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第4話 俺、何かやっちゃいました?

 私たちは通路を進み、慎重に階段を下りて行った。

 すると階段の下に、大きなイモムシのモンスターが出てきた。


「でやっ!」


 武器を得た兄は、意気揚々と三発ほど剣を振り下ろす。


 無事にイモムシを退治した兄は、調子に乗ったようにこう叫んだ。


「おいおい、俺、強くね!?」


 ――いえ、弱いです。


 私は心のなかで返事をした。


 そのモンスターは、普通なら一撃で倒せる雑魚中の雑魚モンスター。


 つまりそのモンスターに苦戦している兄も雑魚。


 だけどその感想は、心の中にそっとしまっておいた。


「おっ、また宝箱だ!」


 兄が通路の隅に設置されていた宝箱を指さす。


 中には、真っ赤なアロハシャツが入っていた。


「おー、これは防具……かな。どんな効果があるんだろうなあ」


 意気揚々と真っ赤なアロハシャツを着こむ兄。


 ちなみにそれは防具ではなくただのファッションアイテムで、要するに外れなんだけどね。


 私は笑いをこらえながら赤いアロハシャツを着た珍妙な男の撮影を続けた。


 ***


「よし、ここでラストかな!」


 物置ダンジョンの最下層。


 ボスである巨大ネズミを倒し終えた兄は、額の汗をぬぐいながらカメラのほうへと振り返った。


「いやー、苦戦しましたが、何とかボスを倒しました! 皆さんありがとうございました~!」


 ペコリとカメラに向かって会釈をする兄。


 ふう。これでやっと撮影も終了かな。早く家に帰って編集しないと。一本の動画にするつもりだったけど、見どころが多かったから三本くらいになるかも。


 私がそんなことを考えていると、急に兄が大きな声を上げた。


「おーっと、これはなんだ!? 隠しステージか!?」


 え?


 見るとそこには、水色に光る幾何学模様の床があった。


 ああ、これはこれはワープ床ね。


 興奮している兄には悪いけど、ここを踏めば物置ダンジョンの初めに戻れる仕組みになってるんだ。


 ダンジョン攻略後、元来た道を戻るのがめんどくさいと思ってあらかじめ設置しておいたんだ。


 兄はワープ床を意気揚々と踏み抜き、姿が消えて無くなる。


 私もその後に着いてダンジョンの初めに戻った……つもりだった。


 ――ってあれ?


 気が付くと、私と兄は見覚えのない白い床の上に立っていた。


「ん? ここはどこだ?」


 困惑した兄の声。だけど私は兄以上に動揺していた。


 えっ、ここはどこ!?


 まさかワープ先の座標指定ミス!?


 確かにあの時は眠かったし、富士山麓大ダンジョンの続きも作んなきゃって焦ってたけど……。


 と、そこで私は最悪の可能性を思いついた。


 ま、まさかここは……。


「おーい、どうした? 早く行くぞ」


「ま、待って。もう疲れたし、今日はここで終わりにしようよ」


「えーっ、でも俺、まだ全然体力あるし、もうちょっと進んでから帰るよ」


「ええっ、で、でも……」


 私の予想が正しければ、ここはアンタみたいな素人が入っていい場所じゃないっ!


 と、どこからかドシーンドシーンと地響きに似た足音が聞こえてきた。


 ひえっ……こ、これは……。


 さっと血の気が引く。


 暗がりの中から現れたのは、火を噴く巨大なドラゴンだった。


 これは……Aランクモンスターのレッドドラゴン!


 私が富士山麓大ダンジョンの百階に配置したボスだ。

 ってことはここは……富士山麓大ダンジョンの百階!?


 うわーん、とんでもないミスしちゃったよー!


「に、逃げよう!」


 私は小声で兄の腕を引っ張った。

 だけど兄の足は動かない。


 こいつ……足がすくんだ?


 私がじっと兄の顔を見ると、ジェイソンのお面の隙間から見える瞳がキラキラと輝いていた。


「やべー、ドラゴンだ! 俺、ドラゴンって初めて見た!」


 兄の言葉に、私はがくりとずっこけそうになった。


「あ、あのねえ、そんなこと言ってる場合じゃ……」


 するとダンジョンの奥から女性の叫び声が聞こえてきた。


「きゃああああっ!」


 見ると、ひとりの女性がレッドドラゴンに襲われている。


 黒い着物に黒いボブヘアー、それに黒い狐の面の彼女は、全身傷だらけだ。


 あれは――LUNA!?


「女の子が襲われてる。助けなきゃ!」


 私が困惑していると、バカ兄貴は一目散にドラゴンに向かって走り出した。


 バ、バカッ!


 Aランク探索者のLUNAでさえ敵わないレッドドラゴンを、レベル2か3くらいのアンタが勝てるわけないでしょうが!


 止めようとしたけれど、高校生男子の足の速さに、小柄な私ではとてもじゃないけれど追いつけない。


「チッ、仕方ないわね」


 私は創造主権限で極限まで威力を高めた補助魔法を唱えた。


 ――攻撃力アップ レベルMAX。

 ――防御力アップ レベルMAX。

 ――素早さアップ レベルMAX。

 ――幸運値アップ レベルMAX。


 幸運値を上げたのは、幸運値が上がると回避力が上がり相手からの会心の一撃が出にくくなるためだ。


 私としては兄が一撃で致命傷を負う可能性を少しでも下げたつもりだった。


 でもこの時の私は気付いていなかった。


 この幸運値MAXと道化師の剣の相性がすこぶるいいことに。


「でやああああああああ!」


 兄がレッドドラゴンに向かってものすごい速さで飛んでいく。そして――。


 ザクリ。


 極限まで攻撃力の上がった道化師の剣によって――レッドドラゴンの巨体は一撃にして切り裂かれた。


「グオオオオオオ」


 地響きのような咆哮を上げながら、バラバラと赤い光になって消えていくドラゴン。


 その光景を目の前で見ていたLUNAが小さく声を上げる。


「嘘……」


 そして後から知ったのだが、この時幸運にも一撃でレッドドラゴンを倒してしまった兄は、アホ面でLUNAの生配信のカメラに向かってこう言ったのだった。


「……あれ? 俺、何かやっちゃいました?」


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