「黒瀬、ちょっと来てくれ」
部屋に入るとすぐ、神妙な顔をした部長が、パソコンのモニターを俺に向ける。
「お前……どうなってるんだこれ」
画面には、魔力診断結果の速報らしきものが映されている。
そこに書かれていたのは──。
【魔力量:測定不能(理論上の上限を超過)】
備考欄には、「生体ストレス耐性:異常数値」「内的圧縮魔力:未分類」「拡張性:不明」なんて物騒なワードが並んでいた。
「お、おれ……特に何もしてないですよ……?」
部長が頭を抱える。
なんか申し訳ない気分になってくる。
午後には、会社中に噂が広まっていた。
誰が漏らしたのか知らないが、気づけば社内は「黒瀬さんチート説」で大盛り上がりだった。
「え、黒瀬さんって、あの黒瀬さん?」
「営業の? 毎日深夜まで残ってるっていう……?」
「『苦しみが深い人ほど魔力が強くなる』って本当だったんだな……!」
やたらと神格化されてる気がするが、訂正する暇もなかった。
さらに、翌朝。
SNSのトレンドが俺の話題で持ちきりだった。
『「測定不能」の魔力男、ついに現る!? 社畜人生が奇跡を生んだか』
『39歳独身平社員がチート魔力を獲得した話がマジで泣ける』
なんだこれ。誰だ記事にしたやつ。
うちの会社の広報までが「注目されてるから会社の宣伝になる」とか言い出して、まさかのプレスリリースまで出す始末。いや、あの、俺の許可は?
昼休み、自販機の前でコーヒーを買っていると、見知らぬ人に声をかけられた。
「黒瀬さんですよね? サインください!」
「え、いや俺芸能人じゃないです……」
「『ブラックの申し子』って呼ばれてますよね!? 尊敬してます!!」
「誰が言ったそれ……」
社内ではすでに俺のことを知らないやつはいない。
このままだと、そのうち俺のデスクにお供え物とか置かれそうだ。
◇
そんなある日の夜。
俺のメールボックスに、一通のメールが届いた。
差出人:【セレスティア・リンク/人材開発部】
……は?
あのセレスティア・リンク? 今をときめく、魔法関連事業のトップ企業。日本どころか、世界でも最先端と呼ばれるあの?
本文には、こうあった。
『貴殿の魔力量および潜在性に関する報道を拝見しました。当社は現在、魔力保有者とのパートナーシップを拡大しており、ぜひ一度お会いできればと考えております』
どうやら、俺は本気でスカウトされているらしい。
たぶん人生で初めてだ。誰かに「来てくれ」って言われるの。
うれしい、というより、ただただ驚いた。
その三日後、セレスティア・リンク東京本社。
六本木ヒルズの最上階。俺は、信じられないほど豪華なエントランスに立っていた。
「黒瀬誠さんですね。お待ちしておりました」
迎えに来たのは、スーツ姿の女性。目尻の柔らかさと知性を感じさせる笑みが印象的だった。
「私は人材開発部のシニアマネージャー、篠原と申します。どうぞ、こちらへ」
通された応接室も、ホテルのスイートルームみたいな広さだった。俺の人生、今どこに向かってるんだろう……。
「本日は、お越しいただきありがとうございます。弊社からのお話は、すべて『誠実な待遇』と『ご本人の意思尊重』を前提としております」
篠原さんが、すっとタブレットを俺に差し出す。
「黒瀬さん──弊社に来ませんか?」