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1-8 オクタゴン

「おっと……悪いな、天音。家まで案内してくれるか」


「……はい、せつくん。もちろんです。こちらですよ」


 ――一度自死を選んだハズの俺がまた天音と同棲することになるとは……。とは言え、それはつまり、この街――〈真宿しんじゅくエリア〉が今後の拠点となる、ということだ。街並みが大きく変わったわけではなさそうだから問題はないが、地理は改めてしっかり把握しておくべきだ。


 天音に導かれるように、右手――東側を歩くこと数分。商業区を抜けると、閑静かんせいな居住区――住宅街が広がっていた。その中心地には、一際目立つ三階建ての、正八角柱の白い建物がある。かなりの広さのある庭――その敷地の中央に、その建物は建っていた。


「お待たせしました、せつくん。ここ――〈オクタゴン〉が今日からせつくんのお家ですよ」


「立派な建物だな……」


 敷地の周囲は道路で囲まれ、この〈オクタゴン〉だけが良い意味で浮いていた。敷地の入口の洒落しゃれた門から、その建物――〈オクタゴン〉の玄関の扉までの庭には、その道のりを示すように石のタイルが敷かれている。


「せつくんが気に入ってくれると嬉しいんですけど……」


「新居ってアガるんだよな……っしゃ天音、早速入ろうぜ」


「はい!せつくん」


 天音は小さな黒いハンドバッグから取り出した鍵を、縦格子たてごうしの黒い門、その鍵穴に差し込んで門を開く。少し嬉しそうな様子の天音の後を追って、その敷地へと足を踏み入れた。


 煉瓦れんがへいで囲まれたその敷地の周囲の花壇には、冬であるにも関わらず、色とりどりの花が咲き誇っている。庭の所々ところどころには少量の雪が積もっている。石のタイルの道の両脇には噴水が設置されており、優雅に水をき上げていた。


 白い正八角柱の建物――〈オクタゴン〉の玄関ドアの鍵穴に鍵を差し込み、天音が扉を開ける。するとまず、高級感のある、広々とした玄関が俺たちを出迎えた。そしてその奥には家具家電が揃い、綺麗に整理整頓されたリビングが広がっている。


「おお……!天音……良い物件買ったな」


「ふふ、せつくんが喜んでくれて嬉しいです」


 スニーカーを脱いでリビングへと足を一歩踏み入れる。フローリングが敷かれた正八角形のリビング、その中央に置かれたまるく大きなテーブルといくつかの木の椅子。隅には目測百インチもの大きな壁掛けの液晶テレビ、その下には小さなガラス製のローテーブル。そしてそれを囲うように配置されたL字型のソファ。


 それらに使用感はほとんどなく、天音が俺が目を覚ますのを信じて準備し、整頓してくれていたのが容易に読み取れた。本来はシェアハウス用の物件ということもあり、リビングは開放感もあり非常に使い勝手が良さそうだ。


「流石マイハニーだな」


「ふふ、もうせつくん、まだまだ序の口ですよ。あ、せつくん、簡単に一階の説明をしておきますね」


「お、頼む」


「この各階正八角形の〈オクタゴン〉、一階はその中央にこの正八角形のリビングがございます。このリビングを囲み、外周に沿う形で八つの部屋――水回りやその他設備が配置されていまして、この玄関からリビングを正面にして立ったとき、時計回りに、玄関、キッチン、倉庫、トイレ、エレベーターと階段の区画、ランドリー、バスルーム、シャワールームという形です」


成程なるほどな。リビングからそれぞれアクセスできるわけだ」


おっしゃる通りです。そして二階と三階は個室ですね。このリビングは吹き抜けになっていまして、二階と三階にリビングに当たる部屋はございません」


 天音の視線に合わせてリビングの真上を見上げると、リビングの天井は三階までの高さがある。二階と三階の全面ガラス張りの窓、その奥に見えるのは、この〈オクタゴン〉の外周に沿って配置された各個室の扉と、各個室にアクセスするための円状の廊下――要するに回廊かいろうだ。


 二階、三階は全面ガラス張りの窓からリビングを一望できる構造になっている。二階、三階の高級感のあるデザインは、ホテルのイメージに近そうだ。


「一階のリビングを囲う各設備の真上にそれぞれ個室がある形ですね。エレベーターと階段の区画がございますので二階と三階には各七部屋個室があることになります」


「そうか、一応は十四人まで住めるのか。シェアハウス物件だしな」


 リビングの隅の、テレビを観ながら団欒だんらんするためのスペース――ガラス製のローテーブルの周囲に設置されたL字型のソファ。高い天井に取り付けられた照明が、柔らかくその空間に光を当てる。ソファの柔らかなフェザークッションに腰掛けながらつぶやく。


「ええ、私としてはせつくん以外要らないのですが……」


「あら過激。でもさ、この異能至上主義の新世界……戦い方としてはクラン――仲間を集めるのが正攻法だよな」


「流石ですね、せつくん」


 そう返事をして、天音は丁寧な所作で、早速ソファでくつろぐ俺の隣に腰掛けた。


 ――そう、「クラン」。先程病室のニュースでも、「S級クラン〈高天原たかまがはら幕府〉」というテロップが出ていた。ゲームなんかをやっていればわかるが、これが一定の目的を持った一つの集団だということは想像にかたくない。


「確かにクランを作って戦力を強化する方は数多くいらっしゃいますね。単独で動くよりはずっと安全ですから。〈十天じってん〉なんかですと、クランを組む方は少ないようですが」


 ――〈十天〉。この新世界の頂点である世界上位十名――神級異能を持つ最強の集団……。


「大陸を動かしたり一国を滅ぼしたりってレベルの奴らだろ。まあ仲間要らんわな、むしろそのレベルだと下手に仲間作っても足引っ張られるだけだし順当だろうな」


「そうですね。ですが新世界はそうでない者が大半ですからね……。如何いかがでしょう、せつくん。私とクランを組んでおきませんか?」


「それは当然YESなんだが……ああ、これは単純な疑問だ。そもそもクランって組む意味あるのか?別に知人同士なら態々わざわざクランという名目で結成しなくても、勝手に助け合えば済む話な気もするが……ああ、報酬が出るのか」


「はい、クランの実績に応じてランクが上がったり下がったりという制度がありまして、そのランクに応じて毎月国からクランに報酬が支給されます。目的は異能犯罪への牽制けんせい、といったところでしょうか」


「それで〈高天原幕府〉とやらはS級……最高ランクか?」


「はい。〈十天〉の第五席にする方がクランマスター――トップを務めるクランですね」


「〈十天〉か……。そりゃS級だわ……。よし、じゃあ取りえず俺と天音でクラン組むか」


「はい!あ、せつくん、でしたらスマートフォンを出していただけますか」


「スマホ……?」


 俺は下に履いた黒のスキニーの右ポケットから、先程一二三ひふみからもらったばかりのガラス板――スマホを取り出した。右手の親指で画面に触れ、更に上にフリック――洗練されたデザインのホーム画面が表示される。天音は俺のスマホの画面を覗き込みながら、言葉をいだ。


「ありがとうございます。ではSSNSスーパーエスエヌエスのアプリの隣にあるアプリ――『VSバーサス』と書かれたアイコンを開いていただけますか?」


「……これか」


 「VS」と記載されたアプリアイコンをタップすると、クランの名前らしきものがずらっと縦に表示された。画面下部に表示されているメニューバーの中で、何人かのデフォルメされた人が武器を見るイラストが光っているのを見るに、現在はこの「クランランキング」が表示されているようだ。


「ありがとうございます。そしてですね、メニューバーの一番右、『クラン情報』というイラストをタップしてください」


 メニューバーの中の「個人ランキング」というアイコンも気になったが、一先ひとまずは天音の指示に従って、「クラン情報」のアイコンをタップした。すると、画面の中央に大きく表示された「未所属」という文字と共に、そのぐ真下に「結成」「加入」という項目が表示された。


「これさ、クランマスターになるんなら『結成』、クランメンバーになるなら『加入』ってことだよな。どっちがクランマスターやるんだ?」


「せつくんはどちらがやりたいですか?」


「クランマスター」


「ふふ、そうですよね。でしたら『結成』を選んでください。私は『加入』を選んで無線通信をすれば無事クラン結成、というわけです!」


「あー、もし天音がクランマスターやりたいんなら譲るけど……いのか?」


「いえ、私はせつくんに仕えるメイドですから」


 ――この子は「壊れて」しまっている。天音はメイド服を着ている理由を、「俺が好きだと思ったから」と言っていたものの、俺が大学を除籍じょせきされ、天音をあのように利用してしまったことがこのような形で「壊れた」ことに繋がったのだと俺は思う。


「……わかった。じゃあ俺がクランマスターになるぞ」


「はい!」


 天音が笑顔で返事をする隣で、「結成」を選択すると、次に、「クラン名を入力してください」という文章が表示された。


「クラン名……」


「せつくんの自由に決めていいんですよ」


「どうせならカッコいいのがいよな」


「ふふ、そうですね」


「――〈神威結社かむいけっしゃ〉にするか」


「……〈神威結社〉……ですか。せつくんの語彙力から考えると、その……超ダサいですね」


「えっ」


「未だ厨二病が抜けてないというかなんというか……酷いネーミングセンスです」


「おーきつ。天音時々毒吐くよな」


「あっ、いえ、私はそういうところも含めてせつくんが好きなんですよ?」


「あ、ダサいのは否定しないのね……」


「コホン、では入力してください」


 顔を赤らめ、両の頬に手を添えて照れていた天音は、その恥じらいを誤魔化すように軽く咳払いをすると、俺にクラン名の入力を促した。俺は鋼の意思で「神威結社」と入力し、「決定」をタップしようとした。


 その瞬間、少しだけ身震いしてしまった。武者震むしゃぶるいだ。俺がこの新世界を生きる上での大きなスタートになる――そんな予感がしたのだ。

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