一年前の話だ。ニューヨーク、東京、北京、ローマ、ベルリン…etc
世界各地の首都でゾンビハザードが発生、犯行声明を出した組織は吸血鬼を自称する集団だった。
「自称というか本物じゃけどな、妾達の中でも人間に対し絶対的な支配を訴える苛烈な革命派、粗暴で優雅さに欠ける連中じゃ」
吸血鬼は子を生せない代わりに噛むことで親の魔力と血液を流し込んで同族(眷属)を増やす。
「血液の相性というものがあるんじゃ。親の血液に適合できるものでなければちゃんとした血族にはなれん。故にそうそう増えることは叶わんし増えたいとも思うとらん」
相性関係なく血液と魔力を注入すれば自我のない屍、ゾンビになるというわけだ。
「妾達は人間を超えた力を持つが…いかんせん数が少ないからのぉ。革命派はゾンビを粗製乱造して数を補い人間社会を壊す計画を立てたのじゃ」
「そしてお前達の望み通り現在の崩壊した終末世界が出来上がったというわけだ」
逢魔は吐き捨てるようにそう相槌を打つ。
「これこれ誤解するでない。妾はこんな世界望んでおらんかった共存派じゃ。人間や人間の作ったものを愛しておる」
メアローズはそう聞き分けのない子供をなだめるように逢魔の頭を撫でた。
「……この状況で信じろと?」
「?見てのとおり可愛がっておるじゃろ?」
椅子に尻を押し付けるように動かし座りなおす。
「ほれほれ、ご主人様の感触を味わっていいなじゃぞ。さぞ嬉しかろう♡」
「……………」
外は真っ暗で夜となっていた。
先程からメアローズは眷属になったばかりの彼に吸血鬼の社会や常識について親切に講義を行っていた。…地面に這いつくばった彼の背中を椅子にして。
彼女の言う愛は人間の想像するそれとは違うことが推測できる。
ゾンビとの恐ろしいマラソンから1週間が経過している。目を覚ました逢魔は何度もこの女吸血鬼の魔の手から逃げ出そうとしていたが首輪をつけられているせいで彼女から離れることができない。
現在は吸血鬼としての生き方を教育してやると言われ(強制的に)勉強させられている真っ最中だった。
(体重は軽いから肉体的負担は大したことがないが…くそっ屈辱だ)
メアローズは相変わらず薄い生地の透明なネグリジェを着用しているため背中からダイレクトに柔らかい感触がある。ともすれば良い肌触りだと思ってしまいそうな自分が恐ろしい。
「ふっんんっ!!うおおおおおおおお!!」
女吸血鬼の椅子に甘んじていたのは体力を回復させるためだ、断じて喜んでいたわけではない。誰に聞かせるわけでもなく弁明しながら逢魔は気合を入れ直すと背中に意識を集中させた。
ブシュゥッ
背側の肩甲骨の下部辺りから血煙が噴出。
「おっ?おっ?もう休憩は終いで良いのかのぉ?」
お尻の下から血翼がせり上がる前兆に気づいたメアローズはひらりと椅子にしていた背から飛び降りていた。
「はぁはぁはぁ…だ、出した…ぞ」
重荷がなくなったことで逢魔は立ち上がる。血煙は結晶となり彼の身体から硬質の翼を生やす。
「ふむ、自分の意思でON・OFFはできるようになってきたみたいじゃが…みすぼらしいのぉ。初めに顕現させた時の翼とはまるで違うわい」
その指摘通り逢魔が生やした翼は細く小さい。前回が空をわが物のごとく翼を拡げた剛翼なら今の状態は瘦せさらばえた羽、といより木の枝にすら見える。しかも片側からしか生えていない。
「アレが覚醒直後の勢いがあったことを加味してもそりゃないじゃろ」
「………はっ!使えりゃぁ問題ねぇだろうがっ」
貧相な翼であることは逢魔が一番よく分かっている。しかし、ないものねだりをしても仕方ない、現状を嘆くより今の状態でベストを尽くす方に思考を切り替えていた。
メアローズへ目掛けて真っすぐに駆ける。
片翼の先端を尖らせると憎き吸血鬼の心臓へ向かって突き出した。
たとえ貧相に見えても変幻自在に動かせる結晶翼は人体程度容易く切り裂くには十分な凶器である。…もっとも相手が人間であればの話だが。
「ほいっ☆」
メアローズは中指を親指につけると一気に中指を伸ばし翼を軽く弾いた。要はデコピンの指の動きだ。
パッキィィィィィ…
たったそれだけの挙動で簡単に結晶は粉々に砕けた。キラキラと輝きながら飛び散る己の翼を眺めながら逢魔はデコピンの風圧だけで吹き飛ばされて地面を転がっていた。
「………ちくしょう」
1週間拉致監禁されてからの強制的な死闘(逢魔基準)で何度か繰り返された光景である。
地面に仰向けになったままぼやいてしまう。
「まったく…エサも食べずに運動するから脆いしすぐバてるといっておるじゃろう」
やれやれじゃ、と聞き分けのない子供のじゃれつき(メアローズ基準)をいなすと呆れた様子で首を振っている。
「食事って人間の血を吸うことだろ。できるわけがない。オレはお前達とは違うんだよ。こんな…世界を滅茶苦茶にしやがったアンタとはな」
吸血鬼の食事なんて教えられずとも知っている。倫理的にどうとうか以前に生理的に他者の血を吸う行為を受け入れることはできなかった。
「ふむふむ、まあ最初はそんなものか。元人間は難儀よの。そちらに関しては後でもう少しレクチャーしてやるとしよう」
吸血行為への抵抗感を理解している様子はない。
「……いつになったらオレを解放する?」
ジャラつく音を立てる首輪を肌に感じながら吸血鬼の方を見ずに尋ねる。
「ん、なんじゃぁ?妾のような美女の奴隷から解放されたいと申すのか?」
身体をくねらせ煽情的なポージングを見せつけるメアローズに逢魔はイラつく。
「当たり前だろ!!」
「んーーー、知っておるぞ♪ツンデレ!って言うんじゃろ。奥ゆかしいのぉ」
「……………もう、なんでもいいさ」
この女吸血鬼との会話はまともに成立しているか気がしない。逢魔は空を仰いだ。
「そうじゃの、解放というか妾から独立する方法はあるぞ。そしてそれは妾の目的とも合致しておる。革命派を排除し、人間の文明を取り戻させてやりたいという」
「あ?」
いい様に乗せられている気がするが現状を変えられる情報なら聞き逃せない。
「まず、ひとえに吸血鬼といっても格が存在するんじゃよ」
メアローズは指を立て得意気に解説を始める。