あの口の悪い先生は数学の先生だったらしく、授業中は誰も無駄話しないくらい静かに進められた。
聞こえるのは先生の声と、チョークが黒板を擦る音と、みんながノートを取る音だけだった。
内容はハッキリ言ってそんな難しくない、だけどこれ以上となると勉強をし直す必要があるかもしれないな。
それからチャイムが鳴り、授業が終わって先生がいなくなってから、またみんな押し寄せてくるのかと思ったけどそんな事もない。チラチラと様子を伺うような視線は今もあるけど、さっきのようにはならなかった。
「ダイジョーブだよん、神っちに押し寄せないように釘刺しといたから!」
樹里は俺にスマホを見せてきてニカっと笑ってウインクした。
「どういうことだ?」
「あーしがトーキンで話つけといたよん、さっきはゴメンねー」
そのトーキンってのを見せてもらう、どうやらトーキンとはチャットアプリのようで、そこでクラスのみんなとやり取りしてたらしい。
え? 俺後ろから見てたけど、そんなの全然分からなかった。
「せっかくクラスに男子が来たのに、ビックリさせちゃマズイっしょ?」
その配慮は凄く助かるな。
「ありがとう。俺もこんな事になると思ってもなくて……考えが甘かったかも」
「うーん? 考えが甘いってどーいうこと? この感じだと前の学校でも神っちって大人気だったっしょ?」
「あーっと……いや、中学の時とは考えを改めてさ、今と昔は全然違うんだよ」
「なんそれ? 高校デビューってやつ?」
「まぁ、そんなところ」
危ない危ない、あんまり以前の神埼少年のことを掘り起こされると答えられないし、追求されないようにしないとな。
「にしても神っちってスゴイよね、全然自然に話せるし。凜花もそう思わん?」
「え!? アタシ?」
ラノベ少女の凜花さんは驚いたように返事をしてた。
また本を読んでたみたいだし、急に話を振られて驚いたみたいだな。
「アタシは……うん、そうだね」
「どしたん? 凜花さっきと雰囲気ちがくね?」
「え? そんな事ないと思うけど」
話の流れがラノベ少女に変わった、これはチャンスだ!
「凜花さんですよね? そういえば、さっき読んでた本なんですけど」
「あっ……はい、なんでしょう?」
「ちょっとでいいんです、読ませてくれませんか?」
凜花さんは俺の言葉が正しく理解できない様子でフリーズしてしまった。
「………凜花? マジでどしたん?」
あまりにも動きが無いから樹里さんが凜花さんの目の前で手を振る。
それに気がついたのか、我に帰って俺に本を渡してくれた。
「いえ、その……これは文学とかそういう高尚なものではないので、神埼さんにお見せできるようなものでは……」
急にしどろもどろになる凜花さん。
うん、分かるよ、その気持ちは分かる。
ラノベってちょっとだけ人に言いにくい感じがあるよね。
何読んでるの?と聞かれても、ライトノベルとは言わずに、小説ですって俺も言うからね。
もちろんラノベも小説という枠組みの中のジャンルのひとつだから、実際に間違いじゃない。
だから俺は更に一手を出していく。
「さっきの挿絵も綺麗だったよね、絵師さんって誰なのかな?」
絵師という言葉を使って、自分も同類なんだよとジャブを出していく。
気分はキツ○リスに噛まれるナ○シカだ。 怖くない、怖くないよ!
「えっと……絵師はヨバクって人で……えっと、これ、どうぞ」
「ありがとう!」
俺は彼女のラノベを落とさないように気をつけながら受け取る。
とりあえず最初のページをめくると、フルカラーのイラストが目に飛び込んでくる。
それが数ページ続き、目次があって小説が始まる。
とりあえずパラパラとめくり、挿絵を見ていく。
素晴らしい……。
これだよ、これ。
これは間違いなく俺が探してたラノベと同じ姿!
「凜花さん、この本ってどこで売ってるのかな?」
「うぇっ!?」
「例えばこの作品のグッズとか、どこに行けば買えるか知ってる?」
「あぇっと、本なら駅前に売ってるかな、グッズが欲しいなら隣町まで行かないと手に入らないかも」
よし、良い情報が聞けたぞ!
駅前にラノベの買える本屋があるなら今度行ってみよう! グッズ関係はハマれるものがあれば買うくらいで。
「へー! 神っちって本読むんだ?」
「まぁね、ラノベも小説も読むのは好きだよ。ありがとう、返すね」
「……あい」
凜花さんはなぜか上の空で本を受け取った。
大丈夫かなこの子、ずっとフワフワした感じだけど。
「ねぇ、そろそろボクたちもお話させてくれないかな?」
声をかけられたので振り向くと、さっきの詰めてきた少女達の一部の人がそこにいた。
「あははー、ごめんごめん! 別にあーし等で独占するつもりじゃないからさ!」
「それならみんなで一緒に話さないか? さっきはゴチャゴチャで何が何だか分からなかったから、ゆっくり話そう?」
それから一人、また一人と輪が広がっていき、その次の休憩時間が終わる頃にはクラスのほぼ全員と軽く話す事になった。
それから時間が経過して、昼休憩の時間になった。
「あーしは学食いくけど、神っちはどうすんの?」
「俺も学食なんだ、場所が分からないから、よければ連れてってくれないか?」
「オッケー! それなら一緒に行くべ!」
本当は弁当を作ると詩織さんは言ってくれたけど断ったんだよな。
仕事をしながらの家事の大変さって分かるし、そこまで負担はかけられない。
学食費だって、手元にお金はあるから困る事もないだろう。
本当に橘さんと朝倉さんには感謝しかない。
ちなみに、お札に人物は描かれていない、基本的にはどこかの建物の絵や、白鳥の絵だったりする。
「アタシはお弁当あるから、行ってらっしゃい」
「そっか。なら行ってくるよ」
樹里さんと一緒に教室を出ようとすると、私も行くと何人かの女の子が一緒に来る事になった。
教室を出る際に、「なんでウチは弁当あるんだろ」とか「私も一緒に食べたかった」などと聞こえてきたけど、それは聞かなかった事にする。
親御さんが作ってくれたお弁当があるなら、それは感謝して食べないとね。
そして向かう学食は校舎の中ではなくて、外に専用の建物が建てられてるようだ。
「あぁ、そうそう。神っちー」
「うん? どうした?」
「腕組んでも大丈夫だったりする?」
また意味がわからないな、どうしてだ?
「まだ知らないかもだけど、男子って基本学食使わないからさ」
「それと腕を組む事になんの繋がりがあるんだよ……」
「また囲まれるよって話、あーし等が神っちの女って事にしとけばガードもできるっしょ?」
なるほど、だけどクラスの女子に守られるってのも何とも情けない話だ。
とは言え、囲まれたら蹴散らす手段が無いから助かると言えば助かるか。
それなら腕を組もうと言おうとしたら、一緒に来てる女子から苦情が出だした。
「それ以前に、面識のない別のクラスの男子との不必要な接触は校則違反ですよ、それを指摘すれば良いだけですよね?」
「どさくさに紛れて神埼くんの横を取ろうとしてるんでしょ! それ抜け駆けよね!?」
「私もそう思います!」
「腕を組んで良いならボクがするよ!」
「だから、あーし等って言ったジャン! 抜け駆けじゃないから! これは予防策なんだってば!」
ああぁ……また話が拗れていくんだけど!?
もう腕組むのは誰でも良いからいいから早く学食に行こうよ!