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第34話 怪奇レポート007.本を開くたびずれる栞 玖

 私が目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。

 小津骨さんと結城ちゃんの心配そうな顔が私を覗き込んでいる。


「……っ」


 体を動かそうとすると激痛が走って、思わず声が漏れた。


「香塚さん!?」

「先輩っ! よかったぁ……」

「ゆめ、の……図書館、は……」

「いいの。もう終わったのよ」


 起き上がろうとしたところを小津骨さんに止められた。

 小津骨さん曰く、表面的なケガはないけれど私の肋骨にはヒビが入っている状態らしい。


 この前の手首の骨折に続いて肋骨かぁ。

 ついてないなぁ。

 っていうか、終わった……?


「香塚さん、花を掴んでくれたでしょう? あれね、わたしたちには見えてなかったのよ。香塚さんがあれを引きちぎってくれなかったら危ないところだったわ」

「え? 見えてなかった??」


 あの巨大な花が??

 私にしか見えない??

 もしかして、瀬田さんのメガネのおかげだったの??


「あっ! 瀬田さんのメガネ!!」


 周りを見回しても、私の荷物らしきものは真藤くんのカバンに積んでいたバッグだけで、中身はスマホと財布とこまごましたものばかり。

 そこにあのメガネはなかった。


「ごめんなさい。香塚さんが池に飛び込んだ時、メガネが沈んじゃったみたいなの。怜太に探させたんだけど、見つからなくて……」


 そっか、バタフライなんてしたら飛んで行っちゃうよね……。

 軽率だった。


「瀬田さんに代わりになるものがないか聞いてみるけど、いざとなったらわたしや結城さんが『目』の役をするわ」

「頑張ります!」


 結城ちゃんが気合十分といった風にガッツポーズをして見せる。

 なんか、それはそれで迷惑かけちゃうような気がするから気が引けるんだけど……。


「それで、あの後って何があったんですか?」

「わたしも全てを把握しているわけじゃないから、あくまで推測の話だと思って聞いてね?」


 そう前置きをして、小津骨さんはあの日のことを教えてくれた。


「香塚さんが花をむしったのと同時に、洋館が悲鳴をあげたの。建物の悲鳴って初めて聞いたけど、不気味ね。

 それからすぐに睡って子が苦しみだしてね、砂のように崩れて消えた。同時にリーリエって女の子も消えたんだと思うんだけど、わたしたちはその瞬間を見てないのよね。

 たぶん、あの花が魔力の根源だったんじゃないかしら。あの花の匂いがわたしたちに幻覚を見せてたのよ」

「ワタシが意識を取り戻したのはそのくらいの時間だったんだと思います。気が付いたらボロボロのソファーに寝かされてて、建物が今にも崩れそうになってました」


 そっか……。

 結城ちゃん、自力で目が覚ませたんだ。


「それからが大変だったんですよぉ! 図書館が崩れそうだったから中に残ってる人たちを誘導して外に出して。そしたら外国の人もいるじゃないですか。言葉も通じないし、どうしよって。

 まあ、真藤くんが英語を話せたおかげでなんとかなったんですけど」


 真藤くんが!?

 英語を話してるところってイメージができないんだけど……。

 英語でも語尾は「~っス」なんだろうか?


「図書館が崩れる前に一冊だけ持って帰って来れたんですけど、もう夢の図書館には行けなくなっちゃったみたいです」


 しょんぼりしながら革張りの本を取り出す結城ちゃん。

 私はその本を借りて、スピンの挟まっているページを開いてみた。


「……白紙だ」


 いつもリーリエちゃんの絵があるページが出てきていたからなんだか不思議な感じがする。

 パラパラとページを捲ってみるけれど、リーリエちゃんの絵がどこにもない。

 結城ちゃんもそのことは気にしていたみたいだ。


「この本、香塚先輩が借りてきた本なんですよね? 中身はちょっと変わっちゃったけど、持ち主さんに返してあげてください」

「う、うん……」


 山本さんと慧くんに返さなきゃ。


「あ゛っ」

「どうしました!?」

「私、二人から借りてるんだけど……」


 この本、どっちに返そう。


「半分に千切る、とか? 香塚先輩ならパワーありそうですし」

「だめよ。怪我人なんだから!」


 小津骨さん、私がケガをしてなかったら本を破るような野蛮な人間だと思ってるんですか??

 いくら実力行使型とはいえ、本にそんなことできませんよ!


 お医者さんが来て翌日には退院しても大丈夫だと許可をもらえたので小津骨さんや結城ちゃんも安心して帰ることができたようだ。

 とはいえ、しばらくは痛みが続くみたいで憂鬱だけど……。


 伏木分室あそこで働き続けるってことは病院のお世話になる日が続くのかな?

 なんて考えてしまったけど、小津骨さんや真藤くんはピンピンしてるからただ単に私の注意力が足りないだけなのかも。


 動くと肋骨が痛いし、かといってベッドの上ですることと言えば惰眠を貪るくらいしかない。

 ま、一日だけだし許してもらえるよね?


 お見舞いに来てくれたみんなを見送った私は、もう一度あの夢の図書館に行きたいなと思いながら本を抱いて瞳を閉じる。

 思いが通じたのか、気が付くと目の前にリーリエちゃんがいた。

 しかし、そこに夢の図書館はなくて、真っ白な空間に大きな蓮の葉が一枚だけポツリと浮かんでいた。


 リーリエちゃんは蓮の葉の上で体を丸めて寝転んでいる。

 泣き腫らしたのか、目が真っ赤だった。


「すい……」


 リーリエちゃんは寝言のような小さな声で呟く。 

 蓮の葉は意志を持っているかのような動きでリーリエちゃんを包み込むと、白い空間に溶け込んで消えてしまった。

 まるで私からリーリエちゃんを遠ざけようとしたみたいだ。

 その時、私はハッとした。


 ――蓮の花の別名だそうですよ。


 芙蓉睡。

 私が引きちぎったあの花は、彼自身だったのではないか。

 そんな考えが頭をよぎった。


 けれど、私は罪悪感を抱かない。

 あの時蓮の花を引きちぎらなければ、結城ちゃんの命が危なかったのだから。

 出会って間もない怪異より、私は伏木分室の仲間を守るんだ。


 そのためにも、もっと強くならなくちゃ……――。




【怪奇レポート007.本を開くたびずれる栞


 概要:キッカイ町立図書館・中央本館にて本文のない革張りのハードカバー本が発見された。

 発見者が自宅に持ち帰り、本を調べていたところ、一ページだけ少女の絵が描かれているのを発見した。

 その後、夢の中に挿絵の少女が現れ、当分室職員に相談をする運びとなった。


 相談を受けた職員も検証したところ、同様の事象を確認した。

 夢の中に現れる少女は、夢を記した本が並ぶ図書館の司書を名乗っており、その補佐となる青年も存在していた。

 連日夢の図書館の調査をしていた職員は、夢の図書館に魅入られるような様子が見られ、危険と判断したため即時対応を行った。


 対応:夢の図書館に魅入られた職員を追跡したところ、廃墟となった洋館に通っていることが明らかとなった。

 夢で図書館に行ったことのある職員が確認すると、その建物は夢で訪れた場所が荒廃したものであった。


 館内に入ると景色は一変し、夢で訪れたのと同じ空間が広がっていた。

 夢の図書館の司書を名乗る二体により魅入られていた職員を除く三名は排除されたが、建物裏手にある池に怪異の本体とみられる巨大な蓮の花を発見した。

 強い妖力をまとった水草の妨害を受けつつ、蓮の花を刈り取るとすべての怪異は消滅した。


 洋館は倒壊し、夢の図書館へと繋がっていた本はただの本に戻ったことが確認されたため本件は解決したものとして扱う。】


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