先ず眼につくのは、縦に長々と横たえられた、太い、曲がりくねった、大蛇のような棟木です。明るいといっても屋根裏のことで、そう遠くまでは見通しが利かないのと、それに、細長い建物ですから、実際長い棟木でもあったのですが、それが、向こうの方は霞んで見えるほど、遠く遠く連なっているように思われます。そして、その棟木と直角にこれは大蛇の肋骨に当たるたくさんの梁が、両側へ、屋根の傾斜に沿ってニョキニョキと突き出ています。それだけでもずいぶん雄大な景色ですが、その上、天井を支えるために、梁から無数の細い棒が下がっていて、それがまるで鍾乳洞の内部を見るような感じを起こさせます。
** 『屋根裏の散歩者』(江戸川乱歩)より
(1)
“その死体”は、ベッドに、ちょうど仰向けになっていた。
パジャマではなくて、Yシャツ姿にズボンという奇妙な寝間着すがたの“ガイシャ”。
ただ、奇妙な点は、“そこ”ではなかった。
遺体の、ちょうど口のあたりを中心として、まるでザクロがはじけたように”爆発”していたのだ。
血肉や骨、歯の残がいでぐちゃぐちゃになり、原形をとどめていない。
まさに、グロテスクというシロモノ。
とうてい、常人なら直視できるものではない。
事件が起きたのは、都内の、デザイナーズマンションの一室。
スタイリッシュなモルタル壁に、抽象画のように散りばめられて埋まる、ヒビ割れた黄色の破片――
手前には、濃いオリーブグリーンのワイングラスと、ドライフラワーのようになった葡萄と活け花作品が、まるで床の間のように飾られていた。
そんな、シャレた部屋のベッドにて、ガイシャの30代の男は爆殺されたのだ。
いっしょに寝ていた恋人の女が目を覚ましたところ、発見し、警察を呼んで今にいたる。
「ふーん、やっぱ、天井に穴が開いてるねー」
「天井に、穴だってー?」
「確し、かに」
「まったく、また、本当に何なんだ? この穴は?」
「ふぅむ、やはり……、ちょうど、ガイシャの口の位置だな」
などと、刑事たち警察の面々は、天井にあった奇妙な“穴“に気がつく。
なお、メンツの中には、某パンチ一発でどんな敵もKOするスキンヘッド男に似ている群麻(ぐんま)と、金髪ゆるふわパーマ女子の無二屋(むにや)といった、新米刑事たち二人の姿がある。
「やはり」と話すことから、今回が最初ではなかった。
これで数件ほど、同じような事件が続いていた。
「――で? 何だ? ここから爆弾でも落として、ガイシャを爆殺したと?」
「いや、そのまま殺せばよくないっすか? わざわざ、屋根裏から殺す必要、なくないっすか?」
「いや、屋根裏じゃなくて、むしろ天井裏な」
「しかし、もし侵入したとしても、どうやってそんな狭いところを、闊歩するのか?」
などと、疑問を感じていると、
「これは、ひょっとして……? シン、屋根裏の散歩者――か?
と、ふと誰かが、そのようなことを言った。
「屋根裏の、散歩者?」
「ああ、アレですよ、江戸川乱歩の作品の。……たしか、アパートで、隣の住人にムカついた男が、夜、押し入れから屋根裏に侵入して、天井板にあった穴から毒の入った液体を口にホールインワンして、相手を毒殺する――、って話ですよ」
「はぁ、」
「――で? 何すか? その、『シン』って?」
「その、アレだよ、アレ……、ゴジラ的な、アレ」
そう続く会話に、
「ああ、『御ジラ』っすか」
「それ、漢字違う。――てか、漢字じゃないし」
と、ある二人組が、混じってきた。
寝癖まじりの天然パーマに、タバコを咥えた、そこそこ顔のいい中年男の、碇賀元(いかりが・はじめ)。
その相方は、ワインレッド色のミドルヘアの女の、
ふたりは、特別調査課という部署に所属する。
そこへ、刑事のひとりが、
「しかし、現場には、隣で寝てた“ガイシャ”の恋人以外に、何者かが侵入した形跡もないし……」
と、考えるように言い、
「それに、こんな屋根裏、天井裏っすか? こんなとこから、どうやったんすかねい?」
と、碇賀元が答えたところへ、
「ごめん、現場で煙草、やめて。てか、報知器なるだろが」
と、注意が入った。
「おっほ……、しぃまぇん。『愛・擦(あい・こす)』なら、よいでござるか?」
「だめで、ござる」
平謝りしながら聞く碇賀元に、隣の賽賀忍が答える。
「――てか、『愛・擦』って、……何? その? 愛撫的なノリ?」
「愛を以ってして、擦る――! シュ! シュ! シュ! シュババッ!」
碇賀元が、手裏剣のように手を擦る。
「ああ、垢すりみたいな感じね……。とりあえず、アナタには愛撫されたくないから。その、某マンガの、チェーンソーが頭に生えた男の、次くらいに――」
「しょんなぁ~……。てか? 何で、頭からチェーンソー生えてたらダメなんだろねい?」
「単純に、痛いんじゃない?」
「まあ、」
「そういえばさ? チェーンソーを武器にするってのは、まあ、発想として分かるけどさ? 草刈り機とか、武器にするキャラクターとかっての、この世に、出てこないのかな? あれ、わりと殺傷力あるし」
「草」
「いや、そっちで草出さなくていいし」
「草刈、〇代」
「もう、いいって、
そのように、碇賀元と賽賀忍のふたりが話していると、
「やれやれ、仲良くいちゃついてんじゃねぇぞ、お二人さん」
「――で? アンタたちの見解は? 何か、あんの? せっかく、“特調”から来てんだから」
と、オッサン刑事たちが、不機嫌そうな顔をあらわにしてつっこんできた。
ちなみに、内閣調査室の内調のようなノリなのか、“特調”で特別調査課の略だが。
「ああ、そっすねぇ……」
碇賀が、煙草を吸いたそうな仕草で、
「その、やっぱ、“屋根裏の散歩者的なヤツ”――に、なるんじゃないですかねい?」
「いや、屋根裏の散歩者いうても、天井裏とか、どうやってそんな狭いところに……? ハクビシンとか、ネズミくらいしか入れねぇだろ?」
と、刑事が、「何言ってんだ、てめえら?」と言わんばかりの顔で言う。
とはいえ、確かに、ひと昔前にホテルの天井裏に人が隠れていたなどという事件があった。
また、隣人の女子学生の部屋を覗くという、リアル屋根裏の散歩者みたいな事件も、あったらしい。
ただ、それらのケースを考えても、今回の件をふくめて、どの屋根裏・天井裏も人が忍びこんで何かをするには少々狭いものだった。
「じゃあ? 怪人ヤモリ男とか、提案しましょうか?」
とは、賽賀忍。
「そんな、ショッカーの怪人じゃねぇんだぞ」
「いや、そうなんすけど、結構“いる”んすよ。ウチらの扱う案件には」
つっこむ刑事に、碇賀元が答える。
実際、特別調査課というように、扱う内容は奇妙な事件を多くあつかう。
その中には、陰謀論系あり、異能力者あり、たまに邪神が出てきたりもする。
ゆえに、怪人や怪物くらい出てきても、そんなに珍しくもなかった。
また話は変わって、群麻が、
「――ちなみに、碇賀さん、いま注目しているのは、ここ数件のガイシャたちなんですが……、皆、共通点があるんですよ」
と、まず話を切り出し、
「なんか、ある歯医者で、治療を受けてたみたいなんですよー」
と、相方の
「はぁ、」
締まりのない相槌をする碇賀に、群麻が、
「これは、我々の仮説なんですが……、ガイシャたちの銀歯や“詰めもの”、あるいはインプラントに、爆薬というか、精密小型爆弾が
「え? それが、アンタたちの仮説?」
「はい、」
と、ポカンとする碇賀に、無二屋が答える。
「あー……、それって、貴方の想像ですよね? ――って言われそ」
賽賀が、つっこみどころ満載の仮説に、