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1-28 竜ヶ崎組

 ――二一一〇年十二月五日。新世界五日目。俺たち――〈神威結社〉は、巨大な城壁の前に立っていた。


「ここですな……」


 萌えキャラのTシャツを着た、丸眼鏡ボウルカットの肥満体の男――拓生が呟く。朝の陽光が、拓生の額の汗を反射する。一方のメイド服姿の白い髪のウルフカットの美女――天音は目測五十メートルにも上るその高い城壁を見上げて言った。


「これは……難儀しますね」


 スマホに表示される、竜ヶ崎に取り付けたGPSの位置情報は円を描くようにそびえ立つ城壁の内部を指している。冷たい風に、俺の白い髪の毛先がなびく。


「ふむ、困ったなこれ……どう入るんだこの中……」


 ――結局、〈竜ヶ崎組〉に関する情報は多くは得られなかった。必死のネットサーフィンで掴んだ情報は、〈竜ヶ崎組〉が「陸の孤島」となっているこの城壁の内部――〈神屋川かやがわエリア〉を拠点とする暴力団だということだけだ。……噂程度だが。だがそれが事実ならすなわち、竜ヶ崎と〈竜ヶ崎組〉に相関関係があることを意味する。


「雪渚氏なら壊せるのでは?」


「いや拓生……いくらなんでも無理だろ……」


 ――城壁に掟なんて通用しない。幾ら俺の身体能力が高かろうが、この城壁を突破するのは無理だ。


「せつくんなら大丈夫ですよ」


「ええ……じゃあやるだけやってみるか……?」


 周囲――城壁の外には何もない平原が広がっている。この時代としては珍しく、〈神屋川エリア〉は駅が存在しない――即ちエクスプレスでアクセスできない駅で、近隣の駅からここまで徒歩で歩いてくる羽目になった。眼前に聳え立つ城壁は見るからに分厚そうで、ちょっとやそっとの攻撃では穴を開けられそうにはない。


 俺は拳を構え、渾身の力を込めてその分厚い城壁に強烈な一撃を食らわせた。ゴン、と鈍い音が平原に響く。


「――いってえ!!!」


 案の定と言うべきか、城壁には傷一つ付いていない。無慈悲にも堂々と、その高い城壁は聳え立っていた。俺は半泣きで拓生と天音を責め立てた。


「ほら見たことか!」


「ごめんなさいせつくん……」


「やはり無理でありますか……」


「『やはり』ってお前な……」


 天音が申し訳なさそうに異能で俺の拳を癒した。俺の拳の傷が見る見るうちに治ってゆく。


「おーサンキュー天音。でも竜ヶ崎の位置情報はこの城壁に囲まれた円の中だぜ?竜ヶ崎が中にいる以上は出入りする手段があるはずなんだけどな」


「とは言えさっき外周を見て回って、出入口らしきものは何もありませんでしたぞ?」


「〈竜ヶ崎組〉の構成員に『他者を転移させる』ような異能を持つ人間がいるのかもな」


「であれば、それは裏を返すと〈竜ヶ崎組〉の構成員のみが出入りできる状態であることを意味しますね……」


 俺が青い空を見上げると、遥か遠方――宙に何か、光り輝く人影が浮かんでいるのが見えた。体格から、女性であることがおぼろげに判別できる程度だ。眩い光を放つ人影は、凄まじい速度――正に光の速さ――「光」速移動こうそくいどう。猛スピードで城壁に向かって飛行している。


「あ?なんだあれ……」


 ――アインシュタインの特殊相対性理論とくしゅそうたいせいりろんによれば、質量を持つあらゆるものは光速に達することはできない、というのが現代科学の鉄則だ。仮にそれが可能だったとしても、衝撃波の発生、身体が細胞レベルで破壊されることはまぬがれない。そのあらゆる絶対の物理法則を無視するあの人間は、どう考えても異常だ。


 人影――毛先にカールのかかった、高めの位置で結ばれた金髪ツインテールに、毛先にかけて美しい桜色のグラデーションとなったヘソ出しファッションの女は、城壁の前にまで迫ると、大きく拳を振りかぶった。女の拳が白くまばゆい光を放っている。


 ――だが、そんな絶対の物理法則すらも無視することができる人間がこの新世界に存在することを、俺は知っていた。


 そして、その女が拳を突き出すと、驚くべきことに、凄まじい衝撃音と共に、高さ五十メートルはあろう城壁が、跡形もなく崩れ去った。まるで、ロケットランチャーでもブッ放したかのように……。


「マジか……」


 余りの驚きに、口をいて出た驚嘆は、崩れ去ってゆく瓦礫がれきの音にき消された。


 ――間違いない。あの女は……。


 すると、満足そうに腰に両手を据えながら浮遊するヘソ出しファッションの女は、地上の俺たちの様子に気付いたらしく、俺と目が合った。女は凄まじい勢いで此方こちらへ向かって急降下し、そして平原の地に、ふわりと降り立った。


「アンタたち何してんの?」


 年齢は俺たちと同じく二十代前半といったところだろうか。髪型は毛先にカールのかかった、ツーサイドアップに近い金髪ツインテール。ゆるく巻かれた金髪のツインテールは、毛先にかけて美しい桜色のグラデーションとなっており、軽やかで明るい印象を与える。


 斜めに流れるような金色の前髪を、太陽をかたどったバレッタ――髪留めで留めている。前髪の両サイドは胸元ほどまで伸びた髪が所謂いわゆる、触覚のようになっている。


「危ないから早く帰りなさいよね」


 肩とお腹があらわになった短い丈の白いトップスと、太腿ふとももが露わになった黒いレザーショートパンツに身を包んでいる。ショートパンツからみ出したショーツのひもが、両の太腿ふとももの付け根に食い込んでいる所謂「見せパン」スタイル。靴は黒い革のニーハイブーツ。ヘソ出しファッションの、如何いかにもギャル風の女の子。


 ――通称、「#ぶっ壊れギャル」――〈十天〉・第七席――日向ひなた 陽奈子ひなこ――。


 日向は両手をすっぽりと包んだ、シリコン製のガントレットのようなものを装着していた。そのガントレット――〈キラメキ〉には大きな太陽の刻印がほどこされている。


「〈十天〉の日向女史ですかな……!?」


「そうよ。見ればわかるでしょ……」


 日向は、俺の背後に立つ天音をちらりと見て、拓生に目を留めた。


「……って何アンタその服……」


 日向は金髪ツインテールの桜色の毛先をくるくるといじりながら、拓生が着たパツパツの萌えキャラがプリントされたTシャツを見て、わかりやすくドン引きした様子で告げた。くちびるの隙間から八重歯やえばが覗く。


「ほほう、日向女史、この『マジカル魔法少女☆キューティーミライ』に興味があるのですかな!?」


「……ないわよ」


 日向は呆れた様子で吐き捨てると、再びふわりと宙に浮いた。背後にたたずむ天音は何も言わず、その様子を静観していた。そして日向は、ルビーの瞳で俺の目を見て言った。


「アンタたちクランでしょ?ホントに早く帰らないと危ないわよ」


「日向だったか、〈竜ヶ崎組〉に何か用か?」


「そうよ。アタシは〈竜ヶ崎組〉をブッ潰しにきたの」


「そうか」


「忠告はしたわ」


 日向は急上昇し、まるで光を思わせるほどの超スピードで、自身が空けた大きな穴へ飛び込んでいった。


「日向女史……本物は滅茶苦茶可愛かったですな……」


「お前な……」


「でもあの噂は本当だったのですな……」


「噂って?」


「クランランキング世界二位――〈不如帰会ほととぎすかい〉。ここ数年で急激に勢いを増しているカルト集団――新興宗教ですぞ。その〈不如帰会〉がこの〈竜ヶ崎組〉と裏で繋がっているという噂ですな」


「それが日向とどう関係するんだ?」


「日向女史は……〈不如帰会〉によって家族と親友を奪われているのですぞ。それで〈十天〉に入ったとか……」


 ――成程。それでその〈不如帰会〉と繋がりがある可能性がある〈竜ヶ崎組〉を「ブッ潰す」、か。


「〈十天〉も色々あるのな……」


「それでせつくん、日向さんのお陰で〈神屋川エリア〉に入れそうですがどうされますか?」


「――当然GOだろ」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――〈十天〉・第七席――日向 陽奈子が開けた巨大な穴から〈神屋川エリア〉内に足を踏み入れると、そこには異様な光景が広がっていた。


 城壁に囲まれた円形の街――〈神屋川エリア〉には、一面に無機質な白い直方体――プレハブ住宅が広がっている。その光景は何処か寂しく感じられた。


「プレハブ……?何だこの街は……」


「不思議な街ですね……」


「つーかあんなに派手に瓦礫が崩れておいて、なんで街中に何の被害もないんだ……」


「〈十天〉である日向女史だからこそできる芸当ですな……」


 ――空を飛行したりパンチ一つであの頑強な城壁を崩したりという身体能力――いな、異能も脅威だが、街中のプレハブ住宅に何の被害がないというのも異常だ。これが〈十天〉か……。


 プレハブとプレハブの間には、車道が敷かれている。横断歩道はあるものの、信号機が設置されていたり、車が走行している様子はない。プレハブの街に当然のように敷かれた車道は、何処か異様だった。プレハブから出てきた人々が、唖然あぜんとした様子で城壁に空いた大きな穴を見上げている。


「何だ?今の爆音は……?」


「城壁に穴……!?」


「な、何が起こったんだ?」


「俺見たぞ!〈十天〉の日向様だ!」


「日向様が……助けに来てくださったってこと!?」


嗚呼ああ……遂に俺たちはこの支配からのがれられるのか……」


 住民たちは歓喜の表情を浮かべ、抱き合ってその喜びを噛み締めている。中には、涙を流す者も大勢見受けられた。


 ――「支配」、か……。


 すると突然、住民たちが静まり返った。プレハブの街が一瞬にして静寂に包まれる。住民たちの視線の方向――横断歩道の上には、黒い軽装の鎧に身を包んだ、長い黒髪の女が立っていた。その赤い瞳の女の長い黒髪が、風になびく。


「うわ……最悪。竜ヶ崎の妹かよ……」


「ちっ、何しにきたんだよ……」


中入なかはいれ、中入れ。関わらないほうがいい」


 住民たちは次々にプレハブの中へと戻ってゆく。閉まる扉の音が物悲しくプレハブの街に響く。


 二本の黄色い角を生やした長い黒髪の女――竜ヶ崎は寂しげな表情を浮かべたのち、車道の上に立つ俺たちをきっとにらみ付けた。


「デケェ音がしたと思って来てみりゃァ……なんだこれはよォ……!」


「おう竜ヶ崎、また会ったな」


 竜ヶ崎は激昂げっこうした様子で、声を張り上げて、感情のままに言った。


「――なんで来たァ!?アタイに二度と関わるなっつったはずだろォがァ!」


「ああなに、お前から最初に絡んできたのに『二度と関わるな』ってのが腹立ってな。文句言いに来てやったぞ」


「見えいた嘘を……ッ!クソが……!なんで邪魔しやがるんだァ……ッ!」


「竜ヶ崎、お前困ってんだろ。力貸すか?」


「……ッ!……お前は強ェよ。アタイなんかよりずっと強ェ。でもよォ……兄貴にだけは……兄貴にだけは誰も勝てねェ!お前らには借りがある。巻き込みたくねェ。帰ってくれ……ッ!」


 竜ヶ崎は目に涙を浮かべている。その表情には、悔恨かいこん怨恨えんこん、憤怒――様々な色が混じり合ってにじんでいた。


「こんな月並みな台詞言わせるなよ。やってみなきゃわかんねーだろ」


「そうじゃねェんだァ!……千……何の数字かわかるかよッ!」


「さあな」


「アタイが兄貴を殺そうとして返り討ちにあった数だァ!兄貴はアタイを殺しやしねェ!兄貴はアタイを都合のいい金ヅルだとしか思ってねェんだッ!ク……ソッ……!!」


「そうか」


「例え〈十天〉でも兄貴には勝てねェよ……ッ!アタイが……アタイが兄貴を殺すしかねェんだッ!」


「そうか」


「クッソ……ッ!話し過ぎたが構わねェ!今日こそアタイは兄貴を殺して……ッ!全部……終わらせるんだァ!!!」


 竜ヶ崎はそう自身を騙すように気合を入れると、きびすを返し、プレハブの街の中心地に向け、颯爽さっそうとその場を去っていった。


 再び、一時の静寂がプレハブの街を包む。乾いた風が、その静寂を運んでゆく――。

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