「……ん」
目を開けると、そこには知らない天井があった。たしか俺は、暁月と食事と水族館に行って、それから……どうしたっけ。
「!?」
思い出そうと記憶を辿っていると、今の状況にガバッ! と勢いよく身体を起こした。
(俺はどうして上半身裸なんだ……!?)
知らないベッドで、ほぼ裸同然の俺。おかしい、ここまでの記憶が全くない。
酒は飲んでなかったよな……って、酒はそもそも飲めねぇし。
それよりも、ここは誰の部屋なんだ?
あたりを観察する限り、女性の部屋であることは間違いないのだが。畳んである下着なんかが女性ものだし……。
妙な罪悪感に駆られた俺は、すぐさま視線をズラし、俯いた。
フニっ。今、やたら柔らかい猫のような……
「……んっ……」
「ちょ……!」
この感触は知ってる。でも、ルリエにしては少し大き……って、俺は何故ルリエの胸にそんなに詳しいんだよ。
ルリエじゃないなら、俺の隣で寝てるは一体……。俺は相手に気付かれないように布団をめくる。
「あれっ? セン、パイ。起きたんですか?」
「暁、月!?」
そこにいたのは目を擦りながら、俺を見つめる暁月がいた。しかも、俺と同じような格好で。
幸い、裸では無かったものの、ベビードール? というんだろうか。だが、女に免疫がない俺にとって、暁月の下着姿はあまりにも刺激が強すぎた。
「な、な、暁月、お前、服くらい着ろよ!!」
「着てますよ? もしかして、この格好は似合ってませんか?」
「すごく似合ってる。けど、そういう問題じゃなくて! いや、そもそも、なんで俺は裸なんだよ! ここはお前の家なのか? それと、お前はどうして俺の隣で寝てたんだ?」
「センパイ、質問が多いですよ〜。全部一気に答えるのは無理なので、一つずつでいいですか?とりあえず、ここは私の家で間違いないです。
それより聞いてくださいよ。気絶したセンパイをここまで運ぶの大変だったんですから。むしろ、私を褒めてほしいくらいです」
自信げに胸を張る暁月。その発言は俺に褒めてくれと言っているのか。今の俺にそんな余裕はないんだが……。
「それは悪かったな。それで、どうして俺は脱がされていたんだ? まさかとは思うが、俺はお前と……」
「……? センパイが想像してるようなことは一切やってないので安心してください。個人的には残念ですけど、そういうのはセンパイと恋人同士になれた時まで取ってたほうが......」
「ほぼ初対面の俺に夜這いしてきたのは、どこの誰だったか」
キャッと頬に手を当てて照れている暁月。
俺はそんな暁月の話の腰を折る。温度差の違いというやつだろうか。
「実はセンパイの身体が急に熱くなって。原因はよくわからないんですけど」
「風邪を引いたってことはねぇか。今はなんともないし」
「私の魔力を注ぎ込んだんです。そういう時は出来るだけ裸に近いほうが魔力を入れやすいので。......でも、不思議なんです。センパイは人間だから、人外である私の魔力供給なんかで治るわけないのに」
「……」
俺は暁月の言葉の意味が理解出来ずにいた。
だって、その言い方はまるで俺が人間ではないと言っているように聞こえたから。
「さっきも私にナンパしてきた男性たちにだけ雹が降ってきた。そんなこと、普通だったらありえないのに。私もあんなのを見たのは初めてだったので、正直驚いています」
「......そんなの偶然だろ」
「それがありえないって言ってるんです! だってセンパイが怒った瞬間にあの人たちに……センパイ?」
「それは暁月がピンチだったから、お前と同じサキュバスや魔界の連中が、俺たちの見えない場所から攻撃したんだろ。まぁ、連中とはいっても、俺が魔界について知ってることはルリエが通っていたという魔界学校くらいなんだけどな」
暁月のガシガシと撫でる俺。暁月は「髪が乱れるのでやめてください!」と慌てて、鏡を見ながら跳ねなどをなおしていた。
「魔界学校で思い出しました。デートが終わったので、ルリエちゃんについて話さないといけませんね」
「今更だがいいのか? さっきのお前を見る限り、ルリエのことを話すのはタブーな気がしてな」
「……いいんです。だって、最初に約束してたでしょう? 私とデートしてくれたら話すって。あ、これセンパイの服です」
「ありがとな」
暁月から手渡され、服を受け取る俺。
......このままで本当にいいのか。ルリエのことを聞いて、それで終わりで。
「センパイ、怖い顔してどうしたんですか? ルリエちゃんのことを話すって言ったのが、実は嘘でした。なんて言いませんよ」
「それはわかってる。ただ、その……」
「私もルリエちゃんの全部を知ってるわけじゃないんです。ただ、あの子は魔界学校では有名で……」
「年上のお前が知ってるってことはそうなんだろうな」
「センパイのお察しの通りです。あの子は魔界では“闇の姫”と呼ばれています」
【闇の姫】
今のルリエからは想像出来ないような呼び名だ。
「ルリエちゃんは他のサキュバスと違うのは一緒に暮らしてるセンパイなら、もうわかってますよね?」
「あぁ、知ってる。お前と違って、サキュバスというより普通の人間に見えるからな。だが、最近のルリエは……」
幼すぎると思っていた。だけど、それは教師に言われたから。本当のルリエはちゃんと年相応に見える。その事を暁月に話すべきだろうか。
「実はルリエちゃんは……っ……!!」
バチッ! なんだ、今の……。
「暁月、平気か!? 今、静電気のようなものが......」
それと同時に首に鎖のようなものが見えた。
今のは一体……?
「フフフ。アハッ。アハハハハ!」
突然、ベッドから起き上がった暁月は今の姿など気にも止めない様子で、腹を抱えながら笑い出した。
さっきの暁月とは全くの別人みたいだ。
「あか、つき?」
「龍幻センパイ? どうしてセンパイが私の部屋に? そんなのどうでもいっか。それより……私とえっちなこと、しましょう?」
「お前、覚えてないのか?」
「……?」
暁月は何のこと? といった顔をしていた。
本当に知らないようだった。さっきまでの記憶が無い? どういうことだ?
「センパイ。逃げて......ください」
「暁月! 暁月なのか!?」
「私、センパイの役に立ちたかった。でも、それを許してくれないみたいで……」
「それは誰が許してくれないんだ? お前を縛ってるものは、お前を脅してるのは誰なんだ!?」
ガシッ! と暁月の肩を掴んだ。
「私が本当のことを言えたら、助けてくれますか? センパイの一番はルリエちゃんなのに」
「こんなときに何言って……」
「センパイ、今日のデート楽しかったです。これが私の精一杯です。だから、受け取って下さいね?」
「暁月、なにを……んっ!?」
チュ。リップ音がやたら近くに響く。
気がつくと俺は暁月からキスされていた。
そして、その瞬間、魔法陣が現れた。
光が放ち、俺はどこかへ移動しようとしていた。これはテレポートや転移魔法の類か?
「センパイ、さようなら。......センパイは冗談だと思ってるでしょうけど、私、本気でセンパイのことが好きだったんですよ」
「暁月、待て……っ! ......俺はお前を助ける! 絶対にだ、これは約束だからな!!」
パァァァと猛烈な光が放たれ、俺は暁月の前から消えた。
☆ ☆ ☆
「……幻、龍幻?」
「ルリエ、か」
目を開けると、俺はいつの間にか、自分の家に着いていた。おそらく暁月の魔力で飛ばされたんだろう。
「おかえりなさい、龍幻」
「ただ、いま」
「龍幻、どうしたの?」
「......え?」
ルリエに声をかけられ、気付く。自分が泣いていたことに。
「悲しいことがあったんだね。慰めてあげる、おいで?」
「……違う。俺は悔しいんだ。目の前で助けを求めている後輩を前にして、何も出来なかったから」
「龍幻が落ち着いてからでいいから話してくれる?」
「あぁ……。ありがとな、ルリエ」
「どういたしまして」
俺はルリエに抱きついた。
プライドなんて、恥ずかしさなんてものはすべて忘れて。そして、静かに涙を流した。
俺だけ慰められて、甘えていいわけがない。
それなのに、今はルリエの優しさが、ぬくもりが、俺の心を癒してくれた。