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第26話

七人の守護者たちは、青白い炎が照らす広間から出て、ダンジョンの中央区画へと戻ってきた。それぞれの体からはまだ微かに色とりどりの光が漏れ出ており、暗い通路を進む彼らの姿は、まるで七色の虹が歩いているかのように美しかった。


「ねえみんな、お腹空いてない?」中村が突然、実に俗世間的な質問を投げかけた。「俺、守護者になったとたん、獣のようにお腹が減ってきたんだけど」


加納がぶすっとした表情で舌打ちした。「まったく、お前のその能天気さは、守護者になっても変わらんのだな」


「それがいいのよ」白石が和やかな笑顔で言った。「私たちが私たちであることを忘れないためにも」


壮大な使命を背負ったとはいえ、彼らはやはり人間である。そんな当たり前の事実を思い出させてくれる中村の言葉に、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。


村瀬が大きく溜め息をつき、肩の力を抜いた。「そうだな。まずは休息と食事だ。明日の満月に向けて、体力を回復させよう」


彼らが一時的な休息所として使っていた広間に入ると、青山が不意に立ち止まった。彼の両手にある「火の鍵」と「氷の鍵」が強く脈打ち、まるで何かを告げようとしているかのようだった。


「どうした、青山?」村瀬が心配そうに尋ねた。


「この二つの鍵…」青山は困惑した表情で二つの結晶を見つめた。「何かを伝えようとしています。まるで…融合したがっているような」


七人はその言葉に息を呑み、青山の手元に視線を集中させた。彼の手の中で、赤い「火の鍵」と青い「氷の鍵」がさらに強く輝き、互いに引き寄せられるように近づいていく。


「止めるべきかな?」青山が不安げに周囲を見回した。


佐久間が静かに首を横に振った。「自然に任せるんだ。これも運命の流れだ」


青山が恐る恐る二つの鍵を近づけると、驚くべきことが起きた。二つの結晶が接触した瞬間、まばゆい光が放たれ、鍵は一つに融合し始めたのだ。赤と青の光が渦を巻き、やがて紫色の新たな結晶が青山の手の中に現れた。


「これは…『調和の鍵』?」


橘が目を見開いて声をあげた。「信じられない…二つの相反する力が一つになるなんて!」


融合が完了すると、新たな紫色の結晶が七色の光を放った。それは部屋全体を優しく照らし、七人の体から出ていた光と共鳴するように波打っていた。


「この光…」村瀬が静かに言った。「私たちの心を映し出しているようだ」


加納が珍しく感心したような表情で言った。「物理法則を超えた現象だが…なぜか筋が通っている気がする」


「うん、不思議と自然に感じるよね」中村が頷いた。「まるで、これが本来あるべき姿だったかのように」


「調和の鍵…」青山はその名にふさわしい美しい結晶を見つめた。「これで何ができるんだろう?」


その問いかけに答えるかのように、結晶から一条の光が放たれ、部屋の中央に巨大な地図を投影した。それは磐梯山とその周辺地域の詳細な地図で、山から放射状に五本の光の筋が伸びていた。


「これは…」村瀬が驚いて前に出た。「『五つの火』の位置だ!」


「伝承に伝わる『五つの火』の祭壇の場所ですね」橘が食い入るように地図を見つめた。「封印の儀式で使われていたポイント」


光の筋はやがて変化し、より複雑なパターンを形成し始めた。単純な放射状ではなく、網目状に地域全体を覆うような、より有機的な形だ。


「これは…新しいエネルギーの経路?」青山が気づいたように言った。


光の地図に触れようとした瞬間、彼の意識は急速に別の場所へと引き込まれた。目の前に広がるのはかがりの姿。彼女は優しく微笑んでいた。


『これが私の本来の役割だった』かがりの声が直接青山の心に響く。『磐梯山のエネルギーを制御し、大地に均等に流すこと。封印されてしまったため、その流れが断たれていたのです』


青山は理解し始めていた。「だから火山のエネルギーが蓄積され、いつか大きな噴火を引き起こす危険性があったんですね」


『そうです』かがりは頷いた。『完全な封印も、完全な解放も、正解ではありません。必要なのは調和。そして、それこそがあなたたちが持つ力なのです』


「じゃあ、その調和を実現するために、私たちは…」


『明日の満月に、新たな道を開くのです』かがりの姿が徐々に薄れていく。『七人の守護者の力と、調和の鍵があれば可能です』


青山の意識が現実に戻ると、仲間たちが心配そうに彼を見つめていた。


「大丈夫か?」村瀬が彼の肩に手を置いた。「突然、ぼうっとしてしまったが」


青山はかがりとの対話で得た情報を全て仲間たちに伝えた。彼の言葉に、全員が真剣な表情で耳を傾けていた。


「つまり…」白石が静かに言った。「私たちはかがりさんを完全に解放するわけでも、封印を強化するわけでもない。新たな調和の道を作るということね」


「これだよ!」中村が急に立ち上がった。「俺が風の祭壇で見た未来はこれだったんだ! 村と巫女が共存している風景…どっちかを犠牲にするんじゃなくて、みんなが幸せになる道だったんだ!」


「私も」橘が興奮した様子で言った。「光の祭壇で見たビジョンは、真実が明かされて、人々が安心して暮らす未来だった。これなら実現できる!」


周囲を見回すと、全員が同じように頷いていた。それぞれが祭壇で見た未来のビジョンが、一つの形へと収束していく感覚。


「しかし」加納が現実的な懸念を口にした。「具体的にどうやって実現するんだ? その『調和の道』というのは」


「そうだな」村瀬も腕を組んで考え込んだ。「詳細を詰める必要がある」


七人は円になって座り、それぞれの考えを出し合い始めた。青山が「調和の鍵」を中央に置き、それが投影する地図を参考にしながら、計画を練っていく。


「まず、『五つの火』の場所に新たな祭壇を設置する必要があります」青山が説明した。「そこから新しいエネルギーの経路を作り出すんです」


「でも、そんな大がかりなことを一晩でできるのか?」加納が疑問を呈した。


「できるさ」佐久間が珍しく自信ありげに言った。「私たちは守護者だ。それに…」


彼は懐から古ぼけた紙を取り出した。祖父の日記だ。


「ここに書かれている通り、『七つの魂が一つになれば、奇跡は起こせる』」


「それに」白石が柔らかい声で付け加えた。「私たちだけじゃないわ。消防団の仲間たちも、協力してくれるはず」


「そうだな」村瀬が力強く頷いた。「外部と連絡を取り、準備を始めよう」


彼らは夜遅くまで計画を練り続けた。「調和の鍵」が示す新たなエネルギーの経路を細かく分析し、それを現実にする方法を考案していく。加納の技術的知識、橘の伝承の知識、中村の柔軟な発想…それぞれの強みが一つに融合していった。


***


夜が更けると、七人はダンジョンの入口近くで休息を取ることにした。明日の大任に備えて体力を回復させるためだ。だが、心の高揚感からか、誰も簡単には眠りにつけないようだった。


青山は少し離れた場所で、「調和の鍵」を手に瞑想していた。これまでの旅路で体験したすべてのこと、蒼の記憶、かがりとの対話…全てが彼の中で新たな形を成そうとしていた。


「眠れないのか?」


突然背後から声がして、青山は驚いて振り返った。そこには村瀬が立っていた。


「村瀬さん…」青山は小さく笑った。「はい、少し考え事をしていました」


村瀬は彼の隣に腰を下ろした。「重い責任を背負わせてしまったな」


「いえ」青山は首を横に振った。「これは僕自身の使命です。蒼の血を引くものとして」


二人は静かに磐梯山の方向を見つめた。ダンジョンの中からでも、なぜか山の存在を感じることができた。


「怖くないのか?」村瀬が静かに尋ねた。「失敗したら…」


「怖いです」青山は正直に答えた。「でも、一人じゃないので」


村瀬は満足げに頷き、青山の肩をぽんと叩いた。それ以上の言葉は必要なかった。


その頃、他のメンバーたちもそれぞれの思いと向き合っていた。


白石は小さなメモ帳に何かを書き綴っていた。明日の行動計画と、もしもの時の医療対応の備忘録。彼は看護師としてのプロフェッショナリズムを、新たな使命に活かそうとしていた。


「何を書いてるの?」橘が彼に近づいた。


「明日のための準備よ」白石は優しく微笑んだ。「できる限りのことをしておきたくて」


「私も手伝えることがあったら言ってね」橘は彼の隣に座った。「それにしても、信じられないよね。私たちが千年の歴史を変えようとしているなんて」


「でも、不思議と怖くないの」白石は静かに言った。「みんなと一緒だから」


二人は黙ってお互いの手を握り合った。言葉以上に、その温もりが互いを勇気づけた。


一方、加納は一人で小型の装置を組み立てていた。彼なりの準備だ。


「おっ、また何か作ってるのか?」中村が好奇心いっぱいの表情で近づいてきた。


「ああ」加納はいつもの不機嫌そうな表情だが、声のトーンは少し柔らかかった。「エネルギーの流れを可視化する装置だ。明日の作業の助けになるはずだ」


「さすが加納さん!」中村は素直に感心した。「いつでも実用的だな」


「当たり前だ」加納はぶっきらぼうに言ったが、どこか照れくさそうだった。「…お前も、明日はしっかりやれよ」


「任せとけって」中村は胸を張った。「俺、『風の守護者』だからな!」


そんな彼らの様子を、少し離れた場所から佐久間が静かに見守っていた。彼は祖父の日記を広げ、何度も同じページを読み返していた。


「何を読んでいる?」


いつの間にか村瀬が戻ってきて、彼の隣に立っていた。


「明日の儀式についての記述だ」佐久間は静かに答えた。「祖父も同じような選択に直面したことがあるらしい」


「そうか」村瀬は意外そうな表情を浮かべた。「結果は?」


「彼は…正しい道を選べなかった」佐久間は珍しく感情をあらわにした。「だからこそ、私たちは失敗できない」


村瀬は黙って頷いた。佐久間の心に秘められた重圧を、彼は理解していた。


「みんな、こっちに来てくれ!」


突然、青山の呼びかけが響いた。全員が彼の元に集まると、そこには「調和の鍵」から放たれた美しい光景が広がっていた。磐梯山の立体映像と、そこから広がる七色の光の網目。未来の姿だ。


「これが…私たちが作り出す世界」青山は静かに言った。


七人は言葉なく、その美しい光景を見つめた。それぞれの心に痛みや葛藤があった。過去の失敗、挫折、後悔…。だが今、その全てが一つの力へと変わろうとしていた。


「私は誓います」青山が突然、強い意志を込めて声を上げた。「蒼の血を引く者として、新たな道を切り開くことを」


「私も誓おう」村瀬が一歩前に出た。「炎の守護者として、人々を守ることを」


「私も」白石が柔らかく、しかし力強く言った。「水の守護者として、傷ついた魂を癒すことを」


「光の守護者として」橘が決意を込めて言った。「真実を照らし続けることを誓います」


「土の守護者として」加納も珍しく感情を込めて言った。「安定と創造の力を捧げることを誓う」


「風の守護者として」中村が真剣な表情で言った。「自由と結束の力で、みんなを支えることを誓うよ」


最後に佐久間が静かに、しかし確固とした声で言った。「闇の守護者として、知恵と静寂の力を持って、皆を守ることを誓う」


七つの誓いが、「調和の鍵」に呼応するように、結晶はより一層強く輝いた。七色の光が彼らを包み込み、まるで一つの存在になったかのような一体感を感じる。


「みんな…ありがとう」青山の目に涙が浮かんだ。「一人では絶対にできなかった」


「当然だろう」加納が腕を組んだ。「チームワークの基本だ」


「そうね」白石が優しく微笑んだ。「私たちの力は、一人一人では小さくても、集まれば何でもできる」


「俺たちは最強のチームだよな!」中村が興奮した様子で言った。「『磐梯山守護者ズ』って名乗ろうぜ!」


「却下」佐久間が一言で切り捨てた。


全員が笑い、緊張が一気に解けた。明日の大役を前に、不安がないわけではない。だが、互いを信じ、過去の痛みを力に変えた今、彼らは何物にも負けない結束力を手に入れていた。


「さあ、少し眠ろう」村瀬が優しく言った。「明日は長い一日になる」


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