今日は朝から雨が降っていて、なんとなく嫌な日だった。じめっとした空気が教室にも入ってきていて、窓の外を見ても雲のせいで太陽は見えない。
普通教室の窓側には日光が入ってきて明るくなるものだが、雨の日はそう言うこともなく教室全体もなんとなしに暗く見える。
今日はもう放課後でクラスメイトは殆ど部活に向かったか、帰ったかのどちらかだろう。教室に残っているのは俺と櫻木さんの二人だけだった。
「今日、空いてた?」
「俺帰宅部だし……まあ年がら年中空いてる。櫻木さんの方こそ大丈夫?」
名義交際を始めてから知ったのだが櫻木さんは女子卓球部の所属らしい。結構雰囲気は緩い感じらしいが、俺自身運動部に所属したことがないので果たして緩い運動部がどこまで緩いのかは分からない。
「毎週水曜日はオフだから。あと日曜も結構オフ」
「へー」
櫻木さんからは前日の時点で一緒に帰ろうと誘いを受けていた。もちろん断る理由なんてないので快諾。
「これって知ってる?」
「……あー、流行ってるやつだ。見たことはある」
櫻木さんが見せてきたスマホ画面には最近流行りのアルファベット四文字で自分の性格を表してくれるらしいと評判の某サイトだった。俺自身は聞いたことがあるけど触ってみたことはない、程度のものだ。
「今日はこれで性格診断をして二人の相性を調べてみよう、アイスブレイクッ」
何故かキラーンという効果音が聞こえた気がした。
「性格診断は古代では『体内にある液体の種類ごとの割合によって性格が決まる』っていう古代ギリシャの四体液説、近代だと顔から性格を予測する18世紀の相貌学から始まっていて、クレッチマーの分類やフロイトの精神分析を経てユングによるタイプ論が現れてそれがこのサイトの元々の診断方法の元ネタになってるんだよね、これは人間の内面を診断することが目的の診断方法で他にもビッグファイブとか外部からの行動パターンを予測するカーシーの気質分類とか色んな性格診断が世の中にはあって、しかもこのサイトは本来のこの性格診断の診断と比べると天と地の差がある、むしろ元の診断方法の名前を借りてるだけで原型なんて全く留めてない、というか根本的な理論まで全部異なって心理学的には何の信憑性もないんだけど取り敢えずやってみよう」
「後半なんか聞き捨てならないこと言ってたけどホントに大丈夫かこれ」
いつもの饒舌さに拍車をかけて、どうも話を聞くと懐疑的になっていくが櫻木さんのスマホを握らされ、勧められるままに診断が開始される。
「……なんか抽象的な質問があってわかりづらい質問がちょいちょいあるな」
でも自分が思った回答を直感的に選択していく。ものの数分で終わり、結果画面が出てくる。
「『頭の回転が早く反対意見を述べることに躊躇がない、好奇心旺盛でユーモアがある』らしい、こうやって出てくると面白いな」
出てきた文章を読んでいくと反骨精神がある、議論や熟考が得意などなど。確かに言われてみると嬉しい言葉が並んでいる。悪い気はしない。
確かに色んな人の話を聞いたり考えたりすることは好きだから意外と当たらずとも遠からずといった具合だ。むしろ数分の質問でこれだけのことが出せるなら優秀なのでは? という気がする。
「意外と面白くない? 当たってる気もする」
「バーナム効果っ」
櫻木さんは俺からスマホを取り上げると彼女自身の結果を出した。
「昨日の夜やったんだよね」
何だかやけに自慢気に誇っているようにも聞こえたがそこをよく読むと、孤独・懐疑主義者・知識習得大好きといった単語が並んでいる。なるほど、中々櫻木さんのことを言い当てているように見える。
「櫻木さんっぽいかも」
「私もそう思う。不思議だよね」
「そうだ、相性は? 最初はその話じゃなかったっけ」
最初は櫻木さんのそういう提案だったはずだ。スイスイと彼女がまた検索を始める。
「私のタイプは……古渡くんのタイプと……3番目の相性の良さだって」
「それって良いの?」
「タイプは全部で16個あるから組み合わせ的にはかなり良い方だと思う。やっぱり私が思った通り私たちの恋人としての相性抜群だね」
「ぐ……」
そう言われると嬉しくなる。こんなに可愛い女子に『私たちお似合いだね』なんて言われたら。
「で、でも、これって櫻木さんが言うには意味がないんじゃないの?」
「それはそうだけど……こういう些細なことで一喜一憂するのが恋人だって思うんだよね。たとえそれが意味のないことだとしても、そう思わない?」
「確かに?」
櫻木さんが名義彼氏に求めていることが少しわかったような気がした。こういう何でもない時間を過ごす、そんな相手が欲しかったんじゃないか。そう考えると俺も共感するところがある。
窓の外から雨の勢いが弱まって雲が薄くなっていくのが見える。
「これは結衣が提案してくれたんだよね、何話したらいいか分かんないって聞いたらこう言うのはどう?って教えてくれた」
何話したら良いかわからなかったのか……。いや俺も同じだ。まだ俺たちはお互いのことを何も知らないから。
「前も言ってたけど結衣って……
「そうだよ」
霧島さんとは去年同じクラスだった。皆を束ねるリーダーシップがあり誰にでも接してくれる。まさしく陽キャというやつだ。
「結衣は小さい頃からの親友」
「……そうなのか」
昔からの親友ということはお互い気心も知れているんだろう。つまり櫻木さんは俺だけに見せてくる態度も知っているんだろう。何だか独占権を取られたような気持ちになって少し胸が痛くなる。
「結衣が言うには
「好きな人……」
さらっとお互いがお互いのことを好きだと言うことを自明にされて話をされると言いようのない恥ずかしさも感じるが、それ以上に何か安心感を感じる。
自分が彼女の好きなことを構成する一部になれていることに喜びを感じてしまう。
「顔赤いよ?」
雨があがって、雲が引いていくのが見える。窓から陽の光が差し込んできてそれが、今日見たどんな光よりも眩しくて俺から見て窓側に立っていた櫻木さんを照らす。
よく見えなかった、よく見えなかったが櫻木さんが意地悪気に笑っていたように感じた。
「晴れたみたいだね、一緒に帰ろ」
そういう櫻木さんの口調は教室のものや俺の前で発するものと変わりない。しかしその口ぶりに若干の楽しさを感じ取れる、と思ったのは俺がそう思っているからなのか、彼女の言いたいことを分かるようになってきているのか。