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第2話 「創造主」の憂鬱

 両親の話によると、私のひいおばあちゃんはロシアからやってきた魔女で「現存する最後の大魔女」と呼ばれるほど、すごく力の強い人だった……らしい。


 そんなひいおばあちゃんが遺した伝説の魔導書『 Волшебнаяボルシュブナヤкнигаクニガ』は、願いを書きこめばなんでも願いが叶うと言われているの。


 だけどその本は、長い間どこにあるのか謎に包まれていたんだ。


 それが五年前、偶然我が家の押し入れに入っているのを見つけて、私は大興奮。


 当時、ダンジョン攻略物のゲームにハマっていた私は半信半疑でこう書いてみたの。


 『日本をダンジョンがあってモンスターがいるゲームみたいな世界にしてください!』


 ――って。


 それがまさか、こんなことになるだなんて!


 ***



「はああ」


 私は自分の部屋に戻るとドカリと椅子に腰かけ、スマホアプリ『ダンジョン・ツクーラー』を開いた。


 これが私のダンジョン作成ツール。このアプリで石のブロックとか階段とか扉とかを配置してダンジョンを作れるんだ。


「よし、こんなもんかな」


 私は初期のころに作った粗いつくりの物置ダンジョンを、最近作ったみたいな量産型のマップに変更し、そこに宝箱や低級のモンスターをこれまた無難に配置してアプリのページを閉じた。


 これでうちの物置のダンジョンは、他の最近できた小規模ダンジョンと同じような、何の面白みもないテンプレダンジョンに改造できたはず。


 動画撮影の予定日は土曜日で今日は木曜日だからまだ猶予は二日ある。


 そんなに急いで改造しなくてもいいかとも思うけれど、あのバカ兄貴のことだから、撮影の前に下見と称してダンジョンに入らないとも限らないし、勝手に一人で撮影する可能性もある。


 だから先手を打って先にダンジョンを改造しておこうっていうわけ。


「はあ」


 疲れたぁ……。


 チラリと時計を見ると、午前一時を回っていた。


 わあ、どおりで眠いはずだよ。でも今日は富士山麓大ダンジョンの続きも作らなきゃ!


 私は自分の頬をパンパンと叩いて気合を入れた。


 富士山麓大ダンジョンは、ダンジョン配信四天王のうちの一人、LUNAも挑んでいることで有名な、日本屈指の巨大ダンジョン。


 富士山麓大ダンジョンは現在八十階層まで作ってあるんだけど、最近のLUNAの配信ペースからすると数日中に九十階まで到達する可能性もある。


 だからその前に、もっと先の階層まで作っておかないと!


「LUNAはモンスターには強いけど、罠は苦手なんだよね……そうだ、九十階層は罠だらけにしよーっと」


 私は意気揚々と九十階層に石ブロックを設置し、そこに無数の罠を仕掛けていった。


 まずは滑る床で、その先にはワープ付きの落とし穴。その先には降り注ぐ槍に転がる巨大岩……あー、楽しいっ。


 結局私は朝の四時までかかって富士山麓大ダンジョンの九十階層づくりをしてしまった。


 ***


「ふわああ……眠っ」


 翌日。私は学校から帰って来ると、大あくびをしながらベッドにダイブした。


 昨日はほとんど寝られなかったし、少しお昼寝しようかな……。


 私がそんなことを考えながらウトウトしていると、ピロンと通知音が鳴った。


「何よもう、うるさいなあ」


 反射的にスマホを見ると、そこには『LUNAが生配信を開始しました』と書かれている。


 えっ、LUNA!?


 LUNAの配信は不定期だけど、たいてい土日か平日夜で、こんなに早い時間に配信するのは珍しい。


 どうしよう、気になるっ!


 でもLUNAのことだから録画を残してくれるだろうし、後でそれ見ればいいかな?


 そうは思ったけれど、LUNAが昨日作ったばかりの罠だらけダンジョンをどう攻略するのかどうしても気になった私は、ついついパソコンを開いてしまった。


 ちなみに動画配信はパソコンの大きな画面で見て、コメントはスマホでするのが私流のやり方だ。


 時にはパソコンで配信を見ながらその場でスマホアプリでダンジョンを改造することすらある。そのリアルタイムさがたまらないんだ。


 私が素早い動作でパソコンを起動し配信サイトをタップすると、さっそくLUNAが罠にかかって滑り床を滑り落ちていくのが見えた。


『きゃあああああっ!』


 はー。いつもは冷静沈着で中性的な声のLUNAだけど、悲鳴を上げる時は可愛らしい女の子の声になるのがたまらないなあっ。


 私がほくそ笑みながらLUNAが罠にかかるのを見つめていると、急に部屋のドアが開いた。


「おいっ!」


「わあ!」


 ノックもせずに部屋に入って来たのは、寝ぐせ頭のバカ兄貴だった。


「な、なによ。入って来るならノックぐらいしてよね!」


「悪い悪い。あ、ダンジョン配信見てたんだ」


「そうよ。今、LUNAの生配信中なんだからじゃましないで」


 私が言うと、バカ兄貴はとぼけた顔で首をかしげた。


「LUNA?」


「えっ……まさかアンタ、配信者目指してるのに配信四天王も知らないの?」


 呆れて言う私に、兄は慌てて言い訳する。


「い、いや、知らないってわけじゃないよ。名前だけはなんとなく聞いたことあるし!」


 私はバカ兄貴の答えに大きなため息をついた。


「いい? 配信四天王っていうのはね、LUNA、黒刃くろば、すまし課長、らぼやんの四人のことで、最近は小桃こももも入れて五大配信者って言うこともあるけど――」


 と、私が解説を始めるとバカ兄は目を輝かせて私の話に割って入って来た。


「あっ、小桃ちゃんの配信は俺見てるっ! ロリロリで超可愛いんだよなあ」


「それはいいんだけどさ」


 私はゴホンと咳ばらいをし、タブレットの画面を指さした。


「お兄ちゃんも、配信者を目指してるんなら有名配信者の動画でも見て勉強しなよ。言っておくけどお兄ちゃんの喋り、聞きづらすぎ」


 私が腰に手を当てながら兄を睨みつけると、バカ兄は手にもっていた何かの本を私に見せてきた。


「大丈夫。そう言われると思ってこれを用意したから」


 私は兄の持っていた本の表紙を見つめた。そこには『発声練習』というシンプルな文字が書かれていた。


「えっと……発声練習の本?」


「そうだよ。お前に『活舌が悪い』だの『気持ち悪い』だのさんざん言われたからわざわざ演劇部の成瀬なるせさんからこの本を借りてきたんだ。女の子に俺から声をかけるなんて五年ぶりくらいだぞ!」


「はあ」


 私が首をかしげていると、兄は大きく息を吸いこみ、こう叫んだ。


「アメンボ赤いなあいうえお! どうだ!?」


 ドヤ顔をする兄。

 私はため息をついた。


「どうっていわれても。まあ、さっきよりは良いんじゃない?」


「そうか。なら、今度はどうだ? カキの木、クリの木、かきくけこ!」


 なおもしつこく発声練習を聞かせてくる兄。


 もう、勝手にしてよ!


 こっちはLUNAの配信が見たいのに!


 結局その日は、夜遅くまでバカ兄貴の発声練習の声が家に響いたのだった。

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