「ロシア人の動きが無いな」
「そうだね、ねえさん」
気配察知を間欠に放って周囲を探っているのだけど、怪しい動きの気配は無い。
ステージ上の透明ゴリラさんが時々動いてるぐらいか。
ふと気がつくとパティさんが俺の席の前でしゃがんで見上げていた。
気配消しをしていたようだ。
『タカシ、察知レベルは』
『1ですよ』
『私は3。会場に何か居る感じがする、もう来ている、すぐ動けるようにしときなさい』
『ありがとうございます』
パティさんは【気配消しLv3】で、【気配察知Lv3】なのか。
Lv3の世界はどんな風に見えるのだろうか。
「レベル3の気配消しすごいなあ、ぜんぜん気がつかなかった」
「チアキもそれくらいになれよ」
「う、うん……」
やっぱりチアキはマイケルが苦手のようだ。
バーンとキーボードの音が鳴って、ステージ後ろのスクリーンにCGの幾何学模様が現れて、音楽と一緒に明滅しはじめた。
腹に響く、ドンツクドンツクという重低音に乗ってスモークが焚かれ、バチバチと火花が吹き出し、みのりとマリアさんが現れた。
表情が硬いな、緊張してるのかな。
「みのり頑張れ~~!」
俺が声を掛けると表情がぱっと明るくなり笑顔になった。
「今日は川崎マリエンまで、私とマリアさんに会いに来てくれてありがとーっ!! 沢山盛り上がって沢山楽しんで行ってね!!」
『今日はみなさん、ありがとう、みんなに会えて、みのりと一緒に歌えて、わたしは幸せだわ。極東の新しい友人、迷宮での冒険、毎日が新しい事ばかりで充実しているの。では、最初の曲は……』
「『元気の歌、ロングVer.』だよ」
『『ペップソング、ロングVer.』です』
耳になじむ『元気の歌』のイントロが始まり、みのりがステージの前に立ち、マリアさんが後ろに付いた。
二人で歌うのか。
あと、英語だと『ペップソング』なのか。
「『きょうはいいてんき~~♪ おひさまわらってぴっかりこ~~♪ さあげんきをだしておかのむこうまであるこうよ~~♪』」
あ。
『サザンフルーツ』とチヨリ先輩の歌を聴いた後だとはっきり分かる。
みのりの呪歌は別次元だ。
解像度とか、声の質とかあるけど、心に食い込む力が違う。
アップテンポの『元気の歌』が流れ、体に急に活力があふれ、何でもできる気になる。
みのりが後ろに下がり、マリアさんが前に出てくる。
『『快活になろうよ 体にエネルギーを貯めエンジョイしよう♪ 大丈夫、あなたにかなう存在はいないわ♪』』
ああ、歌詞も大分違う。
『元気の歌』日米二連発で、観客のテンションがめちゃくちゃあがっていく。
「『あなたの元気を絞り出そう、悲しい事、嫌な事があっても、負けない自分でいよう♪ 大丈夫、世界は明るく輝いているし、私たちの前には勝利しかないのよ♪』」
今度は日本語と、英語で同じ意味の歌を、同じメロディで乗せて歌う。
マリアさんの歌声は綺麗で澄んでいて、美しい。
みのりの声も負けずに綺麗で、それぞれ似ていないのに素晴らしく混ざり合い、歌い上げている。
ああ、ああ、凄いなあ、これ。
『元気の歌』好きな歌なんだけど、すごく良い。
胸の奥がじんじんして震えが背骨に沿ってあがってくる。
二人の歌声が絡み合って素晴らしい構造物となって空に上がっていく。
ああ、なんて経験だろうか。
鏡子ねえさんも、チアキも、くつしたも、泥舟も、朱雀さんも曲に合わせて体を動かしていた。
会場全体が一体となって一つになった。
「『遠くの丘まで手と手を取り合って~、あなたと一緒にどこまでも行こう~♪ 大丈夫、みんなと一緒なら何でもできるよ♪』」
おお、みのりが『元気の歌』の二番を日本語で歌い始めた。
そう繋がるのか。
呪歌はメロディが大事で効果はそこから発生する。
リズムはアップテンポでもスローでも問題は無いようだ。
歌詞も、一人一人違うようだ。
みのりの歌は、みんなの歌というか、学校唱歌みたいな雰囲気の歌詞だな。
『『あなたの力強い背中が好きよ♪ 巨大な魔物でも決して折れない心の強さがあなたの力だわ♪ あなたの全力を見せて欲しいの♪』』
マリアさんのソロパートに入った。
マリアさんの英語版『ペップソング』は、ちょっと恋歌のようで、アメリカっぽい感じで良いね。
開拓時代の力強いマッチョな男性に歌いかけている感じだね。
『マリアいいぞ~!!』
『ベリキュート、マリア~~!!』
マイケルとキャシーがマリアさんに声を掛けると、彼女はにっこり笑った。
さすが世界の歌姫、存在感が凄いね。
ノリノリの中で最初の曲『元気の歌ロングVer.』は終わった。
ステージにスモークが噴き上がる。
「『元気の歌』でしたーっ! ありがとー!!」
『次は私の持ち歌、『ダンジョンアタック』のデュエットバージョンを歌うわ』
『ミリオンの名曲を、マリアさんと歌えるなんて、光栄だわ』
『では、行きましょうミノリ、地の底まで』
ギターが高らかに鳴り響き、軽快なリズム、そして不安げな重低音が響き、曲は始まった。