目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第22話「日常⑤(聖、佐原 裕、眞原井 アリス)」

 ◆


 放課後の校門前。


 いつもの三人で並んで歩き始める。


 裕、眞原井さん、僕。


 最近はこうして三人で帰るのが当たり前になっていた。


 ──友達が二人もいるなんてまるで夢みたいだ。今年は調子がいいのかも。三人目も出来たりして


 僕はそんなことを思いながら、祐と眞原井さんの会話を聞いていた。


「だから言ってるだろ、あれは演出なんだって」


 祐が熱っぽく語る。


 どうやら昨日の『ゴーストギャンク』の話題らしい。


「演出かどうかは問題ではありませんわ」


 眞原井さんがピシャリと言い返す。


「式神や霊的存在を見世物にすること自体が不適切なのです」


「でもさ、実際面白いじゃん」


「あぁん? 面白い、ですって?」


 眞原井さんの声が一段低くなった。


 最近気づいたんだけれど、眞原井さんは普段はお嬢様でも、たまにヤンキーみたいになる事がある。


 まずい雰囲気だ。


「あの、そういえば最近さ、面白いものを貰って──」


 僕が話を逸らそうとしたその時だった。


「ん?」


 祐が急に立ち止まり、左手のアパートを見つめた。


 古い三階建てのアパート。


 外壁は薄汚れ、所々にひび割れが走っている。


 何の変哲もないどこにでもありそうな建物だ。


 でも──


「なんだこの音……」


 祐が眉をひそめる。


 僕も耳を澄ませた。


 かすかに、何か聞こえる。


「……非常ベル?」


 そう、どこかで非常ベルが鳴っているような音だった。


 遠くて小さいけれど、確かに響いている。


 眞原井さんの表情が急に険しくなった。


 じっとアパートを見つめ、そして小さく舌打ちをする。


「これは……二人とも、近づいちゃ駄目ですわよ」


 その声には有無を言わせない強さがあった。


 僕は改めてアパートを見る。


 見た感じ、本当に普通のアパートだ。


 一階には自転車が数台止まっていて、郵便受けには新聞が差し込まれている。


 洗濯物も干してある。


 人が住んでいる、ごく普通の光景。


 でも二人からすると違うらしい。


 祐の顔も青ざめている。


「なんかやばそうだな。別のルートから帰ろうぜ」


「それがいいですわね」


 眞原井さんも即座に同意した。


 僕も反対する理由はない。


 むしろ、二人がこんなに警戒するものに近づきたくなんてない。


 僕たちは足早にその場を離れた。


 振り返ると、アパートは相変わらず静かに建っている。


 でも、なぜかその窓の奥が、真っ黒に見えた気がした。


 ──緑ヶ丘三丁目、か


 僕は場所をしっかりと記憶に刻んだ。


 ◆


 帰宅後、すぐにパソコンを立ち上げた。


 オカ研のハザードマップ作りのために、情報収集をしなければ。


 あのアパートは明らかに要注意物件だ。


 なんたってあの二人が警戒するんだから間違いない。


 検索バーに「緑ヶ丘三丁目」と打ち込む。


 最初はニュースサイトを当たってみたが、特に目立った記事は見つからない。


 次に、地域の掲示板を覗いてみることにした。


『緑ヶ丘地域情報交換板』


 そんなタイトルのサイトを見つけ、クリックする。


 住民同士の情報交換や、地域のイベント告知などが並んでいる。


 スクロールしていくと──


『最近、夜中に変な音がする』


 そんなスレッドが目に留まった。


 投稿日は三日前。


 ──ビンゴだ


 クリックして内容を確認する。


 ────


【1】名無しさん@緑ヶ丘 20XX/06/05(水) 23:45:12


 三丁目のアパート付近なんだけど、夜中に非常ベルみたいな音が聞こえるんだよね。


 でも外に出て確認しても、どこも鳴ってない。


 気のせいかな? 


【2】緑ヶ丘住民 20XX/06/05(水) 23:52:08


 >>1


 あー、俺も聞いた! 


 なんか遠くから聞こえてくる感じだよな。


【3】名無しさん@緑ヶ丘 20XX/06/06(木) 00:15:33


 うちの子供が怖がって寝られないって言ってます。


 管理会社に連絡した方がいいのかな? 


【4】通りすがり 20XX/06/06(木) 01:23:45


 そのアパート、ヤバくない? 


 友達が言ってたけど、最近住人を見かけないらしいよ。


 ────


 僕はノートを取り出し、情報を整理し始めた。


 ・場所:緑ヶ丘三丁目のアパート


 ・現象:非常ベルのような音(実際には鳴っていない)


 ・期間:少なくとも三日前から


 ・その他:住人を見かけない


 さらにスクロールしていくと、より詳しい情報が見つかった。


 ────


【15】緑ヶ丘古参 20XX/06/07(金) 19:32:11


 あのアパート、火々羅町の試験防疫の後から様子がおかしくなったんだよね。


 もしかして、追い出された何かが……


【16】名無しさん@緑ヶ丘 20XX/06/07(金) 20:45:23


 >>15


 それ思った。


 タイミング的に完全に一致してる。


【17】深夜徘徊者 20XX/06/08(土) 02:11:09


 昨日の深夜、あのアパートの前通ったんだけど、全部屋の電気ついてた。


 でも人影は一つも見えなかった。


 カーテンも全部閉まってるのに、光だけが漏れてる感じ。


 正直、めちゃくちゃ怖かった。


 ────


 僕はペンを走らせる。


 ・試験防疫との関連性あり? 


 ・深夜:全部屋点灯、人影なし


 これは間違いなくハザードマップに載せるべき情報だ。


 最新の書き込みを確認すると──


 ──


【23】管理人 20XX/06/08(土) 14:52:33


 該当アパートについて、管理会社に確認を取りました。


 現在、全住民と連絡が取れない状況とのことです。


 警察にも通報済みで、近日中に立ち入り調査を行う予定だそうです。


 安全のため、むやみに近づかないようお願いします。


 ──


 全住民と連絡が取れない。


 僕は大きく「危険度:高」とノートに書き込んだ。


 これで一つ、ハザードマップに追加する情報が集まった。


 ──でも、これだけじゃないかもしれない


 火々羅町から追い出された魔が、他にも潜んでいる可能性がある。


 もっと情報を集めないと。


 検索を続けていると、別の掲示板でも関連しそうな書き込みを見つけた。


『都内オカルト情報共有スレ』


 ──


【312】オカルトマニア 20XX/06/08(土) 16:23:45


 火々羅町の試験防疫後、周辺地域で怪現象の報告が急増してるらしい。


 特に以下の地域は要注意。


 ・緑ヶ丘(非常ベルの音、住民行方不明)


 ・桜台(深夜の女性の泣き声)


 ・北町(黒い影の目撃談多数)


 誰か詳しい情報持ってない? 


 ────


 僕は急いでメモを取る。


 明日、オカ研でこの情報を共有しよう。


 祟部長も興味を持ってくれるはずだ。


 ◆


 夕食の席で、茂さんが仕事の話をしていた。


「火々羅町の件でうちの部署も忙しくてね」


「大変ねぇ」


 悦子さんが労わるように言う。


「試験防疫の影響で周辺地域の霊的活動が活発化してるんだ」


 ──やっぱり


 僕は内心で頷いた。


 掲示板の情報は正しかったようだ。


「聖も気をつけろよ。特に夜間は」


「はい、分かってます」


 ポケットの中の鈴に触れる。


 食後、自室に戻ってノートを整理した。


 緑ヶ丘三丁目のアパート。


 桜台の泣き声。


 北町の黒い影。


 どれも学校からそう遠くない場所だ。


 情報を整理し、メモをする。


 ──ハザードマップ、少しは進んだかな

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?