ふと零れた吐息が微かな白みを帯び、空気の冷たさを実感していく。
街行く人々も衣服を重ね、皆それぞれの寒さ対策をしている。
(もう、そんな季節か……。時間が経つのは早いな。)
僕は、君と、理由を、存在を、居場所を。あの日からずっと探している。
…………一年前、妹が消えた。
もともと病弱なため四六時中家にいて、学校はおろか、ろくに外にも出ていなかった妹、『
紺は、僕が学校から帰るといつもリビングで
「おかえりぃーお兄ちゃん」
と、ふにゃっとほぐした笑顔で帰宅を待ち、喜んでくれた。
その日は、たまたま所属している委員会の会議がくだらない理論の応酬で長引き、家に帰るのが遅くなってしまった。夜9時近くには、なっていただろう。
本当は、もっと早くに帰りたかった。理由は、紺の誕生日だったから。15歳の誕生日。もちろんプレゼントも用意している。
毎年お祝いをしているが、年頃の女の子がほしい物なんて、到底僕にはわからなかった。
だからクラスメイトの女子に聞いて回り、いくつか候補を出し、その中で紺が好みそうな物を選ぶ。
馴れない買い物をするのも、実は楽しかったりもした。
12月25日、世間はクリスマスの象徴とされる赤と緑で彩られ、枯れ木は可哀想なほど、煌びやかに装飾されている。〈彼ら〉も浮かれ気分のようだった。
そんなことは横目に、家へ走りぎみで帰る僕。誰よりも一番浮かれていたのだろう。
頭の中は、帰って紺にプレゼントを渡し、それを受け取った妹の、とても嬉しそうで可愛らしい笑顔という、代わりのプレゼントを頂く。という妄想で満たされていた。
「はぁ、はぁ、ただいまー!」
息を少し切らし、家中に響く大声で、自身の帰宅を知らせる。
僕は玄関で靴を脱ぎながら、なにか、疑問に思ってふと手を止めた。
(声が、響く?)
それには、とても違和感があった。
いつものこの日なら、数人の足音や、食事の準備やらで、どたばたと忙しない音がしていたはず。
たとえ僕が少し遅く帰っても、待っていてくれるものだと思っていたが……。
「みんな、寝た、のか?」
冷えきった廊下に足を進め、自分の違和感を恐る恐る声に出し、尋ねてみた。が返事はない。
(みんな、寝た? そんなはずもない。だってまだ夜9時過ぎ……)
僕はハッとした。紺に、何かあったのではないかと。病弱で、外にもろくに出ていなかったのだから、いつ何があってもおかしくはないと普段から思っていたが……。
そう僕は思い立つと、慌ててバタバタバタと音を立て走り、リビングとされる広間の前までたどり着いた。
振り返れば廊下も、そこも、真っ暗で、どこの部屋も電気がついていなかった。
電気のスイッチは広間の入口付近にある。暗くて視界が悪いため、僕は壁に手をつき、スイッチを探るように辺りを撫でる。
手の先に壁とは触感の違う物を見つけ、それを押した。カチッと音がすると共に、パッと目の前が明るくなった。
いきなりの眩しさに目を細めながら、
「紺!!」
と、大声で呼び、いつも姿が見える付近をみた。
やはり、いつもの「おかえりぃー」はない。
代わりにいたのは、母さんと父さんだった。
二人とも、なんとも言えないという顔をしていたのを、僕ははっきり覚えている。
「あれ、紺は……?」
てっきり紺が倒れたのだとばかり思っていたから、少しだけホッとした。けれど、
「……疲れて、先に寝てる感じ?」
「………………」
何を聞いても二人はだんまりだった。僕にかける言葉を、探しているような感じもしたが……。
そんな二人の様子に煮え切らない僕は、急かすようにして声をかける。
「ちょっと、」
「行方……、不明……なんだ」
僕が催促をしたのと同時ぐらいに、重たく閉ざしていた口から出た言葉は、想像すらしてなかった。
「え?」
(紺が……? 行方不明……? 家から出ていなかったのに……? なんで……? もしかして誘拐……? なぜ……?)
僕は混乱し、疑問がいくつも浮かびすぎていて、どれも言葉にできなかった。
先に口を開いたのは父さんだった。
「誘拐、ではない。私たちも家にいたし、第一、この家に入られたらすぐわかる。」
「じゃあなんで!!」
僕は自分でも驚くほどの大声を出していた。
「わ、わからないわ! ただ、今は紺を信じて……」
強く出た僕の言葉に押されるように、母が促したが納得がいかない。
「いや、いや……警察に届け出ようよ! 紺は、外に出歩きなれていないんだし、すぐみつか……」
「警察はダメだ!」
父さんが遮る。
「なんでだよ!」
僕は憤る。
「忘れたのか、私たちは由緒ある【神代】の身だ。警察など、頼りにもならん。」
「ッ……また、神代かよ!」
息を飲んだがつかの間、焦る僕は大声で続ける。
「紺は! 紺はどうするんだよ! きっと、今ごろどこかで迷ってて、寒い中で泣いてるに決まってる!」
部屋中に響き渡る声。はぁ、と出し慣れていない大声に息をつく。声の反響で一瞬、空気に間が空いた。
「……私たちで探すから、お前は部屋に行き、頭を冷やしなさい。わかったな。」
「………………」
自分で、頭に血が上ってるのはわかっていたし、父さんに言われると、なにもできないのが僕だった。
仕方なく荷物を持ち、重い足取りでズルズルと自分の部屋に帰った。
僕は次の日、学校を休み、必死になって街中を走り回り、紺の行方を探した。
心当たりなんて、もとから外に出なかったからあるはずもなく、当てもないまま、ひたすらに。近くの街をくまなく…….。
その次の日も休んで探そうとしたが、父さんがそれを許さなかったため、学校帰りに夜中近くなるまで探した。
父さんも母さんも、それに神代に遣える人達も総出で探していたようだったが、それでも紺はみつからなかった。
時は日に日に早さを増すように流れていった。
僕は、付属の大学へそのまま進学し、その一年目もすでに残りは少ない。
紺が消えた12月になってしまっていた。