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動かないでと言われたけど、合図も何も決めてなかった件。



 さて、どうしたものかと考えを巡らせているうちに、無言のまま時間が過ぎていくけれども、状況としては特に変わった様子はない。強いて言えば若干緊張感が増したように感じるくらいだろうか?


 ……まぁ、緊張をしているのは彼だけなんだろうけど。如月さん、全く変化がありません。相変わらずの無表情です。


 そしてそうした進まない状況に痺れを切らしてか、彼はとうとう次の行動に出たようだった。


「その……俺は、君の事が好きなんだ! どうか、俺の恋人になってほしい!!」


 彼はそう言いながらガバッと頭を下げて右手を差し出していた。その様はまさに必死といった感じで、先程までの軽薄そうな雰囲気は全く感じられなかった。それだけ真剣な想いを抱いているということなのだろう。


 その気持ちだけは素直に凄いと思えるものだったが、果たして如月さんの心に届くかどうか……僕にはそう、それが分からない訳がなかった。


「……」


 案の定と言うべきか、如月さんは黙ったまま彼の差し出した手を見つめていた。彼の真剣な想いを前にしても、彼女の心情は決して揺れ動かない。


 その表情に変化はなく、何を考えているのかまでは分からないけれど、少なくとも好意的に思っているようには見えなかった。


 むしろ迷惑そうにさえ思えるほどである。そのことに彼は微塵として気づきはしない。頭を下げているからこそ、彼女の表情を伺えず、まだ可能性はあると淡い期待をしているのだろう。


「……」


 そんな無言を貫く如月さんに対し、彼は顔を上げて彼女の回答を待っていた。そして―――


「嫌」


 如月さんがはっきりとした口調で彼に向けてそう言い放った。


 ごめんなさいとかそんな謝罪の言葉ではなく、突き刺さるようなたったの一言。それはもう清々しいほどにきっぱりとした拒絶だった。


 うん、まあ、知ってたよ。だって、付き合うつもりも無く、告白されるのも嫌だから僕を彼氏役にさせているんだから、彼の告白を如月さんが受け入れるはずがないのだ。


 それが分かっているからこそ、僕は安心して見ていられた。この場にいる人のうち、彼だけがこの結末を知りえなかった。なんて茶番なのだろうか。


 ……ただ、ちょっと。ちょっとだけ、如月さんが告白をされる場面を見てしまったことは、僕を複雑な気持ちにさせた。


 僕が如月さんのことを好きだからこそ、他の人が彼女を好きになったり、彼女が誰かに告白されたりすることが嫌なのかもしれない。


 僕なんかじゃ釣り合わないって分かっていても、それでも、彼女の事を誰にも渡したくないと思ってしまう自分がいるのだ。


 そんなことを考えている僕はなんておこがましい人間なのだろう。本当の彼氏でもないくせに、こんな分不相応なことを考えてしまうだなんて。


 きっと、これは僕の独りよがりな感情でしかないのだろう。如月さんにとっては迷惑な感情だ。分かってる。そんなことは痛いくらいに理解しているつもりだ。


 けど、どうしようもないじゃないか。どうしようもなく好きなのだから、仕方ないじゃないか。


 そんな風に僕が考えていると、如月さんに容赦なく切り捨てられた彼は、振られたショックからかいびつな動作で自らの頭を掻いていた。


 そこからは、彼のやりきれないといった心情がありありと伝わってきて、見ているこちらの方が辛くなってくるほどだった。


 しかし、彼は諦めなかった。いや、諦めきれなかったのだろう。もう一度、彼女の方を見つめて言葉を発した。


「ど、どうして駄目なんだい?」


 震えるような声色で彼が問い掛ける。それに対して彼女は表情一つ変えずに答える。まるで他人事のように淡々と言葉を紡いでいくその姿はまるで機械のようでもあった。


「理由が必要?」


「必要だよ! 理由を教えてくれないと納得出来ない!」


 食い下がるように問い詰めてくる彼に辟易したのか、如月さんは深い溜め息を吐いた後にこう答えた。


「あなたに興味が無いから」


「興味って……そんな、それだけで!?」


「他に何か理由が要る?」


「ぐっ……それは、そうだけどさ……!」


 淡々と告げる彼女に対して、彼は悔しげに歯噛みしていた。しかし、それでもなお諦めるつもりはないのか、彼は尚も彼女に訴えかける。


「な、なら、せめて友達からでもいいからさ! お互いのことが分かれば、興味も持てるだろうし、お願いだから、一度考えてみてくれないか?」


「無理」


「即答!? いや、そこを何とか!」


「しつこい。私はあなたと関わり合いになる気はない」


 取り付く島もないとは正にこのことだと思う。これ以上ないほどの見事なまでの拒絶っぷりであった。もはやここまでくると逆に感心してしまうレベルである。もちろん皮肉だけど。


「そ、そんなこと言わずにさ……!」


「……はぁ」


 必死に食らいつく彼を前に彼女は何度目かの大きな溜め息を一つ吐いた後、心底面倒臭そうな表情をしていた。多分あれ、本心なんだろうな。


 というか、いい加減諦めてくれないだろうか? このままだといつまで経っても終わらない気がするんだけど……どうしよう? もう帰っていいかな? あ、駄目だ。帰れないんだった。


 そんなことを思いながら現実逃避していると、僕はあることに気が付いた。如月さんの視線が僕の方に向いていることに。


 既に彼女は彼を見ていなかった。僕に向けて視線を真っ直ぐに飛ばしている。気のせいとか自意識過剰とかではないはずだ。現に今もずっと僕を見ているし。


 もしかして……僕のことを呼んでいるのだろうか? それで僕を見ているのか―――いや、それは勘違いなのかもしれない。たまたま、僕と視線が合っただけで、勝手に僕がそう思っただけという可能性だってあるだろう。


 なので、僕は静観することを選んで二人のやり取りを見守った。すると、如月さんの機嫌がさらに悪くなったのを、僕は肌で感じ取った。そしてなんと、彼女は僕を睨みつけてきたのである。


 あ、これはあれだ。完全に呼んでますね。はい。そりゃもうバッチリと。どうやら、僕は選択を誤ったらしい。


 とはいえ、呼ばれた以上は行かなければならないので、僕は建物の陰から姿を現すことにした。そして二人の近くに歩み寄っていった。


「あ、あの……」


 恐る恐るといった感じに僕は二人に声を掛けた。本当ならもっと気の利かせた感じに声を掛けれたのなら良かったけど、僕にはこれが精一杯だった。


「あ? ……誰?」


 そう言って訝しげな視線を向けてくる男子生徒。その表情からは不信感しか感じられない。そりゃそうだよね。自分が意中の相手に告白をしている最中に、見ず知らずの男が突然現れたら誰だって警戒するよね。僕だってそうなると思うもの。


「あのさ、何の用な訳? 今、取り込み中なんだけど。見て分からないかな?」


 苛立った様子の男子がこちらを睨み付けながらそう言ってくる。正直怖いです。今にも殴り掛かってきそうな雰囲気すら感じるくらいだ


 でも、だからといってここで引くわけにはいかない。そう決意を固めた僕は意を決して口を開こうとした―――その時だった。


 僕が口を開く前に、如月さんが僕の傍に寄って来て小声で話し掛けてきたのだ。


「遅い」


「え?」


 突然の事に驚きつつも、彼女に視線を向ける僕だったが、当の本人は既に僕に背を向けていて、目の前の男子生徒に話し掛けていた。


「私、彼と付き合っているから」


 そう言いながら僕を指差す如月さん。その仕草には迷いが無かった。そしてそれを聞いた瞬間、彼の表情が驚愕の色に染まるのが見えた。それくらい衝撃的な発言だったのだ。


「は……? 付き合ってる……?」


 呆然とした様子で呟く彼。その様子を見ていた如月さんは、そんな彼を気にする様子もなく言葉を続ける。


「聞こえなかった? それとも理解出来なかった?」


 彼女の言葉に苛立ちのようなものを感じたのは恐らく気のせいではないだろう。実際、今の彼女は不機嫌そうだった。そんな彼女の様子に怯みながらも彼は問い返す。


「い、いや……聞こえたけどさ……えっと……」


 彼は何かを言いかけていたが、その言葉が最後まで続くことはなかった。何故なら―――


「そう。だからもう関わらないで。はっきり言って迷惑だから」


 彼女が有無を言わさずそう言いきったからだ。あまりにも冷たい物言いに僕も少し引いてしまったくらいだった。いやまぁ、確かにその通りではあるのだけれども……もうちょっと言い方があるんじゃないかなって思うんだよね。


 そんなことを考えている間に、如月さんは僕の手を掴んできた。彼女は僕を気遣うこともなく、そのまま引っ張って歩き始めたのだった。当然、引っ張られている僕はそれについて行くしかなくて、彼の前からあっという間に離れることになった。


 そして唖然とする彼を屋上に置き去りにしたまま、僕と如月さんはその場を後にしたのだった。





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