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 あれから数日後、蓮の神社で待ち合わせていた。既に蓮は、巨大な光る船に乗っている。

「遅かったな、一成」

「いつも貴方は待たないから……ところで、この船は?」

「貴様も話しただろう。アメノトリフネだ」

「え?」

 あの時は、人の形だった気がするけど……神様だから、形態を自由に変えられるのか。フネ、って名前にあったくらいだし。

“そうです、この姿をお見せするのは初めてでしたね。驚かれるのも無理はありません。ですが、時間はあまり残っていません。高天原まで全速力で飛びますので、振り落とされないようご注意ください。さあ、ご乗船を”

 促されるままに乗り込むと、目の前の光景がどんどん上昇していく。本当に、こことは違う世界に行くんだ。遅れて、少しずつ実感が湧いてくる。高天原は、見たことがないけれど——蓮の方が、思うところはあるだろう。長い水色の髪がたなびく。青緑色の瞳には、何が映っているのだろうか。いや、まずは自分のことだ。僕は人間なのだから、出来ることなど限られている。せめて、足手まといにならないようにしなくては。


“……ご乗船お疲れさまでした。ここが、高天原です”

 僕が想像していたよりも、ずっと荒んでいる。空は黒く淀みきって、地面には隕石がめり込んでいる。痛々しいことこの上ない。確かに、侵攻を受けていることが伝わった。僕がこの状況を打破できるとは、とてもではないが思えない。

「……あの星神の気配が濃いな。一成、気を引き締めろ。トリフネ、雷斗の元まで案内してくれ」

 蓮は、人型に戻ったトリフネに命令した。「こちらです」とトリフネが飛行を始めたので、僕もついて行く。高天原でも、霊力は問題なく使えた。地上と同じように飛行も出来る。

 空に蔓延る漆黒の中に、一筋の光が差した。その後に激しい音が轟いたことを考えると、これは雷だ。

「雷斗……!」

 蓮が呼びかける。すると、一時的に雷が止んだ。段々と、シルエットが見えてくる。長い髪を揺らしながら、大男が迫ってきた。その速度は、正しく稲妻レベルだ。

「お、蓮じゃないか。久しぶりだな」

 トリフネと同じくブロンドの髪は、手入れをしていないのかボサボサのまま伸ばしっぱなし。瞳の色は橙色で、鋭い。白装束なのは、神様の共通衣装なのだろうか。蓮やトリフネと同じだ。声が低いのも相まって威圧感が凄い。

「貴様は地上で隠居したとばかり思っていたが。いつ高天原に戻った」

 蓮の問いかけに、雷斗は口角をあげ答える。

「お前こそ、隠居したと思っていたが。トリフネに絆されたか? まあ、何でもいい。俺もトリフネに泣きつかれたから戻って来たんだ。生まれ故郷の危機だ、立ち向かわん訳にはいかないだろう。しかも、相手は憎き星神なんだからな」

 どうやら、敗北したというのは本当なのだろう。こんなに速く動けるのに、負けることがあるのか。蓮は華奢だが力は人一倍……どころではない、五十倍はあるだろう。それなのに負けるとは、僕が加勢したところで勝てるとは思えないのだが。

「お前が蓮のお気に入りか。話だけは聞いている、よろしく頼む」

 降ってくる隕石を砕きながら、雷斗は僕を見つめている。隕石を砕けるとは、さては雷斗の方も馬鹿力だな。蓮の相棒なのだから、それはそうなのかもしれないけど。

「こちらこそ、よろしくお願いします……」

「そんなことより、私たちも加勢しよう。今度こそミカホシに勝たなくては」

 そうだった。呑気に挨拶をしている場合ではない。敵は今、何をしているのだろうか。

「そうだな、天照大御神様がミカホシと対話しようとしてはいるのだが。あの方は争いを俺たちに押し付けてきたからな、上手くいくとは思えん。そこでだ、俺たちは奇襲を仕掛けようと思う。正々堂々戦うのも良いが、そもそも相手が卑怯だ。俺たちも柔軟に戦わなければならない」

 奇襲……蓮が嫌いそうな言葉だ。いつでも「逃げるな、堂々と戦え」と言っているのだから。そうも言っていられないのが現状ということなのか。

「私は、絶対に嫌だ」

 案の定、蓮が反対している。雷斗は、相棒だったのだからもっと蓮のことを理解しているのかと思ったが……。そうでもないのかな。

「そう言うのは簡単だが……お前が反対しようと俺はやる。悔しいが、やはり俺たちよりあいつの方が力では上だ。武神なのに情けないことこの上ない……。勝つしかない以上、手段は選べん。お前は協力してくれるのだろう? 人間」

 雷斗は再び僕を見据えた。僕も加勢するべきなのはわかる。わかるけど……二柱が、しかも武神が協力しても勝てなかった相手がそれで動じるのかと言われたら答えはノーだろう。

「僕には一成って名前があるんですけど……いいです、それは。僕は」

 雷斗には悪いけど、ここは断ろう。蓮を裏切ると後が怖いし。

「僕は……協力出来ません。やっぱり、卑怯なことをして勝てる相手だとは思えませんし」

「よく言った、流石私が育てただけのことはある。雷斗、失望したぞ。私たちは武神、奇襲のように卑怯なことをするのは許されない」

 蓮が便乗してきた。プライドが高い蓮は、絶対に堂々と戦うことを選ぶと思っている。

「……そうか、確かにお前はそういう奴だったな。俺はやる。止めるな、俺が直々にあいつを倒す」

 雷斗はそう言い残すと、去っていった。蓮は「大馬鹿が」と唇を噛んでいる。あの二柱の間に溝が出来る瞬間を見てしまったのは、何とも嫌な感じだ。仲直り出来ると良いのだが……難しいかな。

「トリフネ、あの大馬鹿を追う。私があの馬鹿を更生させてやる。全速力を出せ」

 言うなり、蓮は船に乗り込んだ。

「一成、貴様も乗れ。あの馬鹿を叩き直し、ミカホシを倒す」

 蓮が急かす。僕も行くのか……役に立つとは思えないけど。だが、行かない訳にもいかない。仕方ないので、船に乗り込む。


 僕には絶対に出せない速度で、船は動いた。景色が何も変わらないのが救いだ。目まぐるしく景色が変わっていたら、確実に酔っただろう。蓮は動じていないということは、以前にもトリフネをこういう風にこき使っていたのかもしれない。

「見えた、天照大御神様の宮殿だな。あの馬鹿は何処だ」

 船が急に降下し始めたので、吐き気を覚える。神にはもしかして、酔うという感覚がないのだろうか。蓮は平然としているから、そうなのかもしれない。

“着きました”

 蓮が降りたのに続く。和風で、壮大な宮殿から一人の女性が出てきた。彼女自身が光っていて、あたたかい。彼女の前に蓮が跪く。もしかして、彼女が天照大御神?

「馬鹿者、頭が高い。貴様も跪け」

 蓮が、半ば怒ったように命令してくる。確かに、彼女が天照大御神ならそうする方がいいか。跪こうとしたその時、「顔あげて」とおっとりした声が聞こえた。それでも蓮は顔を伏せている。長い睫毛が、普段よりも目立つ。

「もう、そんなかしこまることないやろ? うちらは平等に神なんやから。なぁ、そう思うやろ? 一成くん」

 ……何で僕の名前を知ってるんだ? あまりツッコまない方が良いのかな。

「ええと……あなたは?」

 とりあえず、答え合わせをしよう。話はそれからだ。

「うち? うちはなぁ、天照っていうんや~。本当はちゃんとおもてなしをしたかったんやけど、状況が状況やでなぁ。ごめんな~」

 僕の予想が合っていた。合ってたけど……嬉しくはないな、別に。天照が言う通り、状況が状況だし。

「天照大御神様、もてなしは不要です。それより、雷斗を見ていらっしゃいませんか」

「雷斗? ああ、タケミカヅチかぁ。見とらんなぁ」

 ちゃんと本名があるのか。蓮にもあるのだろうか……あるか。僕に明かしてくれたことはないけど。もしかして、信頼されていないのかな。

「そうですか……ところで、あの星神と話し合うそうですが」

「そうそう、そうなんよ。相手が来るかわからへんけどな。うちは何があっても構えておかなあかんから。それがうちの使命やもんで」

 どこまでも明るい口調で、彼女は語る。はるか昔から、日本を背負っているのだ。生きてきた時間の重みが違うのだろう。基本的に傲慢な蓮が、ここまで敬意を払う相手というのも珍しい。

「そうですね……私は雷斗を探しているのですが、何か手がかりはありませんか」

「あの子の手がかり? うーん、力になれんでごめんなぁ。うちにはわからんわ」

 露骨に落胆の表情を浮かべる蓮。それを隠そうともしないのは、いつものことなので放っておく。

「わかりました。私たちは雷斗を探しているので、これで失礼します」

「ん、またおいない。話し合っている時以外なら待ってるでな」

 手を振る天照に背を向け、僕らは宮殿を出た。



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