台座の近くに立つと、陽介たちが持つ全てのキーが激しく反応し始めた。彼らのポケットから飛び出し、宙に浮かぶように。
「キーが…… 導いている」
陽介が言った。7つのキーは空中でゆっくりと回転し、それぞれが台座の特定の場所へと移動し始めた。
「止めろ!」
佐藤が叫んだ。
「何が起きるか分からないんだぞ!」
しかし誰も動けなかった。キーからの光が強まり、部屋全体を虹色に染め上げた。最後のキーが台座にはまると同時に、巨大な衝撃波が発生した。全員がその場に倒れ込む。
「みんな大丈夫?」
中島が周囲を見回した。
床の模様が青く輝き始め、その光は壁へと伝わっていった。モニターには「システム起動」という文字が表示され、機械音が部屋に響いた。
「何かが始まっている...…」
佐々木が立ち上がりながら言った。
突然、部屋の中央に巨大なホログラムが現れた。それはダンジョン全体を示す立体地図だった。地図には無数の赤い点が表示され、それらが徐々に消えていく様子が映し出されていた。
「亀裂が閉じていく……」
凛が驚きの声を上げた。
「キーが亀裂を修復しているわ!」
「そんな……」
佐藤は信じられないという表情でホログラムを見つめていた。
同時に、別のホログラムが現れた。人型の姿だったが、その輪郭は常に変化し、定まることがなかった。声がホールに響き渡った。
「私の名は観測者。この施設の創造を見守ってきた存在だ」
「創造者?」
凛が前に進み出た。
「あなたが父の言っていた……」
「いいえ、私は創造者ではない。私は観測者だ。創造者たちはもうここにはいない」
ホログラムの姿は揺らぎながら続けた。
「このダンジョンは二つの世界の境界を研究するために建設された。しかし実験は制御不能となり、亀裂が広がり始めた。それを封じるためにキーが作られ、散らばされた」
「なぜ私たちがキーを集められたの?」
陽介が尋ねた。
「お前は特別だ」
観測者が言った。
「お前の体には異界のエネルギーが眠っている。それが最初のキーに反応し、この旅を始めさせた」
陽介は自分の手を見た。確かに何かを感じていた。彼の中の何かが、この場所と共鳴していた。
「あなたは何者なの?」
凛が問いかけた。
「そして父は……」
「君の父親は真実を知りすぎた。彼は創造者たちの計画を発見し、それを止めようとした」
観測者は答えた。
「彼は今、時間の狭間に閉じ込められている」
「父を助けることはできる?」
「可能だ。しかし選択は君たちに委ねられる」
観測者は大きな円を描き、その中に二つの道を示した。
「二つの選択肢がある。一つは亀裂を完全に閉じ、二つの世界を再び分離する道。もう一つは亀裂を制御し、二つの世界の融合を進める道だ」
「融合?」
村田が不信感を露わにした。
「それは危険すぎるのではないか?」
「融合には危険が伴う。しかし可能性も大きい。新たな力、新たな知識、新たな進化の道が開かれる」
佐藤が前に出た。
「政府の立場としては、融合は受け入れられない。我々は人類の安全を守るべきだ」
「しかし閉鎖を選べば、既に異形化した人々はどうなるの?」
中島が問いかけた。
「彼らは元に戻れないのよ」
「それに、閉鎖することで得られたはずの知識も失われる」
佐々木が付け加えた。
陽介は静かに考え込んだ。彼の決断が全てを変えることになる。彼は凛を見た。彼女の目には迷いがあった。
「凛さん、どう思いますか?」
「私は……父を救いたい。でも、それだけじゃない」
彼女はゆっくりと言葉を選んだ。 「父が最後まで研究を続けたのは、可能性を信じていたからだと思う。彼は閉じることより、理解することを選んだはず」
「理解し、制御する……」
陽介は頷いた。
突然、建物全体が揺れ始めた。モニターには警告が表示される。
「時間がない」
観測者が言った。
「亀裂の修復プロセスは既に始まっている。このまま進めば、全ての亀裂は閉じられ、二つの世界は完全に分離される」
「それを止める方法は?」
「中央制御装置を再プログラムすることで、亀裂を制御可能な状態で維持できる」
佐々木が装置を調べた。
「私にできるわ。でも時間が必要」
「させるか!」
佐藤が叫び、武器を抜いた。
「政府の決定だ。亀裂は閉じられる」
「佐藤さん!」
陽介が彼の前に立ちはだかった。
「もう政府の言いなりになるのはやめませんか? 真実を見て、自分で決断するときです」
佐藤は動揺した表情で立ち止まった。
「私も……最初は単なる任務だと思っていた。しかし、ここまで来て分かった。我々は何も知らされていなかった」
彼は武器を下げた。
「何が正しいのか……もう分からない」
「一緒に決めましょう」
陽介は穏やかに言った。
「全員で」
チームは集まり、短い協議を行った。最終的に彼らが選んだのは、亀裂を完全に閉じるのでも、無制限に広げるのでもなく、制御された状態で維持する道だった。
「決まりました」
陽介が観測者に宣言した。
「私たちは亀裂を制御し、二つの世界の知識を共有する道を選びます」
「では、そのようにしよう」
佐々木と凛は中央制御装置に向かい、再プログラムを開始した。凛の能力と佐々木の技術が組み合わさり、複雑なシステムを短時間で解析していく。
「あと少し……」
最後のコードが入力されると、キーが再び輝き、台座から浮き上がった。それらは空中で一つに融合し、新たな形を作り出した。一つの結晶体。それは虹色に輝き、部屋の中央に浮かんでいた。
「融合キーの誕生だ」
観測者が説明した。
「これが二つの世界のバランスを保つ」
地震が止み、警告表示が消えた。代わりにモニターには「システム安定化...75%完了」の文字が表示された。
「まだ完全には安定していないみたい」
中島が不安そうに言った。
「予想通りだ」
観測者が続けた。
「完全な安定化には時間がかかる。そして……」
観測者の姿がちらついた。ホログラムに干渉が生じ、映像が乱れ始めた。
「何が起きているの?」
凛が叫んだ。
「創造者たちが……気づいた」
観測者の声が途切れ途切れになる。
「彼らは……戻ってくる……」
突然、観測者のホログラムが消え、代わりに別の姿が現れた。より明確な輪郭を持つ人型だったが、その姿は不吉な雰囲気を漂わせていた。
「プロトコル違反を検知。緊急措置を実行します」
冷たい機械的な声が響いた。
「誰だ!?」
佐藤が叫んだ。
「私は管理者A-1。創造者の意思を実行する存在です」
融合キーが突然激しく振動し始め、その光が不安定になった。
「融合プロセスを中断します。全システムをリセットします」
「止めて!」
凛が前に出た。
「私たちは父を救うために……」
「霧島幸雄……禁断の研究を行った者。彼の救出は許可されていません」
「父さん!」
凛の叫びが響いた。
突然、モニターに新たな警告が表示された。
「警告:未知のエネルギー反応検出。忘却の谷から接近中」
「時間がない」
陽介が言った。
「凛さん、今すぐ霧島博士を救いに行かなければ」
「でも、どうやって? 融合キーが不安定になっている」
そのとき、陽介の体が青い光を放ち始めた。彼の中の異界エネルギーが、融合キーに反応していた。
「僕が……キーを安定させる」
陽介は苦しそうに言った。
「融合キーを持って、忘却の谷へ行って」
「陽介君、危険よ!」
凛が彼の腕をつかんだ。
「大丈夫……僕はここで管理者を引き留める。佐々木さん、システムを完全に安定させてください」
佐々木は頷き、再びコンピュータに向かった。
「村田さん、中島さん、二人は凛さんを守って」
陽介は続けた。
「佐藤さんは……」
「私は君と一緒にここに残る」
佐藤は決意に満ちた表情で言った。
「政府の代表として、君の決断を支持する」
凛は躊躇したが、時間がなかった。彼女は陽介の頬に軽くキスをし、融合キーを手に取った。
「必ず戻ってくるから」
凛、村田、中島は急いで忘却の谷への通路を目指した。背後では、陽介と佐藤が管理者A-1に立ち向かっていた。
忘却の谷では、空間が歪み始めていた。かつてない強さで時空が揺らぎ、谷全体が不安定になっていた。
「こんなの前とは違う」
村田が警戒しながら言った。
「何かが変わった」
谷の中心部に近づくと、霧島博士の姿が見えた。しかし、彼を囲む時間の狭間は濃くなり、まるで彼を飲み込もうとしているようだった。
「父さん!」
凛は融合キーを掲げた。
キーが反応し、光を放ったが、時間の狭間は簡単には解けなかった。
「もっと近づかないと」
凛は決意を固め、時間の狭間に一歩踏み込んだ。
「凛、危険だ!」
村田が彼女を引き留めようとしたが、遅かった。
凛の体が時間の狭間に半ば飲み込まれた。彼女は融合キーを霧島博士に向けて突き出した。キーからの光が狭間を照らし、少しずつ溶かしていく。
「父さん! 手を!」
霧島博士はゆっくりと動き始め、娘に手を伸ばした。二人の指先が触れ合った瞬間、眩い光が走った。
中央管理施設では、陽介と佐藤が苦戦していた。管理者A-1は物理的な攻撃を受けず、システムを次々と自分の制御下に置いていた。
「もう少しだ」
佐々木が言った。
「あと10%で安定化が完了する」
「間に合うかな……」
陽介は息を切らしながら言った。
突然、彼の体から放たれていた青い光が強まり、部屋全体を包み込んだ。
「なっ……何が起きている?」
陽介は自分の体を見つめた。
「異界エネルギーの暴走……」
管理者A-1が分析した。
「警告:制御不能な融合プロセスが開始されました」
忘却の谷では、凛と霧島博士が時間の狭間から抜け出そうとしていた。しかし、狭間は彼らを簡単には手放さなかった。
「凛!」
中島が叫び、彼女の別の腕をつかんだ。村田も加わり、二人で凛を引っ張った。
「もう少し……」
凛は歯を食いしばった。
突然、谷全体が激しく揺れ始めた。空が裂け、その裂け目から異界の景色が見えた。異形の生物たちが徘徊する世界。そして、それは徐々に現実世界と重なり始めていた。
「何が起きているの?」
中島が恐怖に震える声で言った。
「融合が……制御できなくなっている」
霧島博士がかすれた声で答えた。
「二つの世界が無秩序に融合し始めている」
凛は博士を引っ張り、ついに時間の狭間から二人とも抜け出した。霧島博士は弱っていたが、意識ははっきりしていた。
「父さん、どうしたらいいの?」
「中央管理施設に戻らなければ」
博士は立ち上がろうとした。
「青い光を放つ若者は誰だ?」
「陽介君よ。彼が私たちをここまで導いてくれた人」
凛が答えた。
「彼の体には異界のエネルギーが宿っているの」
「異界のエネルギー……」
霧島博士は驚いた表情を見せた。
「そういうことか。私の理論が正しかったようだ」
中央管理施設では、状況が急速に悪化していた。陽介の体から放たれる光は制御不能になり、施設のシステムに干渉していた。
「安定化プロセス、中断!」
佐々木が叫んだ。
「システムが暴走している!」
「陽介君!」
佐藤が彼に近づこうとしたが、エネルギーの波に弾き飛ばされた。
陽介は苦しみながらも、意識を保とうとしていた。彼の目の前に、幻のように二つの世界の映像が浮かび上がった。彼は選択を迫られているように感じた。
その時、凛たちが施設に戻ってきた。霧島博士は陽介の状態を一目見て、状況を理解した。
「君が陽介君か」
博士は彼に近づきながら言った。
「その力を抑えようとしないで! それを受け入れて!」
「受け入れる……?」陽介は混乱した表情で言った。
「君は二つの世界の架け橋になれる存在だ」
博士は説明した。
「君の体に宿る異界エネルギーは、私の研究で予測されていたものだ。それを恐れず、受け入れるんだ」
陽介はゆっくりと頷き、目を閉じた。彼は自分の中のエネルギーに抵抗するのをやめ、それを受け入れ始めた。
光は徐々に安定し、制御された形で部屋中に広がった。管理者A-1のホログラムがちらつき始めた。
「警告:未承認の融合プロトコルが実行されています。阻止します……」
だが、管理者の声は弱まっていった。陽介から放たれる光が、管理者のプログラムを上書きしていたのだ。
「もう一度、安定化プロセスを開始します」佐々木が宣言した。
霧島博士は彼女の横に立ち、共に作業を始めた。
「私が手伝おう」
凛は陽介に近づいた。彼の周りのエネルギーは彼女を拒まず、むしろ歓迎するかのように穏やかになった。
「陽介君……大丈夫?」
「うん……」
彼はかすかに微笑んだ。
「何だか、全てが見える気がする」
モニターには
「システム安定化...90%...95%...」という表示が進んでいった。
突然、観測者のホログラムが再び現れた。「よくやった、皆さん。しかし、これはまだ始まりに過ぎない」
「どういう意味ですか?」
凛が尋ねた。
「創造者たちは簡単に諦めない。彼らは再び干渉してくるだろう。そして、融合プロセスは完全には安定していない」
「でも、私たちは父を救い出した」
凛は霧島博士を見た。
「それは単なる第一歩だ」
観測者は続けた。
「霧島博士が解き明かした謎は、氷山の一角に過ぎない。創造者たちの真の目的、ダンジョンの奥深くに眠る秘密、そして陽介君の中に宿るエネルギーの本当の起源……それらは全て繋がっている」
霧島博士は陽介を興味深そうに見つめた。「君が持つ力の秘密については、私も深く研究したかった。まさか実際に会えるとは……」
「私たちは何をすればいいの?」
中島が尋ねた。
「まず、この施設から脱出せよ」
観測者が言った。
「そして、七つの遺跡を探せ。それぞれの遺跡には、真実の断片が隠されている」
霧島博士は考え込むような表情をした。「七つの遺跡……その存在は噂で聞いていたが、場所は……」
「最初の遺跡は北の白銀の山にある」 観測者は言った。
「しかし急げ。この施設は30分後に自己崩壊シーケンスに入る」
「何だって!?」
佐藤が驚いた声を上げた。
「創造者たちのプロトコルだ。彼らは証拠を残したくないのだ」
「急ごう!」
陽介が言った。彼の体から放たれる光は徐々に弱まり、彼の中に収束していった。「出口はどこ?」
「西の通路を進み、エレベーターで地上に出られる」
観測者が示した。
「だが急いで。そして……これを持っていけ」
観測者の指示で、融合キーが陽介に向かって浮かび上がった。キーは彼の胸に吸収され、彼の体の中で光を放った。
「これからはお前がキーだ、陽介」
観測者は言った。
「お前の選択が、二つの世界の未来を決める」
建物が再び揺れ始めた。崩壊が始まっていた。
「行くぞ!」
佐藤が叫び、全員を促した。
彼らは急いで西の通路を走り、エレベーターに乗り込んだ。地上に出ると、ダンジョン全体が揺れていた。地表には亀裂が走り、そこから異界の植物が生え始めていた。
「制御された融合が始まっている……」
霧島博士が言った。
「興味深い現象だ。これまで理論上でしか考えられなかったことが……」
彼らは安全な距離まで逃げ、振り返った。巨大な建物が徐々に地中に沈み込んでいく様子が見えた。
「ここまでか……」
村田がつぶやいた。
「いいえ、これは終わりじゃない」
凛は断固とした声で言った。
「新しい旅の始まりよ」
霧島博士は陽介に近づいた。
「君の持つ力について、もっと知りたい。私の研究と関連があるはずだ」
陽介は自分の胸に手を当てた。融合キーのエネルギーが彼の中で鼓動を打っていた。彼の目には決意の光が宿っていた。
「七つの遺跡……」
彼は空を見上げた。
「行いましょう、みんな。真実を探しに」
北の白銀の山が、遠く地平線上に見えていた。新たな冒険の行先を示すように。
そして彼らの物語は、まだ始まったばかりだった。