「……いつまで、ついてくるつもりだ」
「さっき言った。私は貴方の家に住む」
俺は召喚も済ませたし、家に帰ろうとしていた。が、ルリエは俺の服を掴んだまま、俺の後ろをついてくる。
さっき貸してやったコートを着ているが、ズルズルと下を引きずってやがる。
おい。それは意外といい値段のするコートだったんだが……そう言いかけたがやめた。
なにせ、コートの下は何もない。風呂中のルリエを呼び出してしまったのだから、今すぐ服を取り上げてしまえば、それこそ警察のお世話になることは確実だ。
だったら、俺が寒空の下で薄着になっていても、それは安い代償かもしれない。どうせ、家に帰るだけだしな。
童貞を卒業するためにわざわざ召喚したのにも関わらず、肝心なサキュバスはまだ見習い。 その上、高校生のガキときたら、さすがの俺でも手を出す気にもならない。
というか、なったらダメだしなんなら人間でいうと未成年だぞ。サキュバスでの十六がどうであれ、さすがにこれは危険だと俺の本能が囁いている。
「だから駄目だって言ってんだろ」
「なんで?」
「なんでも」
「やだやだやだ! 私、帰るとこない!」
「……」
その場で地団駄を踏んではワガママを言うルリエ。なんだろう、この違和感は。
十六にしては、子供そのものに見えるのは俺の気のせいだろうか。
「責任取ってくれるって言った!」
「言ってない」
それを最初に言ったのはルリエ、お前だ……と俺は呆れ顔を見せつつ、深い溜息をついた。
冷静に考えてみると、子供相手に俺はなんてことを言ってしまったんだと今更ながら羞恥心に襲われた。
俺がお前の主だの、このあとは言わなくてもわかるだろ的な……これが同じ大学のやつに見られていなかったのが唯一の救いかもしれない。
期待、していたんだ。これを気に俺も皆と同じになれるって。ちなみに同じってのは、一皮剥けるって意味だ。
大学生にもなって、女と何も接点がないとか……陰キャ以下かもしれねぇ。
だが、そんな俺が一人前の男になれるっていう方法があるなら、それがサキュバス相手でもいいって思ってしまったんだ。たとえそれがオカルトじみてても、人間じゃなくても。
少しくらいの希望を見たっていいじゃないか。誰に迷惑をかけるわけでもないんだ。
罰は当たらないだろ、多分。
だけど、出てきたのは巨乳で色気のあるお姉さんタイプではなく、その真逆もいいところのロリっ子サキュバス。
しかも、一度も男と接触がない見習い。そうとわかれば、現実を受け入れられず、戸惑うのも無理はない。
見た目は確かに文句のつけどころがないくらいの美少女だ。だが、しかし、美“少女”なんだ。
俺が求めていたのは少女ではなく、美女のほう。って、この状況を作り出したのは紛れもなくクシャミで召喚を失敗した俺自身にある。だから今頃、後悔したって遅い。
が、俺のアパートは二人で住むには狭すぎる。それにこれから先、ルリエを養えるだけの度胸や自信がない。主に心配なのは金銭面だ。
って、それじゃあまるでプライドが邪魔しなければルリエと一緒に住んでもいいみたいに聞こえるじゃねぇか。
……女の子とはいえ、顔だけはめちゃくちゃいいんだよな、コイツは。
仮に、ここで断ってもサキュバス(まだ見習いだけど)なんだし、他の男の家にでも転がり込むくらいはするはず。
「私、召喚してもらったんだからお兄ちゃんのお世話するよ?」
「世話……だと?」
その言葉を聞いて、俺の脳裏に浮かんだのはアレやコレやのいやらしい妄想の数々。ガキに発情しないと言ったが安心してほしい。
俺の想像の中では、ルリエは少しだけ身長が高く、胸も平均で、色気もムンムンなのだ。まさにフィルター。ここまでくると、もはや別人の域ではあるのだが。
俺も男だ。大学生ときたら、そういうことを考えてもおかしくはない年頃だろ? むしろ、想像だけで留めている俺を褒めてほしいくらいだな。
「料理とか洗濯とかいろいろ。お兄ちゃんは高校生? くらいだよね? 学校もあるだろうし、その間はルリエがするよ」
「……」
ですよねー……と、さっきの俺は汚れていたと反省した。こんなにいたいけな少女がやましい事を知るわけがない。
しかし、先程の会話だけ聞くとルリエが普通の人間の女に見える。たしかに、一人の俺には悪い話ではない。
サキュバスってなんだっけ? と、俺は改めて考えていた。男女平等の世の中になっている中、料理も洗濯もするなんて、ルリエはいい嫁になれそうだな。……人間なら。
見た目から想像するのが難しいが、女子力はあるのか?
そして、何故だかわからないが、どうやら同い年に思われているようだ。
ルリエの誤解を解くように俺は大学生だ、と付け加えた。
「やっぱりお兄ちゃんだ」
「せめて、他の呼び方はないのか」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ?」
それは身長が高く見えるから、ということなのか? どうやら、見た目での判断だと勝手に納得していた。
今はまわりに人がいないからいいとしても、人が多い場所でそんな呼び方をされたら俺は死ぬかもしれない。
「ここ、お兄ちゃんの家?」
「え?」
いつの間にか着いてしまっていた。どうやらルリエは俺の名前を覚えていたらしい。なぜなら、白銀と書かれた表札を見て指をさしていたから。
困ったな……ここまで来てしまえば、いよいよ追い出すのが難しくなってきた。
まさか、ルリエが俺の家まで着いてくるなんてな。召喚して間もない。そんなルリエに行くあてなどあるはずがない。
「住んでもいい?」
「うっ……」
上目遣いでお願いをされてしまった。
決して、俺はロリコンとかそういうのではない。勘違いだけはしないでほしい。
身長が小さいせいで自然と上目遣いになっているだけ。それはわかってる。だけど、これはズルい。
こんな可愛いオネダリをされて、無理だの帰れだの言えるほど俺は鬼ではない。
「い……一日だけ泊まるくらいなら」
「わーい! ありがとう、お兄ちゃん! ルリエ、明日のご飯作るね。楽しみにしてて」
「あぁ」
......完全に負けてしまった。
俺のプライド脆すぎだろ。
こうして、俺はルリエを一日だけ泊まらせることにした。
……このまま住ませてしまいそうだ。苦労人の主人公を見る限り、この展開はお決まりだ。俺もきっと、そうなってしまう。
だが、この時の俺は気付いていなかったのだ。ルリエの家事スキルが超絶的に欠落していることに。