【異能力】
それは今の日本において一般に周知されている、非科学的な力だった。その力を持つものは【異端者】と呼ばれ、長い間迫害されてきた。
そんな歴史を変えようと異端者たちは立ち上がった。能動を起こし政府に異端者…いや、異能力者の権利侵害を認めさせた。
結果、異能力者の権利は保護されるようになっていた。
だが、最近のニュースを見れば、それが一概にもよいとは言えなかった。
なにせ暴動の首謀者である【白い悪魔】の異名を持つ最強の異能力者が突如として姿を消したらしい。
結果として統率を失った異能力者が各地で犯罪を犯しているとニュースでよく流れる。
「物騒になっちゃいましたね…ご主人様」
「そうだねぇ…でもリクちゃんたちのこの店はいつ来ても変わらないから安心するよ」
僕はケーキをご所望のご主人様とそんな会話をしたのちぺこりと頭を下げオーダーをマスターに伝える。
「本当にリクちゃんはかわいいね~」
ご主人様たちのそんな話声が聞こえる。
「本当…あの白がベースのメイド服にふんわりとしたスカート、まさに天使だよ!」
「あ…ありがとうございます!」
いつになっても褒められるのはあまりなれるものではなく、しどろもどろにお礼を言う。
物騒になってしまった日本の治安。恐怖におびえる無能力者の方々をいやすことができるのなら、マスターの願いをかなえられるというものだ。
次々とご主人様たちが入店してくるこの店はコスプレ喫茶【アリス】
異能力者によって治安が悪化した町の路地裏に存在している。
ここでのルールは3つ。
1つ、コスプレは正装
2つ、争い(能力使用)や差別は禁止
3つ、過度なおさわり禁止
これである。
あたりを見渡せばほかの店員たちがご主人様の膝の上に座り、頭を撫でられている光景が入ってくる。
「うらやましそうに見てるわね♪」
「ひゃああ!」
後ろから突然声を掛けられビクッと肩をはねさせるる僕。
そんな僕をからかうようにその子は言った。
「そんなに撫でてほしいなら私が撫でてあげるわよ!」
そういってその子は僕をぎゅぅっと抱きしめ頭をなでてくる。
「ちょ!リリ先輩!恥ずかしいです!」
僕がリリ先輩と呼んだ人は、【甘夏 璃々】《あまなつ りり》先輩だ。どうやら趣味がかわいい男の子らしく、この店に来てからというもの、男の僕はたいそう気に入られている。
「男の子なのに本当にかわいいねぇリクちゃんは~もういっそ食べちゃいたいぐらい」
「ちょ!先輩!?」
抱擁がさらに強くなる。
抜け出そうにも力でリリ先輩にかなうはずもなければ、そもそもリリ先輩の撫で方がうまいので力が抜けてしまっていた。
「本当に二人とも仲がいいね~」
ご主人様たちが僕たちを見てそう言葉をこぼす。
「ええ!リクちゃんは私の大好きな後輩ですもの!」
リリ先輩はそんなことを言いながらさらに抱擁を強める。
その光景にご主人様たちの視線が集まってているのがわかる。
「リリ先輩!一回離れてください!」
「だーめ!もう少しリクちゃんパワーを補充してから」
リリ先輩を説得しようとしたのだが、どうやら無理らしい。
僕は自分の顔が熱くなっていくのを感じながらリリ先輩に身を預けるしかなかった。
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しばらくしてリリ先輩の抱擁が解けると、僕は解放された。
「充電完了!私ホールやるから、リクちゃんはそろそろ休憩してきていいわよ~」
「はい…そうさせてもらいます」
リリ先輩に言われて僕は休憩に入る。
もっともこの疲れの原因もリリ先輩にご主人様の前で甘やかされたからが大半な気もするけれど、考えないことにした。
「はぁ~」
気の抜けた声が休憩室に反響する。
リリ先輩に撫でられた感覚がまだ頭に残っているのを感じ、また顔が熱くなる。
「っ…だめだめ!」
ぱちんと頬を叩き気合を入れなおす。
この僕を受け入れてくれるのはここだけなんだから!
そんなことを考えていると何やらホールが騒がしいことに気が付いた。
「?」
不思議に思い僕はホールに駆け足で向かうことにしたのだった。
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「やめてください!」
ホールに戻るとリリ先輩がそう叫んでいるのが聞こえた。
「何があったんですか!」
そう叫びながら僕はホールに入った。
するとそこにはご主人様たちの前にリリ先輩。そしてリリ先輩とにらみ合うように見覚えのない男性が数人いた。
「俺たちは能力者だぞ!さっさともてなせ!」
男の一人がそう叫ぶとテーブルをけ飛ばす。
勢いよく飛んだテーブルは幸い、ほかのご主人様たちに当たらなかったが、キャストからは悲鳴が上がった。
「店内での暴力行為は禁止です」
僕はなだめるようにその男たちに言った。
「ああ!?メイド風情が、何を偉そうに!」
男の一人の手が、僕の頭に伸びてきた。
(ああ…だめだ)
僕の平穏を壊すもの…それは、誰であろうと容赦はできない。
「ぐあ!?」
突然、ゴキッと鈍い音と同時に、男の腕があらぬ方向に回った。
「ああああああああ!!!!」
男が声を上げる。
その様子にほかの男たちも怖気づいていた。
「能力者はあなたたちだけではありません。無論、この店にも能力者がいます」
僕はリリ先輩と男の間に割って入り宣言する。
「あなたたちがしっかりご主人様としてここを音連れる時をお待ちしております」
その言葉と同時、男たちの体は宙を浮き、店の外に投げ出された。
本当に、いつ見ても能力というのは恐ろしい。
僕は、そんな能力とかかわらないところにいたい。
そんなことを考えていると、どこからか拍手が聞こえてきた。
共鳴するようにその拍手はだんだんと大きくなっていく。
「あ…え?み…皆さん!?」
どうして拍手が起こっているのかわからずにいるとご主人様の一人が声を上げた。
「リクちゃん!かっこいいぞ!」
「こういう時はしっかり男の子だな!」
そんな声が次第に聞こえてきた。
すると後ろから抱き着かれた感触を受けた。
「ん~休憩中なのにごめんね?えらいえらい!」
リリ先輩が抱き着いてきていた。
ああ…あたたかい。
この雰囲気が心地よくて、僕はここに住んでいるのだ。
「さて、テーブルを片付けますよ?リリ先輩。手伝いますから!」
「うん!」
そうして喫茶アリスは営業を再開。
この日はそれ以上めだったトラブルは起こらなかったのだった。