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エピローグ

 秋深まる十一月。

 奈良の山々が、紅葉に染まる季節。



「ここが……」



 俺は、その神社に足を踏み入れた。



「なんか厳かな雰囲気だねぇ」

「宗田、ここで約束してるんだっけ」

「俺たちおじゃま虫は引っ込んでますか」



 哀翔たちは神社の外で待っていてくれるらしい。俺は一人、本殿へとゆったり歩いていく。


 サワサワサワ。


 境内の木が、葉が、風に揺れる。

 まるであの竹林の中のお社に居るかのような感覚。


 サワサワサワ、サワサワサワ。


 ――約束、なんてしていない。

 奈良の、本場っぽい神社に行けば会えるかもなんていうのは、百パーセント予想に過ぎない。どれくらいの確率でその希望が叶うかも分からない。


 だけれど、俺は。


 絶対に会えないよりは、少しでも会える可能性を信じたくて。




 社殿の前に立つ。


 深く息を吸って、吐き出す。


 ……居るか?


 心の中で問いながら、俺はぶら下がっている鈴を鳴らすべく、紐に手を伸ばす。


 ――それは、神様を呼び出す音と言われている。


 居てくれ。どうか。




 ――と、俺が鈴を鳴らす前に。






「太地くん」





 懐かしい声が、聞こえた。

 すぐ後ろ、耳元で感じる彼女の声。




「会いに来てくれたんだね」





 俺は振り返る。



 ――しかしそこには、彼女の姿は無い。




 それでも、確かに感じる。


 声と、空気と、彼女の存在感。


 大丈夫、彼女はここに居る。



 サワメは、確かにここに居るんだ。




「うん」


 頷く。



 ――俺は、神様を好きになった。


 それは決して叶うことのない恋かもしれない。


 いつかこの想いも、過ぎ去っていってしまうのかもしれない。


 だけれど俺は、この先、あの夏休みを忘れることはないだろう。


 彼女と過ごした、たった一度だけの、特別でかけがえのない時間。


 それは間違いなく俺の宝物で、大切な思い出だ。


 だから今、たくさんの感謝と、想いを持ってここまでやってきた。




「サワメに、会いに来たよ」





 姿は見えなくても、彼女がふわりと笑ったのが分かる。


「ありがとう、太地くん」


「こちらこそ、サワメ」


 二人で、笑い合う。


 秋めく奈良のお社を、優しい風が吹き抜けていった。



(了)

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