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第30話 怪奇レポート007.本を開くたびずれる栞 伍

 病院に運び込まれた結城ちゃんは、いくつかの検査を受けた結果、単なる寝不足でしょうとの診断を受けた。

 でも、本人は昨日一日を寝て過ごしてたって言ってたのに……。


「なんだかあれね。耳なし芳一の話みたいね」


 伏木分室に戻った小津骨さんがぽつりと漏らした。

 耳なし芳一。

 聞いたことあるな。


 目の見えない琵琶法師の芳一が偉い人の家に気に入られてお呼ばれするようになったので喜んで通っていたら、日に日に衰弱していって。

 和尚さんが心配になって後をつけてみたら墓場で亡霊に囲まれながら平家物語の弾き語りをしていた、みたいな話だっけ。


「あの話、どんな終わり方したんでしたっけ」

「これ以上通ったら命を取られるからって和尚さんに全身にお経を書いてもらって、亡霊から見えないようにしてもらったのに耳だけお経を書き忘れたせいで亡霊に見えていた耳だけ持っていかれて終わりじゃなかったかしら」

「あー! なんかそんなオチでしたね」


 壇ノ浦の亡霊とリーリエちゃんたちは別物なんだろうけど、毎日通っているうちに衰弱していくってのは似てるかも。

 そう考えるとちょっと心配なんだけど大丈夫かな?


「どうにかして本を回収した方がよさそうね」

「そうですね……。すみません。私があの本を持ってきたばっかりに」

「いいのよ。むしろ誰にも言わずに香塚さんが持ち続けていたら、香塚さんが原因不明の体調不良になっていたかもしれないし。そうなっていたら助けようがなかったわ」


 小津骨さんの言う通りだ。

 自分一人で解決できないかなと思ったりもしたけれど、そうしていたら本当に原因不明で大変なことになっていたかもしれない。


 その時、電話が鳴った。


「大変。結城さんが病院からいなくなったらしいわ」


 今日一日は病院でゆっくり休むように言われていたはずなのに。

 なんだかとても嫌な予感がした。


「私、ちょっと結城さんの様子を見に家へ行ってくるわ」

「お願いします!」


 こういう時、真っ先に行くと言いそうなのは真藤くんなのに。

 今日はやけに静かだ。

 すごくソワソワはしているけど。


 職場ではあんな感じだけど、プライベートは意外と奥手なのかな?

 なんて考えていると、小津骨さんと入れ違いで来客があった。


「あ、来たっスね」

「……お邪魔します」


 入ってきたのは前に血を流すバラの花を持って相談に来ていたけいくんだった。

 前回会った時は転校してきたばかりだったこともあり前の学校の制服を着ていたけれど、今日は彼が通っているという中学校の真新しい制服に変わっている。

 表情も心なしか以前より明るいような気がする。


「今日は何か相談?」

「違うっスよ。遊ぶ約束をしてたっス。……こんなことになると思ってなかったからなんスけど」


 へぇ。

 真藤くん、あの後もちゃんと慧くんと連絡取り合ってたんだ。


「こんなことって? 何かあったの?」

「こーづかさんが夢の世界? に行ける不思議な本を持ってきたんス。そのせいでいろいろ起こってるんスけど」

「へー。僕も持ってるよ」


 慧くんは言いながらリュックから一冊の本を取り出す。


「あっ!」


 それは、私が山本さんから借りた夢の図書館に行くための本に瓜二つの革張りのハードカバー本だった。


「ちょっとそれ借りていいっスか?」

「いいよ。同じクラスの奴に押し付けられただけだし」


 同じクラス?

 ってことは学校でこの本が色んな人のところに回されてるってこと?

 結城ちゃんが持っていた本が見つかったのは図書館で、慧くんが本を受け取ったのは学校で……、なんだか人に見つけてもらおうとしているみたい。


「やったっス! これを使って夢の中に行けばゆーきちゃんに会えるかもしれないっス!」

「そっか!」


 言われてみればあの図書館には色んな国の色んな人がいたもんね。

 あの人たちが実在する人なんだとしたら、結城ちゃんと会うこともできるのかも。

 真藤くんって意外と頭いい?

 そうと決まれば本を……って、真藤くんがいない!?


「こーづかさん、任せたっス」


 机の下からもにょもにょと喋る声が聞こえてくる。

 ちゃっかり逃げられたらしい。


「別にいいけど……。慧くんも本当に大丈夫なんだよね?」

「どうぞ。でも、偽物かも。夢の世界がどうとかって噂だけど、僕には何も起きなかったし」

「えっ」


 慧くんの言葉を聞いて心配になり、慌てて本を開いてみる。


 スピンの挟まったページにはリーリエちゃんの肖像画と【夢のいざない】の文字。

 それ以外はまっさらな白い紙。

 見たところは私の手元にあった本と同じようだ。


「へー……。これが夢の図書館の司書さんっスか。現実より可愛いっスね」


 前回、私が本を持ってきた時はビビって逃げ回っていた真藤くんが、リーリエちゃんの絵を覗き込んで罰当たりなことを言う。

 あながち間違っていないから困るんだけど。


「どう? 真藤くんが行ってみてもいいんだよ?」

「いや、遠慮しとくっス。俺はまだ若くて未来がある青年っスから」


 なんだなんだ、ケンカでも売ってるのか?

 私は若くもないし未来もないババアだからどうなってもいいって?


 真藤くんを睨みつけると、彼も失言に気付いたのか慌てて口を閉ざした。

 とりあえず、夢の図書館に行くのは私で決定のようだ。

 結城ちゃんが夢の図書館にいるとしたら夜だろうからそれまで作戦を練らないと。


「小津骨さんが上手いこと結城ちゃんの家から本を回収してきてくれたらそれが一番なんだけどね」


 私たちが話している間に小津骨さんが帰ってきた。


「どうでした?」

「駄目。結城さん、家に帰ってないみたい。携帯も繋がらないし、どこにいるのかわからないのよ」

「それはヤバイっス」


 あの状態だからきっと遠くには行っていないと思うけど、心配だ。

 かなちゃんのお兄さんみたいにGPSを持たせていればすぐに見つけられるのになぁ。


「とりあえず、私は帰ったら夢の図書館に行って結城ちゃんを捜します」


 慧くんから借りた本を見せて事情を説明すると、少しだけ小津骨さんの表情が晴れた。


「危険もあると思うけど、お願いしていいかしら?」

「はい」

「結城さんが見つからなくても深入りはしないようにね。私たちの方でも、できることはないか調べてみるわ」


 私は小津骨さんと約束をして帰路についた。

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