いつも通り登校中に出現した影子に頭をわしづかみにされ引きずられるように学校へとたどり着き、いつも通り倫城先輩(ハルをつけ狙う完璧超人ホモ)にさわやかに挨拶をされ、いつも通り一ノ瀬三日月(ハルをいじめていたギャル)が朝の習慣である影子の靴舐めをし、いつも通り女王は玉座についた。
教室に一筋の緊張が走るのがわかる。ここでは誰もが影子の機嫌を損ねないことを第一に考えていた。完全なる独裁政治だ。
が、影子も暴君ではない。女王にふさわしい鷹揚さで、よほどの無礼を働かなければクラスメイトごときは虫ケラを見るような目で一瞥して終わりだ。唯一一ノ瀬だけはそんな影子のメス豚と化しているが、大半のクラスメイトはできるだけ平穏に過ごそうとしていた。
影子もバカではない。それをよく理解している。だからこそ、こうして毎日無言のプレッシャーをかけ、クラスの平和を保っているのだ。
折しも期末テスト明け、今日は成績表が返される日だ。影子にとっては初めてのテストだ、クラスメイト達は女王の優秀さを見定めようといつになくそわそわしていた。
「……はい、返し終わったな。各自、自分の成績をよーく分析して、より学力向上に努めるように。学生の本分は学業だからな? もうすぐ夏休みだからって浮かれてたら、秋の中間テストで泣きを見るからな!」
担任教師がそう言って教室を後にすると、途端にクラスメイト達がざわめき出した。
「……おい、あの高瀬が二位だってよ……」
「……万年学年一位のガリ勉高瀬が……?」
「……見ろよ、あの落ち込みよう……」
ひょろっとしていて眼鏡をかけている、いかにも勉強が得意そうな高瀬君は、さっきから成績表を握りしめてぷるぷると震えている。
ならば、一体だれが高瀬君を差し置いて学年一位になったのかという話になるが、ハルには関係のないことだった。
「はぁ、なんとか中の上キープ、ってとこか……」
「ふは、人間サマは大変だなァ、こぉんなチンケなイベントで一喜一憂して」
行儀悪く椅子にふんぞり返りながら自分の成績表をひらひらと適当に降っている影子に、ハルはむっとして言い返した。
「君なんて、どうせ赤点だろ? 授業中はずっと『影』で遊んでたし、自習するわけでもなく、夜は眠らなきゃいけないんだろ?」
そんな影子に勉強をする暇などなかったはずだ。せいぜい夏休みの補習を楽しむがいい、と密かにせせら笑っていたハルだったが、影子はそれ以上ににたぁ、と笑い、
「そんなにアタシの成績が気になるかぁ? んん? この成績表見てみたい?」
「いいよ! どうせ下から数えた方が早い順位だろ?」
「あ・そっかぁ。アンタはそういう妄想をしてるんだ。ざぁんねん」
やれやれ、と言わんばかりに肩をすくめる影子の手から成績表がこぼれ落ちた。
「おっと、いけね」
狙いすましたかのように雑談にふけっているクラスメイト達の輪の中心にひらりと舞い落ちた成績表。実際、狙いすましたのだろう。教室の女王たる影子の成績表に、一同の目が釘付けになった。
「……おい……!」
「……俺も見た……!」
「……私も……!」
「……ウソだろ……!?」
ざわめきがさらに高まる。優雅な手つきで成績表を拾い上げた影子は、びしっ!とその紙切れをハルの目の前に突き付けた。
ハルの目がおかしくなっていないのであれば……
学年一位は、影子だ。そう印字されていた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
その紙をわしづかみにし、疑問の叫びを上げるハル。
あの高瀬君の牙城を陥落させたのが、普段からいい加減にしか授業を受けていなかった影子だと?
悪い冗談だと思った。が、事実だ。
「ま、アタシにかかりゃ、こんなお遊戯みてぇなイベントなんざ朝飯前よ」
ますますふんぞり返る影子を、クラスメイト達が囲む。
「すっげえ!」
「さすが塚本さん!」
「勉強もできるんだ!」
「しかも学年一位だぞ!?」
「塚本さんならやると思ったんだ!」
などなど。女王を称賛する声があちこちから湧き上がる。
そのひとごみの隙間から、ハルは影子の耳にそっとささやきかけた。
「……君のことだから、どうせ種も仕掛けもあるんだろ?」
じっとりと湿った視線でそう尋ねると、影子は小さい子供のように愉快そうに笑ってささやき返してきた。
「……ちょっと『影』を使っただけだよ。あの高野クン? だっけ?? 役に立ってくれたぜー? さっすがオベンキョーにステ全振りしてるだけのことはあるわー。なので、回答を参考にさせていただきました♡」
てへ、と笑う影子を見て、ハルはなんとなく察した。
おそらくは『影』を使ってカンニングでもしたのだろう。影はそこら中にある。もちろん、高瀬君のすぐ後ろにも。その影と影子の『影』を接続して、回答を盗み見ていたのだ。
もちろん丸写しというわけにもいかないので、そこは適宜間違えたり、別途ノートなどのカンペを見たりしていたのだろう。
すべてのカラクリが解けた今、ハルはなんだか一生懸命勉強していた自分がバカらしくなってきてため息をついた。
「……君ってやつは……」
「ふは、世の中生き残んのはオベンキョーできるヤツじゃねえの、アタシみたいに要領が良くてスマートなヤツなんだよ」
「影子様!」
ふたりのないしょ話を、一ノ瀬の声が中断させた。
神のように崇拝するご主人様である影子が学年一位を取ったのだ。一ノ瀬は目をきらきらさせながら影子の足元に平伏し、
「素晴らしいです! さすがは私の影子様! ああ、どうか今日こそは私に責め苦を……!」
「うっせ、メス豚。なにが『私の影子様』、だ。ずうずうしい。てめぇのチンカスみてぇなお脳みそとは出来が違うんだよ。わかったらとっとと失せろ。目障りだ」
「ああん、影子様ぁぁぁぁぁ♡」
影子にげしげし蹴られながら、一ノ瀬は恍惚とした表情で影子の靴を舐めていた。かつてはハルをいじめていたギャルである一ノ瀬も、影子によって完全にドМ奴隷に仕立て上げられていた。イケナイ扉を開いてしまったのだ。