尻込みをする俺を鏡子ねえさんが押すようにして地下二階のレストラン、コキュートスにつれこまれた。
「びびんなって」
「いや、ちょっと、最低のコースが一万からってさ、スーツも着てないし」
「『きょうはいいてんき~~♪ おひさまわらってぴっかりこ~~♪』」
「ふふっ、タカシが料理屋に入る前に【元気の歌】を歌われるの、ひさしぶりだね」
「旅行中はまあ、ちょっと贅沢しようかなって思ったけど、迷宮内だと我に返った」
「気にすんなっ!」
なんだか怖い顔でタキシードを着た魔物さんが寄ってきた。
「おや、これは『Dリンクス』のみなさま、いらっしゃいませ。先ほどはご活躍でしたね」
「あ、ありがとうございます」
「個室をご用意いたしましょうか?」
「あ、個室が良いな、関係の無い奴来ないし」
個室、個室でご飯を食べるとかあるんだ。
というか、高級レストランは初めてだなあ。
いつもファミレスだし。
「ではこちらに」
ジェントルマンの魔物さんは俺たちを先導して趣味の良い個室にいざなった。
マリアさんもニコニコしているね。
『迷宮のレストランは……、気になっていたの……』
『それはよかった。マリアさんは迷宮探検は結構行ったの』
『まだよー、基本を講座で勉強したぐらい。『ホワッツマイケル』のメンバーはみんなベテランだから、任せておけば良いって言われてたわ』
マリアさんは、迷宮初心者なんだな。
呪歌狙いで
個室の席に座ってメニューを見た。
げ、もの凄い値段だ。
「五万のコースを五つ。あとワイン」
「ね、ねえさんねえさん」
「大丈夫だ、この金は『彩雲』レンタル料から、だーすっ」
「ああ、問題無いよ、鏡子さん」
泥舟が力強くうなずいた。
「いや、しかし、五万、五万だぞ、PS5が買えるぞっ」
「京都旅行の最後だから、狼狽えるなっ」
マリアさんがクスクス笑った。
『タカシは世界一のレベルのマイケルと対峙しても臆さないぐらい勇敢なのに、レストランの支払いは怯えるのね』
『こいつは貧乏性なんだ、マリア』
くそーっ。
マリアさんも世界的な歌姫だから慣れているのだろうなあっ。
ジェントルデビルさんがワインを持って来た。
「異世界の名高い修道院のワインです。グラスはおいくつですか?」
「二つ、私と、マリア」
「俺たちは水で」
「かしこまりました」
ジェントルデビルさんが、古そうなワインボトルのコルクをスポンと抜いて、ねえさんとマリアさんの前のグラスについだ。
うわあ、血のように真っ赤なワインだな。
女悪魔さんが前菜をもってきてくれた。
お皿になにかちまちました物が乗っているな。
「これはなに?」
「異世界の湖で獲れた、コマリというお魚の卵をカナッペにしたものです」
「そ、そうなんだ」
異世界の食材を使っているから高いのか。
かーちゃんの居る世界の食べ物だなあ。
俺たちのグラスにミネラルウォーターが注がれた。
「それでは、マイケル戦の勝利を祝してかんぱーい」
『カンパイ』
「「「かんぱーい」」」
カチリカチリとグラスを合わせる。
ああ、早くお酒が飲める年齢になりたいね。
「わああ、なんだ、不思議な味」
『おう、ワインで美味しいのだけれど、不思議な味、香辛料?』
『はい、特殊な香辛料が入っています。健康に良いのですよ』
前菜のカナッペを食べる。
……。
イクラ? いやトビッコ?
「キャビアっぽい? かな?」
「面白い味だね、異世界の魚なんだね」
プチプチして美味しいな。
「黄道コランジャのクリームスープになります」
ジェントルデビルさんがスープ皿にとろりとしたスープを入れてくれた。
「コランジャというのは、異世界の大陸南部で取れる野菜です。庶民から王族まで広く食べられる人気の野菜でございます」
わあ、なんだか良い匂いだなあ。
ええと、スプーンはどれを使えば良いのか。
「外側、外側からだよタカシくん」
「これこれ」
みのりと泥舟が教えてくれる。
ま、まあ、格式高いけど、個室だから多少は大丈夫だね。
「これから、世界のVIPとかと食事の機会もあるだろうから、マナーとか覚えた方がいいね」
「どこかの教室で勉強かなあ」
いやあ、しゃちほこばって食事をするのは、なんだか嫌だなあ。
スプーンでスープを掬い、すすらないようにして口に入れた。
口の中に甘い味わいがふわりと広がる。
おおっ。
お芋というか、カボチャというか、だいたいそこら辺の感じの食感だね。
「おいしいっ!!」
「なにげに鏡子おねえちゃんはマナーちゃんと出来てるのよね」
「前世で覚えていたらしいっ」
「前世じゃないでしょ、鏡子さんのお家も良い所でしたしね」
みんながハイソで肩身が狭いぜ。
でも、スープは美味しくて後ひく味だな。
『美味しいですね、良いシェフをお雇いですね』
『はい、異世界でも指折りの悪魔を呼んでおりますよ』
やっぱり悪魔さんが調理してるのね。
「コンテクルーという淡水魚のフリットでございます。マテアソースを付けてお召し上がりください」
お魚の天麩羅っぽい感じの揚げ物が出て来た。
付け合わせの人参っぽい物に顔があるんですが。
「マンドラゴラ?」
「さようでございます、砂糖煮にしております」
人参だな。
ゴブリンカレーにも入っているやつだ。
顔が付いているのか。
女悪魔さんが、籠に入ったパンを配ってくれた。
バターの容器も置いてくれる。
ちょっと丸くて地球のパンとは違う感じだな。
コンテクルーというお魚のフリットを食べる。
ピリッとしたソースを掛けて、口に運ぶ。
おお、口の中でほろりとほどけて美味しい。
ちょっと辛い感じのソースがよく合っているね。
ちょっと濃厚な感じの白身魚だ。
「わ、美味しい、これ好きかも」
「うん、美味しい、異世界のお魚かあ」
「ダンジョンの六十四階の池でも取れますよ」
「そうなんだ、これは迷宮産?」
「はい、今朝取れた新鮮な物です」
迷宮には食材の魚や肉も取れるんだなあ。
というか、悪魔さんが捕まえると粒子化しないのか。
罪獣になったりはしないよな。
『素敵なお味ね、おいしいわ』
世界の歌姫が美味しいというのだから、やっぱり迷宮レストランは凄いのだなあ。
高いけど。
べらぼうに高いけど。
まあ、異世界の食材とか、迷宮の食材とかを使っているからしかたが無いのかもしれないな。
「エイミールのシャーベットでございます。エイミールはタンガル砂漠に生える滋養があるサボテンで、それを裏ごししシャーベットとしました」
おー、異世界サボテンシャーベット。
どれどれ。
あ、あんまり甘く無い。
それでさっぱりした酸味があって美味しいね。
口の中がリセットされる感じだ。
鏡子ねえさんががぶがぶワインを飲んでいるが、あまり赤くなってないな。
やっぱり新陳代謝が早いからお酒も強いのかもしれない。
「おいしいねー」
「さっぱりしてる、レモンシャーベットの上品な奴みたいな」
「そんな感じだな」
女悪魔さんがごろごろとワゴンを引いてきて、金属のカバーが掛かったお皿をそれぞれに配膳してくれた。
「本日のメインメニュー、ワイバーンのステーキ、イシュタリア風でございます」
「ワイバーン」
「二本足のドラゴン亜種?」
「はい、左様でございます、こちらの迷宮だと、五十階から下で出現いたしますね。ドロップ品にもワイバーン肉がございます」
「ドロップでも出るのか、それは楽しみだ」
金属カバーを女悪魔さんが開けてくれた。
ふわりと良い匂いが広がる。
とろりとした茶色いソースを掛けてくれた。
ナイフとフォークを取って、一口大に切る。
口に運ぶと、フワッと森の香りが広がり、口の中いっぱいに美味しさがほとばしる。
わあ、これは美味しい。
「わ、すごいお肉」
「食感がちょっと、普通と違うね、しなやかな歯ごたえで美味しい」
「これは美味い美味い」
『わあ、不思議なお味ですね。森の風の匂いがします』
さすが歌姫、形容が詩的だな。
しかし美味しいお肉だなあ。
異世界パンとも良く合うね。
異世界バターもちょっと地球の物とは風味がちがって美味しい。
「お腹いっぱいになっちゃった、おねえちゃん食べて」
「よし、任せろっ」
鏡子ねえさんはみのりが残したワイバーンステーキをモシャモシャ食べた。
お昼にフルコースはちょっと重たかったかも。
美味しかったけどね。
「ゼイラムパイのアイスクリーム添えでございます」
なにかの果物のパイにアイスクリームが乗った物がデザートに出た。
女悪魔さんがコーヒーを運んできてくれた。
わあ、パイが美味しい。
モモみたいな、蜜柑みたいな、不思議な食感の果物だ。
アイスもちょっとエキゾチックな香辛料の味がする。
「異世界料理は美味しいなあ」
「お腹いっぱいで大満足だわ」
「美味しかった」
「かーちゃんのいる世界の料理なのかあ」
ちょっと苦い異世界コーヒーを飲みながら、見た事のない世界で戦う十七才のかーちゃんを想像したりした。
早く行ってみたいね。