鏡子ねえさんとワーウルフは互角の速度で戦い続けている。
鋭い爪をブラスナックルで受け流し、パンチを打ち、そのまま踏み込んで肘打ちに変化させ、さらに踏み込んで回し蹴り。
ワーウルフはパンチをかわし、肘打ちをパーリングで受け止めてその勢いで間合いを取る。
高速で高度な肉弾戦が続いている。
「ワンコ、面白えなおまえっ」
「ガフウウン」
言葉が通じてるとは思えないが、ワーウルフはニヤリと笑った。
峰屋みのりを狙ってフォレストウルフが小走りぐらいの速度でやってきた。
【スロウバラード】は継続中だ。
フォレストウルフの一番の武器は敏捷性なので、それを1/2にされた時点で良い的だ。
本来はアタックドックよりも強い魔物なのだが、俺と泥舟の攻撃が面白いように当たる。
泥舟がなぎ払いでフォレストウルフの横面を叩いて怯ませたあと、一歩下がって突き、正確に心臓を貫いて一匹が脱落した。
そのまま峰屋みのりの方に抜けようとした一匹を泥舟は牽制する。
俺もバックラーでかみつきをしのいだあと、首の根元に『暁』で切りつける。
血が天井まで吹き上がり、フォレストウルフがもう一匹動きを止めた。
あと一匹。
泥舟が槍の石突きで下からフォレストウルフの顎をすくい上げ打ち上げる。
宙にとんだ狼の胴体に『暁』を打ち込む。
耳障りな吠え声と共にジュッと傷が焼け焦げ空中で痙攣して狼は死んだ。
よし、お供のフォレストウルフは全滅だ。
『よしっ! 【スロウバラード】をレジストされてびびったが、良い感じ』
『ワーウルフは腐ってもフロアボスじゃからな、スキル【状態異常抵抗】を持っておる。みのりんがもう5Lv高ければのう』
『やっぱ、宝箱確定ボスなだけはあるなあ』
『あともうちょっと、がんばれ『Dリンクス』』
激しく戦っている鏡子ねえさんとワーウルフに近づく。
「手え出すなっ、こいつとはタイマンでやるっ!」
「「「え~~」」」
「ガウガウ」
ワーウルフさんもうなずいた。
こいつ人語が解ってるのか。
『戦闘馬鹿キター』
『まあ、狂子さんは楽しそうだなあ』
『勝ち目はどうよ』
『狂子さんレベル36だしな、楽勝か、というか、ワーウルフ兄貴も戦闘馬鹿なのよね』
もの凄い勢いの打ち合いだった。
というか、手数が多すぎて割り込むのが難しい。
ぎゃっはっはと笑いながら鏡子ねえさんがガンガン戦う。
ワーウルフも楽しそうに拳を捌き蹴りを打ちツメを振るう。
「みのり、【威力増幅の歌】を歌えっ!」
「え、ワーさんにも掛かっちゃうよ」
「それが良い、もっともっとヒリヒリした戦いがしたい」
峰屋みのりが、どうする? という目でこっちを見た。
まあ、本人がそうしたいなら、とうなずいてみた。
「『おおきくおおきくするどくつよく~~♪ あなたのちからはこんなものじゃないわ~~♪ がんばれがんばれちからをいれろ~~♪』」
「ぎゃーはっはっはっ!」
「がうろーーーーんっ!!」
両者の攻撃がキレを増した。
鏡子ねえさんの頬が切れる。
ワーウルフのあばらに肘が入る。
殴った。
殴られた。
切られる。
固める。
投げ。
投げ返し。
高度な接近戦がいつ果てるともなく続く。
その間、峰屋みのりは【威力増幅の歌】をエンドレスで歌い続ける。
『なんだこれ』
『なんだこれ』
『こんな楽しそうにフロアボスと戦う奴は初めてだし、ワーウルフの兄貴がこんなに楽しそうなのも初めて見た』
どんなに楽しい時間もいつかは終わる。
鏡子ねえさんはワーウルフの抜き手をかいくぐりカウンターぎみに肘をぶち込み、はねとばし、落下地点まで追いかけて中段突き、そのまま首に腕を回し、へし折った。
ボキン!
「はあはあはあはあ、ナイスファイトだった、狼」
ワーウルフの目に光りはなく、何も答えずだらりと床に横たわった。
『フロアボス攻略、おめでとーっ!!!』
『うおおおおおおおっ!! 馬鹿で格好いいぞ、狂子さんっ!!』
『よくやった、さすがは鏡子じゃ』
「おつかれさん、ねえさん、なんで
「そりゃおまえ、頭が馬鹿になったら良い戦いがもったい無いだろ」
うわ、マジ物の戦闘馬鹿なんだなあ。
フォレストウルフの死骸を引きずって、ワーウルフの死骸の近くに置く。
ふぁーっと強敵たちは粒子になって消えて行く。
経験値の魔力霧を俺たちは吸い込む。
お、体が膨らむ感覚。
一レベルアップした。
26レベルだ。
スマホアプリでステータスチェックをすると、【危険察知】のスキルが生えていた。
「わ、タカシくん、レベルアップ? 私もー」
「私はアップしなかった」
鏡子ねえさんは一回りレベルが高いからね。
泥舟もレベルアップした。
『さてさて、お楽しみのお宝ドロップだ』
『レアスキルか、レア装備が良いな』
『金箱か、装備金箱か』
フロアボスを倒すと、宝箱が確定ドロップする。
十階だと、金箱が十%ほど、銀箱が三十%、木箱が六十%と言われている。
俺の運だとたぶん木箱だろうが、こちらには峰屋みのりが居るからな。
『でた! ドロップ……』
『『『『あるえ~~?』』』』
ドロップしたのは野球ボール大の魔石と、銀の宝箱であった。
『みのりん居るのに銀箱かよ』
『豪運は嘘だったのか』
『いや、銀箱でも十階だからいいんだ、いいんだけどよう』
『ここは金装備箱で、狂子さんの護拳か、泥舟用の槍だろう、運営仕事しろっ』
『こればっかりは運じゃからなあ、良く無いときもあるのじゃ』
「まあ、そうだな」
「なんかごめんなさいー」
「峰屋さんのせいじゃないから大丈夫」
「まあ、みんなの運の総体だろうからな、開けるぞ」
俺は鞄から鍵を出した。
あと一本しか鍵が無いな。
売店で買うか。
『Dリンクス』にはシーフが居ないからな。
カチリ。
中にあったのは、小ぶりなウエストポーチだった。
え?
まさか……。
リボンちゃんがネームカードを写す。
『『『『『『『収納袋(小)?』』』』』』』
『無限収納袋だーーっ!!』
『無限では無い、無限では無い、四畳半ぐらいの広さの収納力じゃ、小じゃからな』
『デンマークダンジョンの、五十階金箱で一度出たっきりの収納袋(大)の小型版じゃないですかっ!! 銀箱で出るのかよっ!!』
『すげーっ!! すげーっ!! 銀箱の超レアだっ!! みのりんすげえっ!!』
「ふおー」
「ふおー」
「どれどれ」
さっそく鏡子ねえさんが収納袋を持ってリュックを中に入れた。
「おおっ、念じると勝手に入る、で、念じると勝手に出てくる」
鏡子ねえさんはリュックを出し入れした。
「四畳半ぐらいの大きさの収納? 滅茶苦茶な容量だ」
俺も収納袋を持って自分のリュックに手をかざした。
しゅっとリュックが消えた。
「これは便利だね、手ぶらで冒険が出来る」
「売るとすごいお金になるけど、使った方が良いよね」
「あたりまえだっ、タカシ、お前が持ってろ」
「え、いいのか」
「私は動きが激しいから落としかねないし、みのりは弱くて怖い、泥舟か、タカシかだ、で、タカシがリーダーだから持ってろ、その代わり、荷物は全部持ってくれ」
「あ、ああ、これはすごいな」
俺は収納袋を腰に巻いた。
背中に重量が無い分楽だ。
中にリュック二つ分の貨物が入っているのに重さはウエストポーチ分だけのようだ。
「便利だなあ、ゲームの収納BOXだねえ」
「凄い物がでたな」
十階のドロップとしては大当たりだろう。
ふうと、息を吐くと、フィールドの結界が解けた。
これで十階ポータルが使え……。
後ろ頭が猛烈にチリチリした。
【危険察知】が反応した。
振り返ると、金色の甲冑を身にまとった赤ん坊のような顔をした巨漢が沢山の半グレと共に立っていた。
「フロアボス突破、おめでとうございましゅ、タカシく~~ん」
「権田権八……」