光の門をくぐった七人は、これまでとは全く異なる空間に足を踏み入れていた。天井は見えないほど高く、床は星空を湛えた鏡のように輝いている。そして何よりも驚くべきことに、部屋の中央には磐梯山の完全な立体模型が浮かんでいたのだ。
「これは...」村瀬が息を呑み、声をひそめた。
「磐梯山そのものじゃないか」加納が眉をひそめ、周囲を警戒しながら言った。
青山は二つの鍵を握りしめたまま、ゆっくりと模型に近づいた。模型は単なる山の形をしているだけではなく、微細な地形の起伏まで再現されていた。さらに不思議なことに、山の表面が透けて見え、内部の構造や洞窟、そして——現在彼らがいるダンジョンの全貌までもが見えるのだ。
「どうなってるんだ?」中村が首を傾げて言った。「まるで山のレントゲン写真みたいだぜ」
「そうではない」佐久間が静かに言った。「これは単なる模型ではなく、『場の投影』だ。現実の磐梯山とリンクしている」
「場の投影...?」橘が不思議そうに尋ねた。「それってどういう...」
その時、模型から青白い光が放たれ、七人の周りに巨大な立体地図が展開された。磐梯山を中心に、会津若松市、猪苗代湖、そして周辺の町々まで、全てが微細な映像として浮かび上がった。
「まるで神様の視点だね」白石が驚きのあまり口元を手で覆った。
模型の山の中心部が赤く明滅し始め、そこから五つの線が放射状に伸びていった。線の先端には、町の五つの場所が明るく照らし出されている。
「あれは...」村瀬が目を細めた。「先日の火災現場じゃないか」
「そう」青山は頷いた。「火の封印の印を形作る五つの場所...」
彼が言葉を終えるや否や、立体地図の上には新たな光の筋が現れた。それは磐梯山から猪苗代湖、そして町の各所へと複雑な網目を形成し、ついには全体が一つの巨大な魔法陣のような形を描き出した。
「なんてこった...」中村が口を開けたまま見上げた。「町全体が巨大な封印だったってわけか?」
「いや、違う」青山は「火の鍵」と「氷の鍵」を前に掲げた。「これは単なる封印ではない。エネルギーの循環システムだ」
青山の言葉に全員が彼を見つめた。
「何だって?」加納が鋭く尋ねた。
「蒼から聞いた」青山は真剣な表情で答えた。「この地図が示しているのは、かつて
「つまり、火山の暴走を防ぐための...」村瀬が言葉を探した。
「安全弁のようなものだ」佐久間が静かに言葉を継いだ。「火の巫女は単に力を持っていただけではなく、この地域の自然のバランスを保つ役割を担っていたということか」
その時、模型の山頂が明るく輝き、そこから一筋の光が立ち上がった。そして、その光の中から人影が現れた。それは赤い着物を着た女性——
『選ばれし者たちよ』
「
『そう、これが私の本来の姿』
「あなたの役割とは」村瀬が尋ねた。「この地域の自然のバランスを保つことですか?」
『その通り』
「だが、なぜ封印されたのですか?」白石が思い切って質問した。
『恐怖と誤解が、真実を覆い隠したのです』彼女は静かに答えた。『私の力を恐れた村の長老たちは、私を災いをもたらす存在と決めつけた。愛する蒼でさえ、その時は...』
「蒼は苦しい選択をしたんですね」青山は共感するように言った。
『ええ』
「そして千年の時を経て、その時が来た」佐久間が静かに言った。
『見てください』
「大噴火が起きる」加納が冷静に言い切った。「予測される被害は?」
答えるように、地図上に赤い領域が広がった。会津若松市の大部分、猪苗代湖周辺、そして周囲の町村まで、広範囲に及ぶ被害予測図だ。
「これほどの...」橘が震える声で言った。「多くの人々が...」
「どうすれば防げるんですか?」青山が
『二つの道があります』彼女は両手を広げた。『一つは、私を完全に解放し、元の力を取り戻させること。そうすれば、エネルギーの経路を再構築し、少しずつ安全に放出することができる』
模型の上に、エネルギーが均等に地域全体に流れていく様子が映し出された。
『もう一つは、より強力な封印を施し、火山のエネルギーそのものを抑え込むこと。それには大きな犠牲が必要ですが、一時的にリスクを回避できるでしょう』
今度は別の映像が現れた。より強力な封印が山全体を覆い、エネルギーを完全に閉じ込める様子。だが、その封印を維持するためには、絶え間ない儀式と、大量の人々の祈りが必要なことも示されていた。
「どちらも簡単な選択ではないな」村瀬が重々しく言った。
「でも、決めなきゃいけない」中村は珍しく真剣な表情で言った。「地域の未来がかかってる」
七人は沈黙し、互いの顔を見合わせた。すでに心の試練を通して、それぞれが自分の迷いと向き合い、乗り越えたはずだった。だが、最終的な決断の重圧は想像以上だった。
『時間がありません』
「今夜?」橘が驚いた。「もうそんなに...」
「そうか、ダンジョン内では時間の流れが違っていたのか」加納が納得したように言った。
その時、立体地図の上に大きな波紋が広がった。続いて、磐梯山の表面に亀裂が走る映像が現れた。
「これは...」村瀬が声を上げた。「今現実で起きていることか?」
『ええ』
「大変だ!」中村が叫んだ。「早く決断して、外に出ないと!」
青山は二つの鍵を見つめ、深く考え込んだ。そして、ゆっくりと顔を上げた。
「みんな」彼の声は静かだったが、力強かった。「僕には考えがある。だけど、これは僕一人の決断ではない。七人全員の意思で決めるべきだと思う」
「言ってみろ」村瀬が促した。
青山は深呼吸して、自分の考えを話し始めた。単純な「解放か封印か」ではなく、彼が蒼から学んだことと、七人の試練から得た智恵を統合した第三の道だった。
彼の説明が終わると、全員が驚きと感嘆の表情を浮かべていた。
「それは...可能なのか?」加納が疑問を呈した。
『難しい道です』
「素晴らしいわ」白石が青山を見つめた。「これこそ、私たちがここにいる理由なのかもしれない」
「『選ばれし者』たちとして」橘も希望に満ちた表情で言った。「過去と現在を繋ぐ新たな道を築くために」
村瀬は全員の顔を見回した。「意見を聞こう。青山の提案にどう思う?賛成か反対か、一人ずつ言ってくれ」
「賛成」白石が即座に答えた。「命を守る医療者として、最も犠牲の少ない方法を支持します」
「賛成」橘も力強く言った。「真実を伝える者として、過去の誤りを繰り返さない道を選びたい」
「賛成だ」加納はしばらく考えてから答えた。「理論的にも実行可能性があると判断する」
「当然、賛成さ!」中村は明るく言った。「青山とここまで来て、今更反対するわけないだろ!」
「...賛成」佐久間はいつもの無口さで答えたが、その目は強い決意を宿していた。
村瀬は最後に頷いた。「私も賛成だ。『地域の守護者』として、これが最善の道だと信じる」
七人の意思が固まった瞬間、部屋全体が強い光に包まれた。青山の手にある二つの鍵が浮かび上がり、互いに近づき始めた。
『選択は為された』
「火の鍵」と「氷の鍵」が触れ合うと、まばゆい光が放たれ、二つの鍵が融合し始めた。赤と青の光が渦を巻き、やがて新たな色——紫の光を放つ結晶へと変わっていった。
「これが...新たな鍵?」青山は浮かび上がった結晶を見つめた。
『「調和の鍵」』
「調和の鍵...」青山はゆっくりと手を伸ばし、紫の結晶を受け取った。
その瞬間、立体地図に新たな光の網目が広がった。それはかつてのエネルギー経路とは異なる、より複雑で洗練されたパターンだった。
『これが新たな経路』
「青山の案通りだな」村瀬は感心したように言った。
「これを実現するには?」加納が実務的な質問をした。
『まず、私が部分的に解放される必要があります。それには「調和の鍵」と、満月の力、そして七人の守護者たちの協力が必要です』
「具体的に何をすればいいの?」橘が尋ねた。
『まず、ダンジョンの最深部——封印の間にたどり着かねばなりません。そこで儀式を行い、新たな経路を確立するのです』
「そこまでの道は?」村瀬が尋ねた。
答えるように、立体地図上にルートが浮かび上がった。彼らがいる場所から、さらに奥へと続く通路だ。しかし、道中には七つの門があり、それぞれが試練を示唆していた。
『これが「七門の道」』
「また試練か」中村が笑いながら言った。「もう慣れたもんだぜ」
「でも今度は違う」白石が優しく言った。「私たちはもう心の迷いを乗り越えたわ。一人ではない」
「その通り」村瀬が力強く全員の肩を見回した。「私たちは「地域の守護者」だ。どんな試練も七人で乗り越える」
七人の間に強い絆と決意が満ちていた。ここまでの道のりで得た成長と信頼は、これからの試練に立ち向かう力となるはずだった。
『満月の光が最も強くなるのは、午前零時です』
「あと三時間か」加納が冷静に計算した。「タイトなスケジュールだな」
「でも、できる」青山は「調和の鍵」を握りしめた。「みんなと一緒なら」
『最後の警告を』
「どういう意味ですか?」橘が不安そうに尋ねた。
『それは...体験してみなければ分からないでしょう』
七人は互いの顔を見合わせ、固く頷いた。
『それでは』
彼女の指示に従い、青山は「調和の鍵」を前に掲げた。結晶が強く輝き、部屋の奥に大きな門が浮かび上がる。それは前に見た通路とは明らかに異なり、より荘厳で、古代の神殿の入口のようだった。
「行くぞ、みんな」村瀬が全員を先導するように声をかけた。「最後の旅の始まりだ」
七人は肩を並べ、新たな門へと向かって歩き出した。青山の手にある「調和の鍵」が、彼らの行く手を照らしている。
『千年の時を超えた選択...そして新たな時代の幕開け。あなたたちの勇気に、私は希望を託します...』
門の前に立った七人の「守護者」たち。彼らの表情には迷いはなく、ただ強い決意と覚悟があった。青山が「調和の鍵」を門に向けると、門はゆっくりと開き始めた。
「さあ、行こう」青山は静かに言った。「私たちの最後の使命へ」
七人は堂々と門をくぐり、「七門の道」へと足を踏み入れた。彼らを待つのは、かつてない試練と、未来を左右する決断。そして、千年の歴史に終止符を打つ、大いなる対決だった。
扉が彼らの後ろでゆっくりと閉じる音が、新たな戦いの始まりを告げていた。