目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

第22話「ヒーローズ!(仮)、発足ですわ!」私たちの始まり…?

 時々、考える。

 実はモンスターというのは意外にもTPOをわきまえていて、自分に相応しい場所にしか出てこないのではないのか…と。

 そもそもこっちの世界にモンスターなんて不要だから、出てこないのが一番なんだけど。

「今回のモンスターは…マッドゾンビ! 動きは極めて遅いですが、そこそこ数が多くて泥状の体が破壊しにくい敵…さあどうしますの、ブレッド・ノヴァ!?」

「なんか実況風になってない? まあ怖くないんならいいけど…」

 廃遊園地、それもお化け屋敷の中に出現したモンスター…それは御寺さんが解説してくれたように、マッドゾンビという『泥状のゾンビ』だった。

 全身が泥で覆われており、シルエットはぼんやりとした人型。ゾンビという名前の通り元は死体なのだろうけど、粘ついた泥に全身まんべんなく覆われていることもあって、ゾンビらしい腐敗や流血といったグロ要素はない。

 大きさは私たちとそこまで変わらないくらい、その動きはナメクジやカタツムリを思わせる鈍重さで、這うようにずるずると歩くことから泥を引きずる音が若干耳障りだ。この特性ゆえに不意打ちされる心配はないのだけど、問題はその泥で作られた体…それ故の防御力だった。

(泥状の体は物理攻撃に強く、炎みたいな属性攻撃に弱い…でも今日はレディがいないから、私がなんとかしないといけない。そのための方法、それは…これだ)

 ひとまず私たちはお化け屋敷を脱するべく、入り口に向かって移動していた。けれどその途中、明らかに幽霊でも出てきそうな井戸がある時代劇風の広場に到達したところで、複数のマッドゾンビに遭遇する。

 こいつらはゾンビよろしく知能が低く、生きている人間に対して一直線に向かってくることしかできないから、正面にしか敵がいないなら御寺さんに危険はない。だから私はじり貧にならないように、自ら泥の塊たちに飛び込んでいった。

「こいつの体は生半可な攻撃ならすぐに再生する、なら…一瞬で吹き飛ばすしかない! はあっ!!」

「…! 目にも止まらない速さのパンチで上半身を吹き飛ばし、すかさず残った下半身にローキックを放って全身を消し飛ばした! 素晴らしい、これぞ伝統的なヒーローのシンプルかつ有効な、あらゆる敵に対応できる戦い方ですわー!」

 私が近づくとこちらの体を取り込むように短い腕を伸ばしてきたけれど、その意図通りに動いてやるつもりはない。こいつらの主な攻撃方法は『相手に引っ付いて自分の体に取り込む』というもので、一度絡みつかれるとヒーローであっても振りほどくのが面倒だから、私はその体が触れる前に吹き飛ばすことにした。

 まずは力を込めた正拳突きを放ち、上半身をきれいに吹き飛ばす。残った下半身は放置しておくと復活する可能性があるから、空き缶を蹴飛ばすようにローキックで残りもきれいに掃除しておく。

 そう、御寺さんの解説通り、私はこの苦手な相手に対して『復活できないように最小の攻撃を最速で放つ』という作戦をとって、それは幸いにも効果があった。相変わらず動画映えしないなぁと思いつつも泥の敵はきれいに消えてくれて、私は休むことなく残りの敵にも急速接近、同じことを繰り返す。

 それはプロデューサー志望の御寺さんにとっては地味すぎて苦言でも呈されそうだったけれど、むしろ彼女は私の戦い方に興奮冷めやらぬ様子で、敵を倒す度に「かまいたちが戦場を駆けているようですわ!」とか「あまりに速すぎて維持費がスポーツカー並みですわ〜!」なんていう、謎の賞賛をしてくれた…褒められているのかな、これ?

「…あっ! 泥の弾を投げつけようとしてくる奴がいますわ! ノヴァさん、避けてくださいな!」

「いや、避けたら御寺さんに当たるかもだから…そういうのには、こうする!」

「!? ああーっ!! ノヴァさんが泥の球にキック、投げてきた相手にシュートォォォ!! 超エキサイティングな戦い方ですわ!?」

 見た目はどれも同じなのだけど、どうやらこいつらにも個体差があるらしい。

 比較的後ろにいたマッドゾンビは、自分の体からのろのろと取り出した泥の弾を放り投げてくる。その動作も軌道も大変に緩慢で、避けること自体は何の造作もない。

 けれど、今の状況で相手の攻撃を避けると御寺さんに当たる可能性もあるわけで、それはヒーローとして認められない。だから私は泥玉の着地地点まで素早く下がり、それをサッカーボールの要領で蹴り飛ばしてやった。

 泥の塊は持ち主の体へと帰るように、超スピードで戻っていく。そして命中するとそのゾンビは上半身だけが吹っ飛んで、とりあえずの時間稼ぎにはなりそうだった。

「…やはり、わたくしの目に狂いはありませんでしたわ! ノヴァさん、あなたこそ腐ったヒーロー界をぶっ壊すロックスターですわ〜! 頼りになるのは己の体のみ、我が身一つで人々の平和と幸福を守る…その名前の通り、わたくしと一緒に新たなヒーロー像をこねて焼き上げるために生まれてきたんですのね〜!」

 別に動画映えを狙ったわけじゃなかったのだけど…少なくとも、御寺さんにはしっかりと刺さったらしい。

 サッカー経験のない見よう見まねの私のシュートが決まった直後、わずかなためのあとに御寺さんの興奮は最高潮に到達する。あと、なんだかいろいろ好き勝手に言われた。

 だけど、なんだろう…普段は零細ヒーローらしくちやほやことがなかったせいか、過剰とも言える褒め言葉たちは私の中にジーンと浸透していって。

 うぬぼれてはダメだとは思いつつ、こんなにも褒めてくれるこの人だけは守り抜きたいと、より一層キレの増した体で止まって見える敵どもを吹き飛ばしていった。


 *


「よし、無事に脱出できた…あれ、近くにいたほかのモンスターの反応が消えていく? もしかして増援が来てくれたのかな?」

「なんと、僥倖ですわ! ノヴァさん、今のうちにもっと遠くへ」


「見つけましたよ、撫子お嬢様! 今すぐこちらへお戻りください!」


 お化け屋敷を脱出後、私は残りのモンスターを討伐すべく端末を確認したところ、その反応は次々に消えていった。

 となると私が残りを倒さずとも一般人に被害が広がる心配もないわけで、それならばさっさと御寺さんを安全な場所まで送り届けようと思っていたら。

 どうやって追跡してきたのか、まもなくモンスターが全滅する遊園地内に黒服たちが駆け込んできたのだ。

「げえっ! あなたたち、まだ追ってきていたんですの!?」

「当然です、我々はお嬢様を連れ帰ることに身命を賭しております!」

「ふん、とか言いながらモンスターに囲まれたわたくしのところへは来てくれなかったじゃありませんの! わたくしはわたくしを救ってくれた、このヒーローと一緒に行きますの! 邪魔しないでくださる!?」

「そ、そんな、お嬢様…」

「…あの、御寺さん。そういう言い方、よくないよ。本当ならモンスターが出た時点で近隣からは退避しないといけないのに、まだ敵が残っているここにまで踏み込んでくるなんて…あの人たちが命をかけてるっていうのは、本当だと思うから」

「……ご、ごめんなさい、ノヴァさんの言うとおりです。先ほどの言葉、深く反省して取り消しますわ……」

「お嬢様…! でしたら、我々のところへ」

「ですがっ!!」

 黒服の一人、髪までも真っ黒な女性が一歩前に踏み出し、御寺さんへと戻るように嘆願してくる。けれども御寺さんは聞く耳を持たないと言わんばかりに突っぱねようとしたので、さすがにそれは見過ごせないと苦言を呈する。

 そう、一般人にとってモンスターというのは『決して対処しようとすべきでない脅威』であって、面白半分で近づくなんてもってのほかだった。現に学習能力のなさに定評のあるマスコミが生のモンスターを撮影しようと近づいた結果、その命でもって対価を支払うという事件は今もある。

 もちろんこの人たちがそんな目的でここに来たわけがなく、黒服の中には明らかに怯えている様子の人たちもいるのが『命をかけてでも御寺さんを保護する』という目的を物語っていた。幸いなことに御寺さんはそれを理解してくれて、すぐに深々と頭を下げてくれた。

 …だけど。次の瞬間には。


「フ○○クユー!! わたくしはもう、あんなところには戻りたくありませんの!! あなた方の献身には敬意を払いますが…お断り申し上げます!! ノヴァ、わたくしを連れて行きなさい!」


 あろうことか、御寺さんは…夜空へと高々に握りこぶしを突き上げ、中指だけを立てて…そう高らかに宣言をした。

 …あれ? 御寺さんって、本当にお嬢様なのか?

 そういう生活どころか知り合いにも無縁だった私には、偏見ってやつがあるのかもしれないけれど。それでもそのポーズと言葉がお嬢様らしさからかけ離れているというのは一般常識からも当てはまりそうで、私は御寺さんに腕を引っ張られながら自分の常識を疑っていた。

「お、お嬢様! そういう下品な言葉はもう使ってはならないと『代表』にも叱られたではありませんか! 我々しかいないならともかく、ほかの目もあるところではおやめくださいとあれほど!」

 あ、よかった…私の常識が正しかったみたいだ。

 黒服の人たちは御寺さんの態度に慌てて制止したものの、世界に顕現した言葉とポーズはもちろん取り消せなかった。ちなみに黒服の女性は「そこのヒーロー! 絶対に他言するなよ!」と注意してきた。言えないよ、こんなこと…。

(とはいえ、どうしよう…さっきは勢いに流されて御寺さんに味方したけど、やっぱりこの人たちにも正当性はある気がする…)

 ともかく、私はここで重要な選択を迫られていた。

「ノヴァさん! わたくしと一緒にヒーローの頂点、あるべき正義の姿を示しにいくのです!」

 御寺さんを連れて行けば、多分私のプロデューサーになってくれる。

 先ほどの実況もそうだけど、この子はあんな状況でも成り行きをしっかり見届ける胆力があって、同時に私の苦言も聞き入れる素直さというか、モラルや器量もある。

 なので一緒に組んでみたいという気持ちはあるけれど。

「おい、ヒーロー! その方を我々のところへ連れてくるんだ! お嬢様はこんなところで『お遊び』をしている暇なんてない、為すべきことがあるのだ!」

 でも御寺グループの令嬢となれば、きっとそれ相応の責任もあるんだと思う。

 あそこまで大きな企業の中枢に生まれた以上、きっと大事な役割が与えられるだろうし、私もそうした企業の恩恵に預かっている以上、その手を握ることはこの国の損失にすらつながる不安があった。

(…遊び、か…本当にそうなのかな?)

 多分黒服の人たちからすると、御寺さんのやっていることは『令嬢のお戯れ』なんだろう。

 けれど、私に対して熱烈なメッセージ──それと投げ銭──を送ってきたこと、私との逃走劇に目を輝かせていたこと、私の地味な戦い方に希望を見いだしていた様子…そのどれもが単なる遊びとは言い切れない、妙な熱を伴っていた。

 その温度は地面の中で眠り続ける種子を萌芽させるような、小さくもはっきりとした熱量を感じさせる。私のような冷めた人間にとって、それは夜明け直後の朝日みたいにまぶしく感じた。

「…私は」

 ヒーローは、ブレッド・ノヴァは。

 どんな返事をするんだろう?

 そんな疑問は、またしても大きな流れによって決まった。


「ああもう、さっきから聞いていれば焦れったいわね! ノヴァ、その女と一緒にオルトロスへ乗りなさい! モンスターどもは始末したから、さっさととんずらするわよ!」


「えっ、レディ…?」

「状況はよくわかんないけど、あの黒服どもは御寺グループの人間なんでしょ! あいつらは嫌いだから、逃げるんなら力を貸すって言ってんのよ!」

「いや、でも」

「そうですわそうですわ! ノヴァさん、ここはレディさんに力を貸してもらってくださいな! わたくしは正義を示しているのであれば悪の組織にも寛容、ホスピリティアなら信頼に値しますわ〜!」

「えっえっ…」

「なはは、そこのお嬢さんはわかってるっすね! ほら、ノヴァさんなら俺は大歓迎っすよ! カムオン、悪の道へ!」

「ちょっ!?」

 何らかの返事をしようとしていた──自分でも内容はわからなかった──私が口を開こうとした刹那、ケルベロスに乗ったレディが、そして随伴していたオルトロスが乱入してくる。

 使い魔とはいえモンスターの登場に黒服たちはたじろぎ、けれども御寺さんは驚異的な物わかりの良さでいそいそとオルトロスに乗り、私にまで逃走…それも悪の組織との協力を要求してくる。いや、ホスピリティアが悪い連中じゃないのはわかってるけど。

 いくら何でも流れに身を任せるには大きすぎる決断だ、せめてもうちょっと時間が欲しい…そんな私の願いを無視するように、オルトロスは器用に頭を使って私を持ち上げ、ぽいっと空中に放り投げてから背に乗せる。まるでアニメに出てくるユニコーンやペガサスみたいな、鮮やかな乗せ方だった。

「うわ、こっちに来る! 噛まないで!」

「失礼ね、うちのケルベロスとオルトロスはそんなことしないわよ!」

「主の言うとおり…拙者は美食家ゆえ、人間を食らう下等なモンスターどもと一緒にするでない! どかぬなら跳ね飛ばすぞ!」

「ぬはは、俺はシースーが好きっすよ!」

「そうでしたのね、今度ごちそうしますわ!」

「…ああもう…なるようになれ!」

 そして私たちを乗せ、二頭のわんこは駆け出す。そのスピードは人間を乗せているとは思えないほど早く、たしかにぶつかっただけでも痛いでは済まなさそうだ。

 それに怯えた黒服たちは道を空け、悲鳴を上げる。けれどもレディは憤慨しつつ、ケルベロスとオルトロスのしつけについて声をあげた…やっぱりこの二匹、人間と同じものを食べているらしい。

 そこで私はついに諦め、面倒事はすべて後回しにしてオルトロスに掴まる。なんとなく毛皮や皮膚を痛めないために抱きつくようにしがみついたら、御寺さんはそんな私の腰に腕を回して。

 かくして私たちの長い遊園地探訪は、悪の組織のガイドによって帰路へとついた。


 *


「速ーいですわ〜! それに障害物をものともしない小回りの利く機動、レディさんの使い魔は噂にたがわぬ優秀さですのね!」

「ふん、当たり前よ! この子たちはね、言わばホスピリティアの虎の子…それを使い魔にできたからこそ、私みたいな新人も幹部になれたんだから!」

「お褒めにあずかり光栄です、主。ですが我らは番犬、虎というのはいささか収まりが悪く…」

「兄者、そういう意味じゃないと思うっすよ? でも、レディ様に褒められるのはテンション上がるっすねー!」

 遊園地を飛び出し、私たちは都市から離れるようにして郊外、徐々に自然が増えてきた道を駆け抜ける。

 ケルベロスもオルトロスもただ単に速いだけでなく、急停止からのカーブ、ジャンプといった動きを駆使して走り続けた結果、ドローンごと黒服たちを巻いたらしい。

 それに対して安堵しつつ、私には新しい悩みが急浮上してきて、どうしてこんなことになったのかと盛大にため息をついた。

「…はぁ…私、これからどうなるんだろう…御寺グループに追われるのかな…」

「ご安心ください、その辺の話はきっちりとつけさせていただきますわ! あなたをプロデュースする以上、そういう面倒事の処理はお任せあれですわ〜!」

「プロデュース…ノヴァ、あんたそういうのを受け入れるの? 少し意外だわ…」

「まだ正式に返事をしてないんだけど…」

「わたくしと一緒に逃げてくれた時点で承諾と見なしましたわ!」

「ええー…」

 私のこぼれたため息をすぐさま拾い上げるように、そして逃さないように御寺さんはぎゅっと抱きついてきて、私が密かに望んでいたこと…面倒事の処理を請け負ってくれる。

 それは確かに嬉しいと言える反面、そのためには『御寺さんに従わないと御寺グループに追われるかもしれない』という状況にも陥っているわけで…。

 ヒーローのプロデューサーって強引で豪腕な人が多いらしいけど、早くもその片鱗が見えた気がした。

「そう、ついに始まるのですわ…わたくしがプロデュースするヒーローチーム、『ヒーローズ(仮)』が!」

「え、なにそれ…というか、チーム? 私だけじゃないの?」

「もちのろんですわ! 一人一人は単なるヒーローでも、集まって力を合わせればチームとなる…チームとなった真のヒーローたちは、無敵ですわ!!」

 てっきり私はピンのヒーローとして戦い続けることになると思っていたので、武者震いをする御寺さんがそんなことを口走ったとき、また新しい悩みの種を増やされた気分になる。

 …そもそも、(仮)って…この人、もしかしなくても勢い任せで生きているんじゃないだろうか?

「…大変ね、あんたも…」

 その勢いに引っ張り回されて、私はどこへとたどり着くのだろうか?

 頭痛を堪えるように頭を抱えた私に対し、レディはとても小さな声で気遣ってくれた。自分も巻き込まれていることにも気付かないで。

 そう、私『たち』のヒーローとしての戦いは…これから始まるのだった──。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?