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第一章 04話 『肉の国の狂兵士』

 今日の料理当番はウチとアルビ。というかほぼ毎日ウチ等。


 この施設ではまともに動ける人間が少ない。皆何かしらの理由で後天的に脳にダメージを受け、体を動かせない人がほとんどだ。

 寝たきり、思考力低下、記憶力低下。多くの脳が抱える問題を彼らは背負っている。そのほぼ全てが、此度の戦争の被害者か当事者だ。当事者と言っても全員防衛にあたった軍人で、仕掛け人ではない。

 現状、我がマキナヴィス共和国はグーバスクロ帝国に押されるままで、各地で防戦一方だと聞く。何でもグーバニアン共はテロやゲリラまがいの戦法で攻撃を仕掛けて来て、戦争に勝利するというより虐殺が目的の様な動きをしており、意図が読めないのだそうだ。

 その上で最前線となる主戦場もあるんだから質が悪い。


 その被害者たちの中にあって、記憶に障害があるとはいえ、体を自由に動かせ日常を送れるウチ等は必然的にみんなの世話役になりやすい。


 軽い障害なのに住む場所もらってるだけでめっけもんだ。文句は言うまい。

 というか特にウチ等はバイト以外にはやることも無いので、時間をつぶすのに毎日の買い出しと料理は丁度いいくらいだ。


 本日の昼食は具だくさんのサンドイッチ。昼頃起きてくる人もいるので軽めのものにした。ガッツリ食べたい人はおかわり出来る様に数は多めに。


 トントントン……


 まな板の上でサクサクと切れる野菜の音が食欲をそそる。暇な施設滞在者は調理を見に来ている。ウチの料理バリエーションは結構多いのだが、サンドイッチ率は割と高い。単に作るのが簡単というのもあるが、どうもサンドイッチにある種の思い入れがあるみたいだ。何だろう?


 昼食の評価は上々。自分でも意外だがウチは料理が得意らしい。ここで過ごす中で分かってくる自分の正体もあるってことだ。



「さてそろそろ、ズンコの所かな」

「うえー」


 明らかにテンションの低いアルビ。うん。まぁわかるよ。

 ただウチ等にも生活費は必要だ。完全に動けない人には国から支援金が出るが、戦争は激化の一途を辿っておりその額は減少傾向。支援を受けることが出来る人のハードルもどんどん上がっている。

 記憶障害があるとはいえ、1ヶ月単位のウチらは健常児レベルだそうだ。サイですか。


 軍に戻ってみるのはどうかとアルビに提案したことはある。記憶はないが、ウチは元々軍人だったみたいだし、軍人なら衣食住保証されるだろう。

 ただアルビは反対した。そりゃアルビは元々民間人だ。戦場には行きたくないだろう。ウチも全然覚えてないけどわざわざ行きたくは無い。つぅ訳でこの案はポシャった。


(ほんとウチは、何で軍人なんかやってたのかな)


 守りたいものがあったのか。だとしたらそのものは今どうしているのか。



 胸に、ぽっかりと、穴が……



 謎の悲壮感と焦燥感に襲われ、ウチは早めに身支度を整えた。

 そりゃ軍人なんてやってたんだから色々訳アリだろう。この思考は一旦置いておいた方が良い。

 少なくともこれからズンコの所に行くならなおさらだ。憂鬱の種を自ら増やしてどうする。



   * * *



【ズンコ武器商店】


 だんだんと傾いて来た太陽に照らされた、何のひねりもない店の看板を見上げテンションが下がる。

 店長のズンコは施設周辺で仕事を探してたウチ等を一目見て気に入り……いや正確にはアルビをなんだけど……まぁそのまま採用した。

 いや、それはありがたいんだが。


「武器商店、ねぇ」


 戦争を支援する品を製造販売している店だ。


『だって今のご時世、武器売れるヨ!! 売れるなら売るべきでショウ!』


 記憶の中のズンコのセリフ。正確には1ヶ月以上前のセリフだから、こんなこと言ってたって情報しか知らない。

 元々はズンコ部品商店だったそうだ。根っからの身体改造マニアであるズンコは体を脳以外全て機械に交換しており、趣味と実益を兼ねた店を経営していたと聞く。


「元々の店なら、歓迎だったんだけどなぁ」


 まぁ文句は言ってられない。働けるだけありがたいし。今ウチの左腕についてる立派な義手だって、ズンコがくれたものだ。「タダで付けてあげたんだから代わりに働いてネ!」とついでに仕事までくれた。普通は義手分完済までは給料無しだろうに、初日からしっかり給料アリ。ウチの義手は本当にタダだったのだ。


 「ワーオ!素敵な欠損ネ!! 是非義手を作らせて!!」とテンションを上げられた時には、正直どうかと思ったと日記には書いてある。いやまぁ、感謝はしてる。義手カッコイイし。タダだったし。

 アルビが歩行可能になったのもズンコのおかげ。それまでアルビはウチの背中にあった脳維持装置内に入ってただけで、思念魔力での意思疎通や稼働魔力での外部干渉は出来たものの、自身での移動は出来なかった。

 「脳だけで生きてるなんて凄イ!! 体いらないの体!!」とテンション高めに押し切られ、今の虫の様な4本の足がついた。足がついても結局ウチ等はあまり離れられないが、自力移動できる分生活は便利になったみたいだ。

 ズンコは完全に人型のフルボディをオススメしてたが、値段がえげつなく高く、駆動に使うカロリーもバカにならなかったので丁寧にお断りした。素直にそんな高価なものを貰うのは気が引けたし、維持する費用は実際バカにならない。


 今ウチ等は施設に払う料金とアルビを生存させるための培養液の購入用に、武器商店の店員としてバイトでお金を稼いでいる。


 と、そんな事を考えながら店に入ろうとした矢先、不意に脳内に映像が入ってきた。連結脳サーバーからのニュースの様だ。



 連結脳サーバー。複数の建物を支柱とし空中に固定されたそこそこ大きな鉄の箱。外からは解らないが中には大量の脳みそと培養液が入っている。

 これは複数のクローン脳を繋ぎ合わせたサーバーで、国の各所に設置されている。思念魔力に特化した作りになっており、複数の脳を組み合わせた演算力はすさまじい。その強大な魔力を使って広範囲に思念魔力を飛ばすことが出来る装置。その範囲内に別のサーバーが設置され通信し、またそのサーバー範囲内に別のサーバーが設置され通信しと、これにより国の主要都市はほぼ通信可能になっている。

 都市部の場合は今ウチの前にあるサーバーみたいに空中や塔に設置されており通行人の邪魔にならない様配慮されている。田舎では森の中にあったりするそうだ。


 今みたいにニュースや各種放送局の番組を脳内に転送する他、遠く離れた人と通信や各種情報の検索等、個人が利用する事も出来る。これをネットやウェブと呼ぶ人々もいる。確かに網や蜘蛛の巣みたいだなと思う。

 普段は入ってくる情報や通信は好みで任意に遮断できるのだが、今回のニュースは緊急放送の様で、重要度が高に設定されており遮断の優先度は低い。



『緊急放送です。本日15:00ごろ、グーバスクロの狂兵士複数人がオーデクス地方の住宅や工場を襲撃しました。これにより民間人65名が死亡、13名が意識不明の重体、重傷者や軽症者の正確な数は今のところ把握出来ておりません』


『オーデクス地方は我が国でも有数の工業地域ですからね。特に最近は兵器の生産が盛んだとか。周辺の工業地域の皆様も有事の際はすぐに避難出来る様、準備を怠らない様にして下さい』


『映像に出ているグーバスクロの狂兵士は、典型的な肉体強化タイプです。目撃した方は速やかに情報共有と避難を』


『彼らは我々の国と違い、機械に頼らず肉体を強化、変形させて戦います。その力は想像以上に脅威です。間違っても応戦しようとせず、逃げて下さい』



 そこには体を誇張抜きでクリーチャーの様に変形させた肉の塊が、地元住民を惨殺し、脳を取り出す姿が映し出されていた。全身の筋肉が膨張した全裸の兵士。いや、兵士と呼ぶのも難しいくらい、既に人間の容姿からはかけ離れた姿をしている。

 脚は四本にに分かれ、腕の長さは通常の人間の二倍以上。顔面もなぜが皮膚に覆われ表情はうかがい知れない。そして背中には露出した4つの脳。おそらくは現地の被害者から奪取したものだろう。グーバスクロ兵士もマキナヴィス軍人も複数の脳を背負い、使い切っては新たに補充するという戦術をとる。違いと言えばその脳の保存方法で、ウチ等マキナヴィス人は透明樹脂に脳を入れ培養液で栄養を送って使うのに対し、グーバスクロ人は直接背中に穴を空け、脳を連結して体液で栄養補給をする点だ。


 これが話に聞くグーバスクロの狂兵士、グーバニアンか。生、ではないが映像で見るのは初めてだ。……ここ1ヶ月では。以前見たらしいが文字情報じゃビジュアルは伝わりにくい。



 周囲の人間にも動揺が広がる。


「本当に意味不明よね。戦争なのに、民間人の地域に突っ込んで。かと思えば苛烈な戦場に無策に突撃していく。狂兵士って言い方ホントしっくりくるわ」

「でも今回は割とまともな目的がありそうじゃない? オーデクスは兵器開発地域だし。私たちも気を付けないと」


 映像を見た女性達が騒いでいた。


 その地域に、大切な者がいる人はいないだろうか。取り残され、先に旅立たれてしまった人はいないだろうか。



 ウチはそればかりが気になっていた。



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