「38度……」
小学生の冬の風物詩、いや、失礼しました。小学生に限らず冬に流行するものといえば、感染症である。誠もどこからか……もらってきたらしく、しばらく出席停止となった。
親から解熱剤を渡されて飲む。すると眠気で頭がぐるぐるして来た。パタンと眠りに落ちる誠。
そして、目覚めた場所はやはりいつもの城であった。
誠はこれまで、ある戦国武将になって生きている夢を見ることがあった。その武将は寺でお坊さんから「人の心」を大切にすることを教えられ、城に移り住んだ時には長く続く地域の争いを収め、さらに領地を奪われた人を救い、
夢から覚めた時に、その武将が身につけていたであろうある漢字の書かれた布が置かれていたため本当に夢なのかはわからない。そして一度、同級生の
綾菜が何故そこにいたのかはわからないまま。ただの夢だと思えば良いのだが……どうやら彼女もその武将のことが気になっているようである。
さて……この戦国時代で目覚めたからには、以前から多くの領地を奪い続けている相手方を倒さねばならぬ。これまでも城の争奪戦を繰り返してきた。手強い相手、尚且つたまに卑怯な手を使う相手である。非常に厄介な存在だ。
誠は、部屋の床の間の前に座り、手を合わせる。
どうか……我にお力を……我をお守りください……
するとあの気配がした。まさか……と思い振り返るとそこには綾菜の姿が。
え……また綾菜ちゃん来たの? 一体どこから来るんだ? だが表情に出してはいけない。向こうはこの世を何もわかっていないのだから。
「お主か」と穏やかな表情で言う。
「お……お兄さん……会いたかったです……!」
やはり戦国武将である我が気になっているのか。ならば一緒に連れていくか。
「来るが良い」
※※※
誠は馬に綾菜を乗せて信頼できる権力者の元へ向かう。いつ何が起こるかわからない世の中。直接会うことが叶うのなら我が命のあるうちに、訪問すべきであろう。場所は遠いが時間をかけてでも人との縁は大切にしていきたい。
思った通り、綾菜が退屈そうである。お主には早すぎたかな? すまない……だが、お主がいるとどこか安心できるのだ。
「いつ着くの?」と彼女に何度聞かれただろうか。
そう言われたなら、
権力者への挨拶を済ませて自分の城に帰った時には、彼女は疲れ切っていた。ゆっくり休むと良い。
しかし間もなく自分の兵士が慌てた様子でやって来る。
「あの者が……既に領地に侵入しております!」
「我の留守の間にその領地に攻め入ったと? 相変わらず卑怯な手を使う奴……許さぬ」
やはり奴は留守を狙って来るのか。しかも先日味方につけたばかりの者の領地に……どういうつもりだ。
綾菜と目を合わせて頷く。彼女にはまだ戦国の世がわかっていないと思っていたが……共に行きたい。そばにいてほしい。
誠は綾菜を馬に乗せて、ひたすら前方に走り抜ける。もうそこまで奴が来ている。急がねば。
その時……ふわっと後ろから抱かれる感触。
貴方に会うまでは戦い方が派手で強い武将が好きだった。でも、貴方に「人の心」の大切さを教わった。
貴方が人を思う心、そして
今度は私が貴方を守りたい……
※※※
何だ今の声は? それに後ろには綾菜がいたはずなのに、明らかに成長した別の誰かの気配がする。入れ替わったのか?
だが……どうしてだろう。温かくて安心できる。我を優しく包み込むそなたは一体……?
そう思ってはいたものの、馬を走らせて目的地である領地に着く。そして後ろにいるのは綾菜である。おかしい、先ほど感じたあの気配は……いや、今は考える前に集中せねばならぬ。
奴の兵士の数が多いが……やるしかない。
「行くぞ」
馬を走らせて
結局相手は兵士を引き揚げて行った。激しい戦いであったがどうにかこの領地を守ることができた。あちこちで血を流す者達よ……いつか天下が統一されるその時まで……どうか……もう少し辛抱してくれぬか……我も……辛いが……
戻るとするか。綾菜はどこに……?
え……?
綾菜がいた場所に……美しき姫君が倒れているではないか。
「おい! しっかりするのだ!」
誠が姫君の元へ向かう。
意識がない? ここは危険だ。城へ戻らなければ。
姫君を馬に乗せて誠は城へ戻って行く。
そして部屋に姫君を寝かせて様子を見る。意識を失っているだけで息はある。眠っているのだろうか。
しばらくして姫が目を覚ました。
「また貴方に会えたのですね……」という姫。
いや、こちらは初対面ですが……と思う誠であるが、その声に聞き覚えがある。
今度は私が貴方を守りたい……
そうあの時だ。領地に向かう時に後ろにそなたの気配を感じた。後ろからふわりと抱き寄せられる感覚……だが、現地に到着した時には確かに綾菜がいた。何がどうなっているのだ?
「そなたは……何者だ」
「私は……自分が何者なのかがわからないのです」
「そうか。では何故あの領地にいた」
「貴方と共に生きたいと思っていたからです。ずっと……貴方をお慕いしておりました。このような世の中でも、貴方は自分のことだけでなく相手のことを考えていらっしゃる……人の心、相手を思いやる大切さを私は貴方から教わりました」
おかしい。そなた、初対面の我に向かって何を言っておるのだ。まるで昔から自分を知っているかのよう。
だが何故だ……そう言われると胸の奥が熱くなってくる……
「すまない……そなたのことを存じ上げていないようだ。しかし……我もそなたと共に生きてゆきたいと思うのに……理由は必要であろうか」
「私は……理由など必要ございません。貴方の思うままに……」
姫が誠に寄り添う。
そなたは温かい……離したくない……
「そばにいてくれるか……?」
「はい……いつまでも」
※※※
「……ん?」
ようやく自宅のベッドで目が覚めた誠。解熱剤の効果でぐっすり眠っていたようだ。
というか……僕、夢の中で何してた?
最後の方がはっきりとは思い出せないが……何故か姫君がいた。すごく綺麗な人だった。
あの武将の妻になる人だろうか。調べたいけど……まだ頭がボーっとする。
誠はゆっくりと起き上がり、引き出しにある布を手に取る。あの武将のものと思われる布であったが、前に見た時は右上部分がちぎられたようになくなっていた。何と今度は左上部分がなくなっている。
「防虫剤入れておいたのに……これじゃあ下半分だけだ。もう一個防虫剤入れた方がいいかな……ああ、しんどい‥‥」
下半分だけとなった布切れを引き出しにしまうと、誠は再びベッドに横になる。もう少し休まないと……
しばらくして、
「誠、起きたのね。食欲はある?」と母親が来てくれた。
「……少しなら」
「良かったわ。お粥を作るわね」
「うん」
お粥を待っている間も、誠はあの美しい姫君のことで頭がいっぱいであった。
いつかまた会えるのだろうか……?