、社長が用意したレアスキルオーブを盗み出したクズ野郎よっ!!」
りっちょんが俺に向けて指を突きつけて、そう、告発した。
ファンのみんなの動きが止まった。
「い、いや、りっちょん、それは無理があるよ」
「タ、タカシはりっちょんを助けてくれたろう……」
「ひでえ言いがかりだ、時系列も矛盾してる……」
りっちょんの横にブルドックみたいなオヤジがいた。
「我がビーイングプロモーションは新宮タカシに対して、赤坂りつこの慰謝料、休業補償、スタッフの損害、イベントの補償として、八千万の賠償請求をするつもりだ」
ロビー天井に二つの大型ディスプレイが飾ってあった。
片方がリボンちゃんからの俺の中継画像、片方がりっちょんの中継画像だった。
俺の配信の同接数がみるみるうちに膨らんで同接千を超えた。
すげえ。
『あー、クソ社長め、タカシに損害を全部押しつけるつもりだな』
『いくら何でも無茶だろう、ビーイング、そんなに経営やばいのか?』
『あたりめえだろ、アイドル殺しでスタッフ全滅させたプロダクションにどんなアイドルが所属したいかよっ』
俺の動画の上にコメントが走る。
『りっちょん見損なったよ、俺、今日でりっちょんのファンやめます』
『燃2弾4鋼11』
『りっちょん、目をさましてっ!!』
『だめだよう、いつものやさしいりっちょんにもどってようっ』
りっちょんの動画の上にもコメントが走って行く。
「だが、わしも鬼ではない、レアスキル持ちの新宮タカシくん! 君をビーイングプロモーションで雇おうではないか、りつこくんを支えて、アイドル復帰まで手伝う事で負債を相殺させてあげようではないかっ!!」
『クソ社長、ふざけんなっ!! タカシのレアスキル狙いかっ!!』
『ほんとうにクズだなこいつ、死ねばいいのに』
『りっちょん、なに笑っとんねんっ』
りっちょんは勝ち誇ったように笑っていた。
残った左目がぎらぎらしていた。
「りっちょんさんはそれでいいの?」
「あたりまえよっ、目と片手の治療に幾らかかると思っているのっ! あんたの責任だからっ、あんたが働いて私の治療費も稼ぐのよっ!! だいたい生意気なのよっ、底辺Dチューバーの癖にレアスキルなんてっ、お前にはもったい無いんだっ!!」
りっちょんは怒鳴った。
金切り声がロビーに響いた。