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第6話 新たな仲間

 朝のニュース番組をBGMに、いつものカフェテリアの隅でコーヒーを啜っていた。

 始業時間は自由。俺は毎朝六時には出社している。誰より早く、誰にも見られず、黙々とルーチン業務を片付けるこの時間がいちばん落ち着く。


『続いてのニュースです。政府は昨夜の臨時閣議にて、世界最高の魔力量を保有する人物、黒瀬誠氏を、正式に「魔力特別管理対象者」に指定しました』


 ……また俺か。

 ニュースの画面では、内閣の閣議映像が流れていた。魔力インフラ庁の長官が「黒瀬氏の体調は国益に直結する」とか言ってて、思わずコーヒーを吹きかけそうになった。

 なんで俺のくしゃみ一つで国が揺れるみたいな話になってんだよ……。


 そんなバカな報道とは裏腹に、俺の朝はいつも通り地味だった。

 メールをさばき、昨日の稼働データをチェックして、会議資料をまとめる。静かで効率的、何よりストレスをほどよく感じられる最高のルーティン。

 だが、この平穏は長くは続かなかった。


「黒瀬さん、お呼びです。会議室Fへお願いします」


 社内インカムが鳴り、俺は言われたとおりにフロアを移動した。ドアを開けると、すでに何人かが座っていた。

 一人は、小柄で、制服がまだ少し余って見える若い女性。

 顔立ちはやわらかく、髪は明るい栗色。ぱっちりした目に、控えめな笑顔。おとなしそうなのに、どこか芯がある。いわゆる「守ってあげたい系」というやつかもしれない。


「あっ……黒瀬さんですよね!?」


 席から立ち上がって深々と頭を下げてきた。


「本日から配属されました、新人の天野陽菜です! 魔力基盤統合部に入りました! よろしくお願いします!」


「ああ……よろしく」


 とりあえず会釈を返しつつ、隣に座った。彼女の制服の袖口には、新卒マークの小さなバッジがついていた。


「大学では工学で魔力制御を専攻してたんですけど、魔力量ゼロなんです……でも、どうしてもこの会社に入りたくて……」


「魔力といえばこの会社だしな」


「いえ、黒瀬さんに憧れてたんです!」


「えっ……俺?」


「ただそこにいるだけで世界が回る男、ですよね!? その生き様に感動して……っ!」


 おおげさだな。俺、エクセルと請求書処理がメインなんだけどな。

 そんなやり取りをしていると、会議室のドアがまた開いた。


「失礼。お先に来ていたか」


 すっと入ってきた男に、思わず背筋が伸びる。

 長身、鋭い目つき、完璧に整えられたスーツ。歩き方からして研ぎ澄まされているような、そんな印象を受けた。


 名札を見る。真堂凌牙。

 俺はすぐに思い出した。業界誌で何度も目にした名前と顔。

 前職は、魔力変換企業「アーク・フォース」のエース。数々の論文、特許技術、プロジェクト成功率……どれを取っても一流。若くして役員待遇まで登り詰めた、誰もが知る実力派。

 そんな男が、なぜか今ここにいる。


「君が──黒瀬誠か」


 真堂が、すっと俺に視線を向ける。


「伝説の社畜、世界の心臓、苦痛の申し子……会えて光栄だ」


「……その呼び方、やめてくれる?」


「フッ。君に勝つために、俺はここに来た。いずれ、この名札も『世界を支える者』と書き換えられるだろう」


 やたら気障なセリフを言うが、妙に似合ってしまう。声も顔もいいから困る。


 そこへ、静かに篠原さんが入室した。

 姿勢はすっと正しく、スーツのシルエットすら隙がない。


「お三方、お集まりいただきありがとうございます」


 淡々とした口調でそう切り出した彼女は、タブレットを操作しながら言葉を続ける。


「本日付で、新たなチームを発足させることが決まりました。『第零特別運用班』──政府との連携、魔力インフラの安定、そして黒瀬誠の魔力管理を含む、国家規模の特務チームです」


「……国家規模って」


「あなたの魔力出力はすでに、全国インフラの五割近くを支えています。万一の事態に備え、あなたを中心とした即応班が必要と判断されました」


 俺、そんなに働いてたのか……。


「メンバーは、黒瀬誠。──そして、支援・補佐要員として天野陽菜、真堂凌牙」


「わっ……わたし!?」


「ふっ……当然だろうな」


 声のトーンは正反対なのに、どちらも驚きと緊張を隠せていなかった。


「天野さんは、魔力量こそゼロですが、高い学習能力と順応力を評価されました。黒瀬さんと最も長時間行動を共にすることで、相乗効果が見込まれます」


 つまり、「俺の隣にいればなんか良い感じになる」ってことか。オカルトだな。


「真堂さんは、既に業界で多くの実績を残されている方。補佐以上の力を期待しています」


「その期待、全力で超えてみせよう」


「……ちなみに俺は、何をすればいいんですかね」


「まずは体調管理と、作業負荷の均等分散。あとは現場からの要請への即応。魔力量が減るのは最も避けたい事態ですので」


 ますます風邪ひけないな、これ。




「……とりあえず、よろしく頼む」


 俺がそう言うと、


「はいっ、全力でサポートします!」


「フッ……俺を舐めるなよ。すぐにでも貴様を追い越してやるさ」


 二人はそれぞれ、全く違うテンションで返してきた。

 このメンバーで、俺の周囲がより騒がしくなるのは確定だろう。

 でもまあ……ストレスを増やすには、ちょうどいいかもしれない。

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