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第38話 怪奇レポート009.旧病棟のナースコール・弐

 小林さんに続いて旧病棟の廊下を歩く。

 病室の扉はどこも開け放たれたままで、病室の中にあるはずのベッドやカーテンなどの備品は全て撤去されているようだ。


 がらんとした部屋のひとつひとつを覗いては、結城ちゃんが「ふむ」と小さく声を漏らす。

 私には何も視えないけれど、霊視の能力が高い彼女には何かが視えているのかもしれない。


「……わかりました」


 一通りフロアを回り終えた結城ちゃんは小林さんに向けて一度頷いて見せた。


「この病棟にはたくさんの方が残っているみたいです」


 そう切り出した結城ちゃんの説明を要約すると、この旧病棟には過去に亡くなった人たちの亡霊が何体も彷徨っているらしい。

 これはどの病院でも少なからずあることで、霊は時間と共に成仏していく。

 悪霊化しない限りは問題になることも滅多にないという。


 ところが、今回は彼らの住処すみかである旧病棟の取り壊しが始まったので霊たちが騒ぎ出した。

 ナースコールが鳴り響いているのは、取り残された彼らが異変を知らせようとしているからだろう。

 ……ということらしい。


「ワタシの方から皆さんに説明をして、進むべき方向を示してあげることでこの場を落ち着けることができるんじゃないかと思います」

「結城ちゃん、一人で大丈夫?」


 瀬田さんの試験の時に見ていたから結城ちゃんが幽霊を説得できるのは知っているけれど、今回は数も多そうだ。

 同じく説得ができる小津骨さんにも手伝ってもらった方がいいんじゃないだろうか。


「一気に全員は大変かもしれないですけど、何人かずつなら……うん!」


 私の心配をよそに、結城ちゃんはガッツポーズをして見せると旧病棟の廊下を右から左へ横切るように指さして言った。


「この辺にちょうどいい霊道が通ってるので、そこに案内すれば大丈夫です!」


 彼女の中での計画が定まったようだ。

 霊感のない私と小林さんに手伝えることはなさそうなので、不測の事態に備えていつでも手を差し伸べられるように待機していることにした。


 ――いざとなったらこの前みたいに数珠を持って殴ればなんとかなる……かな?


 私の心配をよそに、結城ちゃんは颯爽と廊下を歩いていく。

 病室に入ると霊がいるらしい場所に向かって事情を話し、先ほど言っていた霊道の方向を示す。

 その相手はさまざまらしく、時には膝を折って視線を下げながら話をしたり、説得を終えた相手の車椅子を押すような仕草をしながら病室から出てきたりもしていた。


「結城ちゃん、やっぱりすごいなぁ……」

「えー? 香塚先輩や小津骨さんに比べたら全然すごくないですよ~。ワタシにできるのってこのくらいですから」


 見えない車椅子をニコニコ顔で押しながらも結城ちゃんは謙遜の姿勢を崩さない。

 結城ちゃんの爪の垢、どうにかして真藤くんに飲ませられないかな?


 ……なんて考えながら取り残されていた幽霊たちを霊道へ案内する作業を進め、二時間ほどかけてようやく全ての部屋を回り終えた。


「静かになりましたね」

「本当だ。ありがとうございます!」


 深々と頭を下げた小林さんの目のふちにはうっすらと涙がにじんでいる。

 こんな風に感謝してもらえると頑張った甲斐があったなーって思えるよね。

 ……私は結城ちゃんについて歩いていただけだけど。


 その後、私たちは旧病棟に異変が残っていないことを確認し、元来た通路を通って病院の外へ出た。

 心なしか、旧病棟の周りの空気が明るくなったような気がする。


「本当にありがとうございました。これで安心して病院を離れられます」


 そう言って笑うと、小林さんの体がキラキラと輝き始める。


「えっ?」


 思わず顔を見合わせた私たちの目の前で、小林さんの足が地上を離れる。

 私たちに向けて手を振ると、そのまま流れるように空へと昇って行ってしまった。


「小林さん……」

「嘘……。私にもハッキリ見えてたのに……」

「たまーにあるんですよ。念が強すぎて、生きてる人と同じように見えちゃう瞬間。

 きっと、小林さんは旧病棟の患者さんのことが心配だったんですね」


 そっか。

 そういうこともあるんだ。

 小林さん、よかった……。


「……って、やば! 依頼料もらってない!!」

「あっ!」


 私たちは顔を見合わせ、思い切り笑った。

 その時に溢れてきた涙が笑いのせいなのか、感傷的な気分になったせいなのかは自分でもわからない。


 ひとしきり笑って、涙を拭った私たちは真藤くんが待つ駐車場に向かった。

 待ちくたびれて昼寝でもしてるかな?

 ……なんて軽い気持ちで覗いた車内は無人。


「あれ? 真藤くん??」


 呼びかけながら、運転席のドアノブを引いてみる。

 車に鍵はかかっていなかったようで、普段通りにドアが開いた。


「うっ……。お、遅いっス……」


 ズビッと鼻を鳴らしながら、真藤くんが運転席の足元からよろよろと這い出してきた。

 泣き腫らしたのか目も鼻も真っ赤で、体はガタガタと震えている。


「えっ!? 何があったの??」

「うう……っ、何って……」


 真藤くんは結城ちゃんに泣き顔を見られたくないらしく、両手でがしがしと顔を拭って両頬をばちんと叩く。

 そうやって気持ちを落ち着かせた真藤くんは、私たちが不在の間に起こったことを語り始めた。


「ここに車止めて、一時間後くらいっスかね。ぼそぼそ話す声が聞こえたっス。ま、病院の人だろーって思って気にしてなかったんスけど、しばらくしたら大量の足音が聞こえてきたんスよ。それで、なんか変だぞって思って。

 外見たけど誰もいないんスよね。おかしーなーって思ってたら、足音が上を通って行くんスよ!」

「上?」

「そうっス! 車の屋根を何十人もの人が歩いて行ったっス」


 その時のことを思い出したのか、真藤くんは自分の体を抱き寄せて小さく震えた。


「……あ、この場所」

「ゆーきちゃん!? 何かわかるっスか!?」


 藁にもすがるようなまなざしを向けられた結城ちゃんはこくりと頷いた。


「ここ、ちょうど霊道の真下です」


 結城ちゃんの視線の先にあるのはさっきまで私たちがいた旧病棟。

 言われてみればこっちの方角だった気がする。

 駐車場が小高くなった場所に作られているおかげで、車の屋根はちょうど旧病棟の二階と同じくらいの高さのようだ。


「空いててラッキーだと思ったらそういうことっスか!?」


 抗議の声を上げようとする真藤くんを運転席に押し込んで、私たちは伏木分室への帰路についた。




【怪奇レポート009.旧病棟のナースコール


 概要:キッカイ町立病院より解体中の旧病棟で、電源を遮断したナースコールが鳴り続けている旨の通報があった。

 現場に職員が向かったところ病室内に残っていた霊魂の存在を確認。

 彼らが旧病棟の異変を知らせるためにナースコールを鳴らしていたと推察した。


 対応:病室内の霊と対話を行い、病院内を通る霊道への誘導を行った。

 これにより、旧病棟に残っていた霊は全てキッカイ町立病院を離れ、ナースコールが鳴りやんだことを確認した。

 通報者である小林氏自身もかつて旧病棟で働いていた職員であり、本件解決を見届けたことにより無事に成仏したとみられる。】 

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