◆
放課後の校門前。
いつもの三人で並んで歩き始める。
裕、眞原井さん、僕。
最近はこうして三人で帰るのが当たり前になっていた。
──友達が二人もいるなんてまるで夢みたいだ。今年は調子がいいのかも。三人目も出来たりして
僕はそんなことを思いながら、祐と眞原井さんの会話を聞いていた。
「だから言ってるだろ、あれは演出なんだって」
祐が熱っぽく語る。
どうやら昨日の『ゴーストギャンク』の話題らしい。
「演出かどうかは問題ではありませんわ」
眞原井さんがピシャリと言い返す。
「式神や霊的存在を見世物にすること自体が不適切なのです」
「でもさ、実際面白いじゃん」
「あぁん? 面白い、ですって?」
眞原井さんの声が一段低くなった。
最近気づいたんだけれど、眞原井さんは普段はお嬢様でも、たまにヤンキーみたいになる事がある。
まずい雰囲気だ。
「あの、そういえば最近さ、面白いものを貰って──」
僕が話を逸らそうとしたその時だった。
「ん?」
祐が急に立ち止まり、左手のアパートを見つめた。
古い三階建てのアパート。
外壁は薄汚れ、所々にひび割れが走っている。
何の変哲もないどこにでもありそうな建物だ。
でも──
「なんだこの音……」
祐が眉をひそめる。
僕も耳を澄ませた。
かすかに、何か聞こえる。
「……非常ベル?」
そう、どこかで非常ベルが鳴っているような音だった。
遠くて小さいけれど、確かに響いている。
眞原井さんの表情が急に険しくなった。
じっとアパートを見つめ、そして小さく舌打ちをする。
「これは……二人とも、近づいちゃ駄目ですわよ」
その声には有無を言わせない強さがあった。
僕は改めてアパートを見る。
見た感じ、本当に普通のアパートだ。
一階には自転車が数台止まっていて、郵便受けには新聞が差し込まれている。
洗濯物も干してある。
人が住んでいる、ごく普通の光景。
でも二人からすると違うらしい。
祐の顔も青ざめている。
「なんかやばそうだな。別のルートから帰ろうぜ」
「それがいいですわね」
眞原井さんも即座に同意した。
僕も反対する理由はない。
むしろ、二人がこんなに警戒するものに近づきたくなんてない。
僕たちは足早にその場を離れた。
振り返ると、アパートは相変わらず静かに建っている。
でも、なぜかその窓の奥が、真っ黒に見えた気がした。
──緑ヶ丘三丁目、か
僕は場所をしっかりと記憶に刻んだ。
◆
帰宅後、すぐにパソコンを立ち上げた。
オカ研のハザードマップ作りのために、情報収集をしなければ。
あのアパートは明らかに要注意物件だ。
なんたってあの二人が警戒するんだから間違いない。
検索バーに「緑ヶ丘三丁目」と打ち込む。
最初はニュースサイトを当たってみたが、特に目立った記事は見つからない。
次に、地域の掲示板を覗いてみることにした。
『緑ヶ丘地域情報交換板』
そんなタイトルのサイトを見つけ、クリックする。
住民同士の情報交換や、地域のイベント告知などが並んでいる。
スクロールしていくと──
『最近、夜中に変な音がする』
そんなスレッドが目に留まった。
投稿日は三日前。
──ビンゴだ
クリックして内容を確認する。
────
【1】名無しさん@緑ヶ丘 20XX/06/05(水) 23:45:12
三丁目のアパート付近なんだけど、夜中に非常ベルみたいな音が聞こえるんだよね。
でも外に出て確認しても、どこも鳴ってない。
気のせいかな?
【2】緑ヶ丘住民 20XX/06/05(水) 23:52:08
>>1
あー、俺も聞いた!
なんか遠くから聞こえてくる感じだよな。
【3】名無しさん@緑ヶ丘 20XX/06/06(木) 00:15:33
うちの子供が怖がって寝られないって言ってます。
管理会社に連絡した方がいいのかな?
【4】通りすがり 20XX/06/06(木) 01:23:45
そのアパート、ヤバくない?
友達が言ってたけど、最近住人を見かけないらしいよ。
────
僕はノートを取り出し、情報を整理し始めた。
・場所:緑ヶ丘三丁目のアパート
・現象:非常ベルのような音(実際には鳴っていない)
・期間:少なくとも三日前から
・その他:住人を見かけない
さらにスクロールしていくと、より詳しい情報が見つかった。
────
【15】緑ヶ丘古参 20XX/06/07(金) 19:32:11
あのアパート、火々羅町の試験防疫の後から様子がおかしくなったんだよね。
もしかして、追い出された何かが……
【16】名無しさん@緑ヶ丘 20XX/06/07(金) 20:45:23
>>15
それ思った。
タイミング的に完全に一致してる。
【17】深夜徘徊者 20XX/06/08(土) 02:11:09
昨日の深夜、あのアパートの前通ったんだけど、全部屋の電気ついてた。
でも人影は一つも見えなかった。
カーテンも全部閉まってるのに、光だけが漏れてる感じ。
正直、めちゃくちゃ怖かった。
────
僕はペンを走らせる。
・試験防疫との関連性あり?
・深夜:全部屋点灯、人影なし
これは間違いなくハザードマップに載せるべき情報だ。
最新の書き込みを確認すると──
──
【23】管理人 20XX/06/08(土) 14:52:33
該当アパートについて、管理会社に確認を取りました。
現在、全住民と連絡が取れない状況とのことです。
警察にも通報済みで、近日中に立ち入り調査を行う予定だそうです。
安全のため、むやみに近づかないようお願いします。
──
全住民と連絡が取れない。
僕は大きく「危険度:高」とノートに書き込んだ。
これで一つ、ハザードマップに追加する情報が集まった。
──でも、これだけじゃないかもしれない
火々羅町から追い出された魔が、他にも潜んでいる可能性がある。
もっと情報を集めないと。
検索を続けていると、別の掲示板でも関連しそうな書き込みを見つけた。
『都内オカルト情報共有スレ』
──
【312】オカルトマニア 20XX/06/08(土) 16:23:45
火々羅町の試験防疫後、周辺地域で怪現象の報告が急増してるらしい。
特に以下の地域は要注意。
・緑ヶ丘(非常ベルの音、住民行方不明)
・桜台(深夜の女性の泣き声)
・北町(黒い影の目撃談多数)
誰か詳しい情報持ってない?
────
僕は急いでメモを取る。
明日、オカ研でこの情報を共有しよう。
祟部長も興味を持ってくれるはずだ。
◆
夕食の席で、茂さんが仕事の話をしていた。
「火々羅町の件でうちの部署も忙しくてね」
「大変ねぇ」
悦子さんが労わるように言う。
「試験防疫の影響で周辺地域の霊的活動が活発化してるんだ」
──やっぱり
僕は内心で頷いた。
掲示板の情報は正しかったようだ。
「聖も気をつけろよ。特に夜間は」
「はい、分かってます」
ポケットの中の鈴に触れる。
食後、自室に戻ってノートを整理した。
緑ヶ丘三丁目のアパート。
桜台の泣き声。
北町の黒い影。
どれも学校からそう遠くない場所だ。
情報を整理し、メモをする。
──ハザードマップ、少しは進んだかな