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第11話 貴方を守るために

「行こう、そなたと共に」

 綾菜あやなの手を取り、いくさへ向かう1人の武将。


 綾菜は戦国武将に憧れる小学校4年生の少女。彼女は戦国時代を冒険する夢を見たことが何度かある。目が覚めると出会った戦国武将に関する何かが枕元にあるので、本当に夢なのかはわからない。その中でも彼女がもう一度夢で会いたいと思っていた武将と今、夢で再会し、共にいくさに行くこととなった。しかも今回はただの再会ではない。何故か綾菜は姫君の姿となっており、その武将にさらなる想いを寄せる。

「人の心」や「相手への思いやり」の大切さを教えてくれた貴方を……今度は私が守りたい。


 実はこの武将、綾菜の同級生のまことの夢の中での姿である。以前からこの武将になっていた夢を見ていた誠。この武将の幼き頃の姿で城攻めゲームで遊ぶ夢を見てから、将棋に興味を持つようになった。将棋の腕は小学生にしてはなかなか強い方。そのいくさ上手な彼は夢の中でも困っている人を助け、信仰も欠かせない武将。そして誠自身、何故夢でこの武将になっているのかは分かっていないが、戦国時代を必死に生きている。


 そんな誠は夢で少女の姿の綾菜にも会ったことがあるが、「何故いるんだ」と思っていた。しかし、現実世界での綾菜はその武将、つまり夢の自分に憧れていることが分かり、本当に綾菜が戦国時代に来たのか? と思い始める。さらに、今回は綾菜ではなく姫君が現れた。その美しさに誠は一目見て心惹かれ、彼女を守り、共に生きてゆくことを決意。どこか綾菜に雰囲気が似ており、少女姿の綾菜と話す内容が整合しているが……これから領地を奪われた者を救うため、いくさへ向かうので、そんなことを考える余裕はない。


 何故か姫も「一緒に行きたい」と言うが、その言い方はやはり少女姿の綾菜と似ていた。彼女の覚悟を感じた誠は共に行くことにした。

「行こう、そなたと共に」

 綾菜の手を取り、誠はいくさへ向かう。

 だが、ここで一つ問題があった。姫の姿では目立ち過ぎる。少女である綾菜の姿の時は小さくて気にならなかったため、そのまま連れて行ったこともあったが、この姫はこんなにも美しき姿である。敵はもちろん、味方にも見せたくない……姫には自分だけのそばにいてほしい。


「そなたの衣装を持ってくるので、そこで待つのだ」

 そう言って誠が持って来たのは、目立たない忍びのような衣装。髪を結えば他の兵士のうちの1人に見える。そして彼女のために馬も用意した。

「これを」

 誠は彼女に弓矢を渡した。

「我が使っていたものだ。預かっていてほしい。これを持っていれば姫だとは気づかれないであろう。いくさの時は、安全な場所に隠れているのだぞ」


 姫の姿の綾菜は弓矢を手に取り思い出した。

 初めて夢で会った貴方が鍛錬のために庭でこの弓矢を放っていた。貴方のその真剣な姿を……忘れぬよう、私が大切に預かります……!



 ※※※



 綾菜は馬にひょいと乗った。これまで少女姿だったので武将の後ろに乗せてもらっていたが、今回果たして1人で馬で走れるのだろうか。しかしその心配は杞憂に終わった。何故か自ら手綱を持って馬を走らせている。

 前に貴方の馬が見える。相変わらず後ろ姿も立派で、一瞬見惚れそうになったが集中しなければならない。


 自分で走らせる馬で見る景色を堪能する余裕など……なかった。前にいる貴方に追いつこうと必死だった。それでも漂う木々の匂いや、どこかが火事にでもなったのか焦げた匂い、そして所々で血の匂いがするとこの戦国の世を……「今」を生きているのだと実感させられる。


 誠は前方を見ているが後ろにいるであろう姫が気になる。

『相変わらず後ろ姿もご立派でございます』

 姫君のそのような声が聞こえたような気がした。何故姫がいとも簡単に馬を走らせることができるのか不明であるが、後方で自分を見守ってくれている気がして落ち着くことができる。迷ったが……彼女を連れてきて良かったのかもしれない。


 そしてある広々とした荒地に到着。領地を侵略しようとする相手方と睨み合う。

「お前か。あの領地は渡さぬ」と誠。

「我が領地を広げ天下統一のためだ。邪魔ばかりしおって」と相手方。

「かかれ!」

 両軍一斉に走り出す。綾菜は馬とともに近くの岩陰に隠れて様子を見る。


 よく見ると誠の軍は円形にぐるぐると回り、勢いに乗って相手を斬り倒している。

 こんなやり方もあるんだ……ただ前方に進むのではなく、回りながら後ろに引き返して体勢を整えつつ攻めて行くのだろうか。

 相手軍も負けてはいない。よく見ると両側から挟み込もうとしている。

 待って……貴方は端まで見えているの? 両側から一斉に来られたら……回ることで即座に対応できるのか?


 戦法も単純なものではない……勝つために、戦術をよく考えて味方の兵士にも納得してもらって日々練習しなければここまで強くなれない……

 貴方はこんなにも多くの兵士達の中心になって、軍を率いて戦っている。誰よりも美しい太刀さばき、目の奥から闘争心だけでなく、守りたいと思う真心のようなものも感じる。



 私は……やっぱりこの人が好きだ。

 私はこの人について行く。

 私はこの人を守りたい。



 その時だった。一瞬の隙を逃さず相手軍が誠の軍を取り囲もうとしている。やはり両端にいた兵士達が機会を狙っていた。

 綾菜は弓矢を取る。

 貴方が使っていた弓矢……今度は私が……

 神経を研ぎ澄ませる。そして相手軍の腕を狙って、綾菜は弓矢を放った。うわっと言う相手軍に隙が出来たため、誠はその兵士を斬り倒す。


 貴方の力になれた……

 だが、綾菜は犠牲者がたくさん出ている光景を見て気づく。戦国時代だから仕方ないことであるが、犠牲だけの多いいくさで本当に解決するのかと、以前の綾菜は不思議に思っていた。しかし今の自分は人を斬ってはいないものの、いくさの手助けをした。何故か。


 大切な貴方を失いたくなかったからだ。


 今なら分かる。どんな武将にもきっと大切な仲間がいる。もし相手に攻め込まれたら、自分や周りの人を守るためにいくさを選ばざるを得ない。そして天下統一のため自分の領地は広い方が良いため、他の領地を奪おうとする者もいるのだろう。


「私がこんなことをする時が来るなんて……」

 綾菜はしばらく何も考えることができず、馬と共に未だ終わりそうにないいくさの様子を眺めていた。



 ※※※



 誠は気づいていた。相手軍に囲まれそうになったところを、一本の矢が相手の腕を目掛けて飛んできたのだ。その矢は自分が姫に渡したもの……つまり姫が助けてくれた。

 何故、あの姫は弓矢を使いこなしているのかとは思うが……それよりも目の前にいる敵を……倒す……!


 やっとのことで相手方が降参し去って行った。

「戻るぞ」

 誠の声で一斉に馬に乗った兵士が走り出す。綾菜も馬に乗ってついてゆく。今回も犠牲者が多かった。

 でもそれよりも……貴方が無事で良かった……

 綾菜の目に涙が溢れる。毎回こんな思いでいくさを繰り返す戦国武将達。終わらない命懸けの戦い。その先にある願望のために、この世の中を生きているんだ……それが「今」を生きること……


 城に戻り部屋で姫君の衣装に着替えて待つ綾菜の元に、誠が来てくれた。

「良かった……貴方がご無事で……!」

 綾菜は涙を流しながら誠に寄り添う。

「そなたのおかげだ……あの時の一本の矢がなければ今頃どうなっていたことか」

「お気づきになられていたのですか……」

「私の矢だ、すぐに分かる。あの中で見事に命中させた……お主は一体何者なのだ」


「私にも……分からないのです。ただ一つ言えることは、貴方をお守りしたいと強く願っていたことです。根拠のない精神論などと仰るかもしれません。ですが私の……この気持ちを貴方は……信じていただけますか?」

 姫のその目に嘘偽りはない。そなたの我を思う心……深い愛情を……受け入れて良いのだろうか。


 誠が姫を抱き寄せる。

「我もわからない……この世は予想のできぬことばかり。そなたを信用して良いのか迷っていたが……時には流れに身を任せるのも悪くない。今この瞬間だけは……そなたと共に過ごしていたい」

「私も同じ思いです……」



 ※※※



 朝日が差し込む部屋で自然と目が覚めた綾菜。

 ベッドの上にいる……何だったんだ今回の夢は。まず自分が成長していた。そしてあのお兄さんと共に戦った。

 そしてはっきりとは覚えていないが……あのお兄さんと……両想いだったのでは……?

「きゃーどうしよ!」

 綾菜は再び布団に隠れて鼓動が収まるのを待っていた。


 そして同じ頃、誠も目を覚ました。いつも武将になる夢を見ると疲れているが、今回はさらに疲れている。

「ハァ……ハァ……しんどい……」

 姫が……自分と共に戦ってくれた。そして姫が自分の腕の中に……細かいことは思い出せないが今の自分は、あの姫に夢中になっているのでは……?

「僕……どうなってるんだ……?」

 誠も再び布団に隠れて鼓動が収まるのを待っていた。


 その日は学校で2人とも上の空。授業で先生に当てられてもなかなか気づかなかった綾菜。そして図書室で本を読もうとしたものの、内容が頭に入って来なかった誠であった。


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