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第8話 手につかない

 あのデートの日から色々と考えているうちに葵の「キス」の言動について考えるようになった。


 男なんて単純なものだ、葵みたいな子に迫られて断る野郎なんてそうそういないと思う。


 ただ俺は多分、本当に本心として葵のことを好きになっているわけではない。


 そりゃ可愛い子に日常的に「好き」と言われたら思うところもあるが、それと恋愛的な気持ちは別で考えた方がいいと思う。


 というより仮に俺が割り切ったとして彼女がどう思うかの方が問題だ。


 彼女自身のスタンスは最初から変わっておらず、恋愛がどんなものなのか知りたい、という一点に固着しているように見える。


 「キス」だって、俺がしてこないのを分かって迫ってきたんだと思った。実際に琴乃さんが部屋に入ってきたらすぐにやめていた。


 以上のようなことを一晩中考え、数日間考え、1週間ほど考え、とぐるぐると思考を巡らせていたら。



「ん、小テスト3点!」


 端的に言おう、勉強が手につかなくなって一気に授業に追いつけなくなった。


 元々俺の成績は中の中か下程度、テスト前に一気にやるなんて芸当は到底できない、というよりそれすらしてない。


 ほぼ1週間病欠したみたいな状態になっている。


「蒼真くん、どうだった?」

「あ、こんな感じというか……」


 最近、葵が教室でも話しかけてくれるようになった。彼女は俺の答案を見た瞬間に何かを察したような顔をする。


 ちなみに葵は8点だった。もちろん10点満点である。


「やっぱり葵って成績良いんだね」

「過ぎたるは猶及ばざるが如し、それなりの成績」


 漫画やらアニメグッズやらを持っているオタク気質なのはこの間の訪問の時に知ったが、その上でもこの成績なら凄い。


 琴乃さんのことを天才だとか言っていたがそれをいう本人も大概ではないか。



「あれ? 蒼真くんなんか落ち込んでね?」


 休み時間に、新たにもう一つの悩みを抱えた俺に霧島さんが近づいてきた。


 彼女は本当にギャル、と言って良いのだろうか、なんとなく自分の好きに生きている自由人感がある。


 本人が「恋の従事者」と言っていたほどには。


「いや、なんていうか、成績が低迷気味? というか。そろそろちゃんと勉強しないとまずいなあって感じで」

「小テストかあ、そんなの気にしなくていいっしょ、今から頑張って中間も期末もあるんだから」

「そうは言ってもなあ」


 あっけらかんな霧島さんの態度に乾いた笑いが出る、いや俺も別に人を笑える立場ではないけど。


「そういえば霧島さんは今日の小テスト何点だった?」

「10点だよ?」

「えぇ!?」


 さっきまでの飄々とした態度はそのままに当たり前のように言ってくるのにびっくりした。満点?


「それ本当に?」

「嘘言わないよ別に」


 ヘラヘラと笑いながらそう言ってくる姿に開いた口が塞がらない。


「これまで聞いたことなかったんだけどさ、もしかして霧島さんって相当成績いい?」

「相当、ってほどじゃないよ。だってうちのクラスはトップいるじゃん」

「いや、まあ、そうだけど」


 彼女が言っているのはうちのクラスの笹野ささの悠太ゆうたのことだ。バドミントン部所属でタイプとしては真面目な感じ。


 テストをすれば大体1位か2位。俺も彼とは中学から一緒だけどいつも成績優秀だった。


「あれに比べればそりゃ私は全然だよ」

「高一の時とか、模試の順位ってどんくらいだった?」

「うーん……20位くらいじゃない?」

「めちゃくちゃ良いじゃん」


 うちの学校は一応進学校だ。大体一学年の生徒が300人くらいで、俺が真ん中くらい。ってことは彼女は上位6パーセントくらいってことになる。ちなみに葵は50位くらいだったはず。


「そんなことはいいじゃん。それより、数学教えてあげようか?」


 にしし、と笑いながら自信ありげな顔を浮かべる。その姿はまさに俺を迎えにきた女神のように見えた。


「よろしくお願いします!」

「よーし、じゃあ放課後あけといてね」


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「……あれ?」


 放課後、指定された空き教室に行ったら葵がいた。霧島さんではなく。


「結衣が言ってきた、放課後蒼真くんに教えることになったんだよねって」

「ああ、まあ」


 俺の曖昧な頷きに机の角をトントンと叩きながら葵が明らかに機嫌の悪さを見せてくる。いや、顔には出てないんだけど。


「この教室で結衣といちゃいちゃするつもりだった?」

「え、あ、いや、そういうわけじゃないって」

「仮にそうなったとしても私には何も止める権利はないんだけど」

「そんなつもりないよ」


 いや、違うなこれ。彼女が言って欲しいのは多分これに対する弁明とかそういうのではない。


 「恋人」的に考えるのならば。一つの案が浮かんで葵の向かい側に座る。


「でも俺も霧島さんより葵に教えてもらう方がいいな」

「本当に? 結衣の方が成績良いけど」

「別に頭いい人がイコールで教えるのが上手いわけじゃないでしょ。それに葵に教えてもらったほうが頭に入る気がするなあ」


 あまりにも子供騙し的な言葉選びな気がするが、こういうことだろう、多分。


「ほら、こういうのは、なんて言うんだ、好きな人に教えてもらった方がいいんだろ?」

「……無理して言ってるでしょ」

「いやいや、まさか」


 先日キスを拒んだ身で何を言っているんだと自分でも思ったがとりあえず押し通す。


「そうやって優しいところだよ」

「……ありがとう」


 モテない男が言われる言葉「優しい」はいつの間にかに、好きな人がいつも言ってくれる言葉になっている。

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