目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第2話

「いいか。ここではお前達のような人間は目立つ。ただでさえ今ここにいる人間はお前達だけだし、尚更目立つ存在なんだ」


「だから、なるべくこの世界に溶け込む必要がある」と巫女が用意させたのが現在、涼佑以外が着ているこの世界仕様に作らせた服なのだそうだ。現世とは違う素材で出来ている為、涼佑達のような肉体という実体を持っている者のエネルギーには滅法弱い性質を持っているが、妖怪や霊に対しては抜群の強度を誇っているらしい。


「あまり乱暴に扱うなよ。手入れは簡単だが、お前達が自分で引っ張ったりすると、すぐ破けるからな」

「作らせたって、誰に? こんな特別な服作れる人がいるの?」


 直樹の質問に巫女は「何を言っているんだ」と言わんばかりに顔をしかめて再三言った。


「言ったろ。この世界には今、お前達しか人間はいない。だから、必然的にこれ作ったのは妖怪か霊ってことだぞ? 後で紹介してやる。……まぁ、あっちが紹介されたいかどうかは分からんが」

「んえっ!? これ作ったの、妖怪なのっ!? ……へぇ~、妖怪って服も作れんのか」


 感心したように自分が着ている服を観察しながら、直樹が自分の胸元をぐいと引っ張った時だった。巫女の「あ」という間の抜けた声と共に直樹の服も涼佑同様、弾け飛び、彼もその場にくずおれることになった。そのまま土下座の姿勢になり、「どうかおれの服も作り直しお願いします」と頭を深々と下げた。巫女は半ば呆然としながらも弾け飛んだ服の切れ端を拾い集め、「お前……お前、今私が説明したのに、お前……」と呆れを通り越して青褪めていた。そうして粗方切れ端を集め終わると、巫女はやっと呆れからくる溜め息を零した。


「はぁ……また頼まなくちゃならなくなったか。小袖は良いとして、機尋は文句言うだろうな」

「はたひろ?」


 聞き慣れない単語に友香里が巫女の言ったことをおうむ返しに訊くと、彼女は集めた布切れを示しながら言った。


「この服を作った奴らだ。小袖の手と機尋という妖怪で、本人達はあまり人前に出たがらない。が、服に対するこだわりは結構、うるさい方なんだ。破いたなんて言ったら、何て言われるか」


 面倒だなと表情で語りつつ、巫女は自分の手の中の布切れを眺めていたかと思うと、おもむろに立ち上がった。子供達の背後に佇んでいた童子へ目を向けると、手にしている布切れを示しながら言った。


「という訳で童子。私はこのアホ二人の服を頼みに行くから後のことは任せた」

「ぐっ……」

「承知した」


『アホ』と言われて反論したい気持ちはあった涼佑と直樹だったが、実際落ち度があるのは自分達だけなので、苦虫を?み潰したような顔はすれど、何か抵抗の意思を示すことは無かった。

 それから涼佑と直樹は童子に新しい浴衣を出してもらい、真奈美達と共に朝食の席へ向かう。その間に巫女は二人分の布切れを持って彼らとは反対方向の廊下を進んで行く。廊下の突き当たりまで来ると、一度彼女は立ち止まった。その前には一つの木製の扉があり、その傍には壁に打ち付けられた太い釘に小さな籐かごが引っ掛けられている。籠を探り、一枚の木札を取り出した巫女は、表面に彫ってある『三十』の文字を確認してから、迷いなく扉の金具に差し込んだ。かちゃん、という音がして鍵が外れたと分かると、巫女は中へ声を掛けながら、入った。


「お疲れ~。またちょっといいか?」


 巫女が入ると、中からは乾いた木の匂いがする広い部屋に出た。そこでは大きなミシン台に載ったミシンの稼働音が響き、真ん中の一際大きなテーブルに載った型紙や色とりどりの生地に出迎えられた。ミシン台とは反対側にある作業机と向かい合っていた蛇のような妖怪が、ひらりと布のような身を翻して巫女に近寄った。


「おう、どうしたよ。巫女さん。また何か注文かい? ガキ共の服はどうだい? って言っても大満足に決まってらぁな。何しろ、生地のプロフェッショナルであるこの機尋様が選んだ特別な――」

「ああ、それなんだが、ちょっと直して欲しくてな。すまん、二人破いた。新しい生地で作り直してくれ」


 言いながら持っていた布切れを機尋に見せると、彼はショックを受けたのか、絶望したような顔をし、口をあんぐりと開けたまま動かなくなってしまった。五秒か、六秒か、そのくらい完全に静止した後、機尋は腹の底から大声を出した。


「嘘じゃんっ!!??」

「嘘じゃない。すまんかった」


 機尋に改めて布切れを見せる巫女。再度、自分の視界に入れた機尋はもう一度さっきと全く同じ反応を返す。こいつじゃ埒が明かないと思った巫女は布切れを持ってミシン台へ近寄った。巫女は何故か、ミシン台に布切れを置くことは無く、ミシン台の前に置いてある椅子の上に目をやる。そこには目の覚めるような山吹色の生地に色とりどりの小さな花や蝶の絵が入っている着物が無造作に置かれている。一見、誰かが脱いでそこに丸めて置いたようなその着物の隙間からは、白く細い女の腕が覗いていた。頭も足も無いその細腕に巫女は話し掛けた。


「という訳だ、小袖。すまんが、作り直してくれないか?」


 小袖と呼ばれた女の腕はすっと静かに持ち上がり、「気にしないで」と言うように巫女へふりふりと掌を左右に振った。その様子を見て不満を漏らしたのは、やはり機尋だ。


「えぇ~? 小袖姉さん。折角おいらが選んだ良い生地だったのに、そんなに破かれちゃあ……」


 その時、ふわりと小袖の着物が宙に浮き、機尋の許まで飛んで行くと、その大きな口を細い指で摘まんで黙らせた。口を摘ままれても何事かもごもご言っていた機尋だったが、やがて観念したのか口を動かそうとするのを止める。それを見てとって――彼女に目は無いのだが――小袖はそっと指を放した。文句を言わないとやんわり躾けられた機尋は「ちぇっ、分かったよぉ」としょんぼりした声を出して、所狭しと並んだ奥の棚に近付き、数ある引き出しのうちの一つを開けて、頭を突っ込んだ。そうやって目当ての生地を咥えて戻ってくると、真ん中のテーブルに広げて見せる。


「これなら、どうだい? この前、夜の国に行って採ってきた糸を使ったやつ!」


 機尋は心なしか自慢気な顔をして、生地の皺を尾でちょっと伸ばした。それは一見、何の変哲もない真っ黒な生地に見えるが、巫女が何気なく持ち上げると、その生地はサテンにも似た手触りだが、サテンにしては厚みと張りがあり、すぐ傷みそうな印象は受けない。それに加えて巫女は少々驚いた。


「随分と軽いな」

「だろぉ? これ、夜の国じゃあ何てことない、その辺に売ってる生地なんだけど、やっぱあすこは特別なんだなぁ。流石はお貴族サマの国だよ」

「へぇ~……なんでそんなとこに行って来たんだ? あそこは日本妖怪が簡単に行けるとこじゃないだろ」

「去年、小袖姉さんが行って来なさいって伝手を使ってくれたんだ。外の国に行ってケンシキ? を広めなさいって。だから、手に入れられたんだよ。この生地は月光の夜露から織り上げた物なんだけど、さすが彼のお貴族サマ達が日常使いしてるだけあって、そこらの妖怪じゃまず傷一つ付けることすらできない優れ物だよ」


 機尋の説明を聞きながら生地を改めていた巫女は、しみじみと呟いた。


「いや、ほんとに良い生地だな。私が欲しいくらいだ」

「だろだろ? 夜の国に行った時はいつもよりちょっと多めに切ってもらったから在庫はまだあるんだけど、ほんとはあんまり出したくないんだよなぁ」

「そして、これを今からあの二人が着る服の生地として使うのか」

「うん……」


 互いにたっぷりの沈黙の後、ぼそりと巫女はまた溢した。


「勿体ないな」

「あっ、言った。確かにどんなに良い生地でも実体には勝てないけどさぁ」


 そこで巫女は何か思い付いたのか、「あ、そうだ」と声を上げ、「じゃあ、こういうのはどうだ?」とある提案を機尋と小袖に提示した。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?