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第3話 異変


 「ただいまーっと」


 俺は真理愛を送った後、隣の自宅へと帰っていく。家には誰もおらず、俺一人――


 「おかえりーっと。兄ちゃん早かったね」

 「ちゃんと真理愛ちゃんを家に送った?」


 ――なんていう漫画みたいな展開は無く、リビングに入ると妹と母親が俺の方を見てそれぞれ声をかけてきた。


 「兄ちゃん、繁華街通って帰って来た?」

 「いいや。もともと今日は通って帰るつもりは無かったけど、他にまた事件があったみたいで野次馬と警官が居て行く気もしなかったな」


 俺がそう答えながらソファへ向かっていると、母ちゃんが頬に手を当ててため息を吐く。


 「十五時くらいだったかしらね。コンビニに刃渡り30㎝くらいの包丁を持った男が押し入ったんですって。フードを被って顔は分からなかったみたいだけど、外国語を捲し立てるように喋った後、菓子パンと飲み物を奪って逃走したって話よ。怪我人は居なかったけど、まだ捕まっていないわ。持っていたモノがモノだけに警戒を呼び掛けているとか」

 「具体的ぃ!?」


 歩くニュースと呼ばれる母ちゃん、『神緒 水守みもり』のあまりにも詳しすぎて逆に犯人ではなかろうか? そんな情報を聞きながら床にカバンを投げ出してソファに座る。

 そこで、そういえばと俺は妹へ声をかけた。


 「そういやお前がこの時間に居るのも珍しいな?」

 「うん。よっちゃんもしーちゃんも家に早く帰れって言われていたみたいで、すぐ解散したんだよねー……許すまじ変質者……!」


 そう言って鼻息を荒くするのは、我が妹である『神緒 結愛ゆあ』だ。

 性格は大雑把で、友達と遊べなかったのがキャバ嬢を誘拐した変質者のせいだと、証拠もないのに言い放つあたり危ういやつである。

 成績は上位にいるようだが、ちょっとアホっぽい言動が目立つためそう見えない中学二年生である。


 「変質者と決まったわけじゃ……いや、誘拐だと想定した場合だとそういうことなのか?」

 「そうだって絶対! 私の前に現れたらしばき倒すのに……。明日から学校の先生が繁華街で放課後を徘徊するらしいよ」

 「なんと。高校じゃそんなことは言ってなかったな。とりあえず着替えてくるわ」

 「はいよー」


 中学生の方が危険度は高いだろうからそこは不思議ではないけどな。そんなことを思いながら俺は部屋へと戻っていく。

 鞄を床に放り投げ、ベッドの上にある普段着に着替えながら、ふと今日のことを思い返す。


 「しっかし、変な夢だったよなあ。俺がなんだっけ、勇者? ゲームじゃあるまいし」


 それでも、二か月ほど、毎日では無かったけどひとりの男の人生を見ていたのは面白かった気はする。だけど結末は最悪。そしてもうあの夢は見ないのだろうと、何故か確信している自分がいた。


 「カレンだったっけ? ドラゴンを倒して仇はとったけど相打ち……まあ、最愛の人が死んで自分だけ生き残っても、俺なら後悔しそうだしあれでよかったのかもな」


 恋人が死んで生きながらえても、その後の人生はきっと楽しくない。褒美をもらっても、平和になっても、きっと。


 「っと、なにをマジになってんだ俺は――」


 俺は馬鹿らしいと頭を振りって部屋を出て行く。しかし、何かが引っかかる……そう思っては見たものの――


 「母ちゃんのグラタンは最高に美味いぜ……!」

 「ねー♪ 私、お母さんの料理だとシチューが一番好きだけど、同じホワイトソースを使ったこれも絶品よね」

 「はっはっは、母さんは料理上手だからな! おかわり!」

 「はい、お父さん。修は?」

 「あ、俺も。親父、食いすぎじゃないか? そのコロッケ、俺が食ってやるよ」

 「馬鹿を言うな修! 母さんの料理は全て俺のものだ……!」


 と、鮮やかに俺の魔の手からコロッケを守る親父こと『神緒 刃鋼はがね』も仕事から帰ってきていた。

 ただのサラリーマンだが、趣味はトレーニング。見た目は格闘家にしか見えないが、中小企業の課長というポジションの三十八歳。

 母ちゃんとは幼馴染で、田舎から大学入学を機に都会へ出てきてそのまま同棲からの結婚というラノベもびっくりな人生を歩んでいる。俺の幼馴染は……羨ましくなんかないぞ。


 「いや、私達も食べてるからお父さんのだけじゃないから……っと、私はごちそうさまかな。洗い物、手伝うよお母さん」

 「ありがとう。まだお父さんと修が食べているからもう少しゆっくりしてていいわよ」


 そう言って結愛に微笑む母さんに、見た目に反してきれいにコロッケを食べながら親父が口を開く。内容はやはり、というか町のことだ。


 「そういえば俺の会社の近くで、身投げがあったらしい。さっき母さんからコンビニ強盗の件も聞いたけど、最近物騒が押し寄せてきているなあ。お前達も気を付けてくれよ? お前達が帰ってこない、なんてことがあったら俺は……俺は……」


 そう言いながら紙屑のようにビールの缶をぐしゃっと潰す親父。これくらいなら誰にでもできそうだが、圧が強すぎてリンゴの芯みたいになっている。


 「……まあ、俺達や母ちゃんはともかく、親父は大丈夫そうだな」

 「何を言うか。父は銃が怖いぞ」


 刃物はいいのか。


 「まあ、今のは冗談だが、修に結愛。変質者に出会ったらすぐに大声を上げて逃げろよ? 


 ん……? 今の言葉……どこかで……? 

 一瞬、ちくりと頭に痛みが走るが結愛の声がそれをかき消す。


 「うん! お父さんも、気を付けてよ? 凄い筋肉だけど、喧嘩はしないでね」

 「そういうことだな親父。俺達は学校でも話題になっているから、しばらく直帰になりそうだよ。ごちそうさま!」

 「宿題やってからゲームしなさいよ」


 一応、流し台に食器を持っていき、母ちゃんの小言を背に受けながら俺は早々にリビングを出て自室へと向かう。風呂も入っているので後は自由時間だ! 


 ……宿題? そんな過去のことは忘れたな……


 「というわけで、ゲーム、ゲームっと」


 俺はベッドに寝転がり、スマホを手にゲームを起動する。

 最近配信された『ベイグライドクロニクル』というゲームで、周回はエグイがガチャの確率がそれほど厳しくないので俺みたいな学生にはとてもありがたい。

 画面では俺の操るキャラがドラゴンと対峙し、軽快な操作で確実にドラゴンを追い詰めていく。そこで俺はふと、昼間の夢を思い出す。


 「……喋るドラゴンと戦っていたな。相打ち、だったっけか」


 それにしてもあの夢は何だったんだろうな? 何かに騙されていたとドラゴンは‟俺„に言っていたけど、生まれてから当然ドラゴンと戦った覚えはない。前世の記憶……なんてそんなことある……わ、け……


 「ぐっ……!?」


 夢のことを再び思い出した直後、強烈な頭痛が走り俺はベッドで呻く。なんだ……!? 痛いなんてものじゃない……!? 


 これは……死ぬ――

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