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第2話 スカウト

「黒瀬、ちょっと来てくれ」


 部屋に入るとすぐ、神妙な顔をした部長が、パソコンのモニターを俺に向ける。


「お前……どうなってるんだこれ」


 画面には、魔力診断結果の速報らしきものが映されている。

 そこに書かれていたのは──。


【魔力量:測定不能(理論上の上限を超過)】


 備考欄には、「生体ストレス耐性:異常数値」「内的圧縮魔力:未分類」「拡張性:不明」なんて物騒なワードが並んでいた。


「お、おれ……特に何もしてないですよ……?」


 部長が頭を抱える。

 なんか申し訳ない気分になってくる。


 午後には、会社中に噂が広まっていた。

 誰が漏らしたのか知らないが、気づけば社内は「黒瀬さんチート説」で大盛り上がりだった。


「え、黒瀬さんって、あの黒瀬さん?」


「営業の? 毎日深夜まで残ってるっていう……?」


「『苦しみが深い人ほど魔力が強くなる』って本当だったんだな……!」


 やたらと神格化されてる気がするが、訂正する暇もなかった。


 さらに、翌朝。

 SNSのトレンドが俺の話題で持ちきりだった。


『「測定不能」の魔力男、ついに現る!? 社畜人生が奇跡を生んだか』

『39歳独身平社員がチート魔力を獲得した話がマジで泣ける』


 なんだこれ。誰だ記事にしたやつ。

 うちの会社の広報までが「注目されてるから会社の宣伝になる」とか言い出して、まさかのプレスリリースまで出す始末。いや、あの、俺の許可は?


 昼休み、自販機の前でコーヒーを買っていると、見知らぬ人に声をかけられた。


「黒瀬さんですよね? サインください!」


「え、いや俺芸能人じゃないです……」


「『ブラックの申し子』って呼ばれてますよね!? 尊敬してます!!」


「誰が言ったそれ……」


 社内ではすでに俺のことを知らないやつはいない。

 このままだと、そのうち俺のデスクにお供え物とか置かれそうだ。



 そんなある日の夜。

 俺のメールボックスに、一通のメールが届いた。


 差出人:【セレスティア・リンク/人材開発部】


 ……は?

 あのセレスティア・リンク? 今をときめく、魔法関連事業のトップ企業。日本どころか、世界でも最先端と呼ばれるあの?

 本文には、こうあった。


『貴殿の魔力量および潜在性に関する報道を拝見しました。当社は現在、魔力保有者とのパートナーシップを拡大しており、ぜひ一度お会いできればと考えております』


 どうやら、俺は本気でスカウトされているらしい。

 たぶん人生で初めてだ。誰かに「来てくれ」って言われるの。

 うれしい、というより、ただただ驚いた。


 その三日後、セレスティア・リンク東京本社。

 六本木ヒルズの最上階。俺は、信じられないほど豪華なエントランスに立っていた。


「黒瀬誠さんですね。お待ちしておりました」


 迎えに来たのは、スーツ姿の女性。目尻の柔らかさと知性を感じさせる笑みが印象的だった。


「私は人材開発部のシニアマネージャー、篠原と申します。どうぞ、こちらへ」


 通された応接室も、ホテルのスイートルームみたいな広さだった。俺の人生、今どこに向かってるんだろう……。


「本日は、お越しいただきありがとうございます。弊社からのお話は、すべて『誠実な待遇』と『ご本人の意思尊重』を前提としております」


 篠原さんが、すっとタブレットを俺に差し出す。


「黒瀬さん──弊社に来ませんか?」



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