「実家とか行きたくねえっ、迷宮行こうよタカシ」
「駄目だよ、ほら、バス代は?」
「ちょっとまて」
鏡子ねえさんはツナギのポケットを探った。
千円札とか百円玉が出て来て、彼女は料金箱に適当に放り込んだ。
ねえさんこそ、財布を買いなさいよ。
鹿島田の服部家に行くには、東口のバスターミナルからバスに乗る。
バスは割と空いていたので、後ろの方の二人掛けに並んで座った。
「バスは良いな」
「何持って来たの? お土産?」
鏡子ねえさんはちょっと小洒落た木箱を持っていた。
なんだろう、お菓子を買ってくる知恵があったのか。
「ポーションとキュアポーションの詰め合わせ。みのりが箱をくれた」
「ああ、それは喜ばれるね」
家庭にあると嬉しい魔導薬品のセットだ。
街で買うと一本一万円とかするからね。
しばらく乗って、お屋敷街で下りた。
近くに重電工場があるので、その関係かな。
スマホのDマップに住所を打ち込んでナビをしてもらう。
おお、わりと大きい邸宅だなあ。
峰屋の家ほどじゃないけど。
彼女の家は城だ。
ドアホーンを鳴らすと、おばさんがすごい勢いで出て来た。
おじさんも出て来た。
「鏡子、来てくれたのね」
「きたよ、これ、お土産」
「あら、良いのに、ここはあなたの家なんだからっ」
「迷宮で拾ったポーションとキュアポーション、あると安心」
「やあ、それは良い物をありがとう、やっぱり鏡子は優しい子だね」
「本当に変わらないわ」
俺たちはリビングに通された。
おばさんが鏡子さんのアルバムを出してきて、色々説明してくれる。
七五三の可愛い着物を着た鏡子さん。
遊具で遊ぶ鏡子さん。
中学生になっておしゃまな感じの鏡子さん。
そこには沢山の愛に包まれた鏡子さんが居た。
「まだ、記憶は戻らないの、鏡子」
「まだだな、母よ」
「のんびり思いだして行けばいいさ」
ご両親は一生懸命に写真を見せながら説明してくれる。
ハワイに行った写真。
ピアノコンクールで一位を取った時の写真。
どれも鏡子ねえさんにはピンと来ていないようだ。
「ああ、ごめんなさいね、お茶も出さないで夢中になってしまって」
「お茶くれ」
「なんだなあ、鏡子が幼児になったようだ、子供の頃はこうだったね、母さん」
「そうよそうよ、変わらないわ」
おばさんはキッチンに引っ込んで、お茶とずんだのおはぎを持ってきた。
「おお、これこれ」
「たんと食べなさい」
「いただく」
「頂きます」
鏡子ねえさんはずんだのおはぎをわしわしと食べた。
俺も頂いた。
うん、甘さが控えめで美味しいな。
「まあ、よく食べるのね」
「なんだか大食いになったらしい」
「【
「本当に、凄いDチューバーになったのね」
「世界で二人目らしい」
「それは凄いな」
おじさんは感心したように言った。
うん、本気では言ってないな。
鏡子ねえさんに合わせている感じだ。
やっぱり本当は家に帰ってきて欲しいんだろうなあ。
二階の鏡子さんの部屋に案内された。
女の子らしい部屋で大学の教科書とか、文芸小説とかが並んでいた。
「どう、鏡子、何か思いだした?」
「なんも」
おばさんはあからさまにがっかりした顔をした。
鏡子ねえさんは鏡子ねえさんで、あからさまにつまんなそうに本をパラパラとめくってみたりした。
写真立てにイケメンの写真があった。
「お、雄一だ」
「思いだしたのっ!」
「いや、配信で見たから知ってる」
「そう……」
再びリビングに下りた。
鏡子ねえさんが目で早く帰ろうと訴えかけているが、それは駄目だな。
ちゃんと許可を貰わないと。
でもどうしたもんかな。
「おねがいです、タカシさん、鏡子を、私の娘を家に帰してください」
おばさんは泣き崩れた。
うーん。
「もう私たちは鏡子を失いたくないんだ、親のわがままだとは思うが、これからは静かで幸せな暮らしをして欲しいんだ」
「鏡子ねえさんはどうしたいの」
「迷宮に潜る。悪者を殺す。魔王を倒す」
呆れるほどシンプルだな、鏡子ねえさんの目的は。
「お金が欲しいなら父母に渡す、迷宮に潜らせてくれ」
「お金じゃ無いのよ、鏡子、もうあなたが怪我したり死んだりするのを見たくないのよ」
「困った」
「わがままとは解っているんだ、だけどね、タカシくん、それでも、せっかく鏡子が帰って来たんだ、このまま一緒に暮らしたい、やさしい旦那さんを貰って子供を産んで幸せに過ごして欲しい、それだけが、私たちの願いなんだ」
おばさんは鏡子~鏡子~と名前を呼んで泣いた。
どう説得したものかな。
「タカシさんのお母様はどうお考えなのかしら、我が子が死ぬかもしれないダンジョンに潜って平気なのかしら」
「聞いてみますか?」
「え、よろしいの? 一日三回しか使えないんでしょう?」
「俺は鏡子ねえさんを本当の姉と思っているんですよ。俺もねえさんも迷宮に色々な物を奪われて、色んな物を貰いました。本当の姉のためならかーちゃんを呼ぶぐらいはなんでもありませんよ」
「君はそこまで、鏡子の事を」
「ああ、タカシさん、鏡子をそんなに思ってくださるなんて」
「私の自慢の弟なんだ、タカシは」
なんだかとても鏡子ねえさんが嬉しそうだな。