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第23話 自分の心を砕ける人

「うわぁ、全然変わっちゃいましたね。この道は見覚えありますけど、住んでたマンションがどこにあったのかもわからないや」


 あれから何週間かが過ぎた。

 アキは今、かつて自分が住んでいた場所を見て、その光景に思わず声を上げる。


 住んでいた頃は典型的な住宅団地だったはずが、今や商業施設と一体になった綺麗なマンション群へと変貌を遂げていた。

 その中にも日の当たりのいい公園があり、ベビーカーを押す主婦や走り回る子供たちの姿が見える。


「都市機能分散計画って言ってね。東京とかに一極集中してた人口を企業とセットで分散させたのよ。だから地方都市の古い建物は再開発がだいぶ進んだの」

「だから何も残ってないんですね。いい場所だなぁ」


 乗ってきた車に背中を預ける槇原の話にアキは納得した。

 子供たちのはしゃぐ声にアキはつい嬉しくなってしまう。


「……はい、これ」


 すると、槇原が何やら透明な袋に入った一枚のはがきを渡してくる。

 何かと思い取り出すと、それはいつの日か送った年賀状だった。


「あ……」


 そこには自分と妹、そして両親――在りし日の松里家の姿があった。


「君の親戚の家から、それだけ預かってきたわ。……他のものは全部、処分したそうよ」


 槇原の言葉を聞きながらそれを眺めていると、胸が暖かくなるのを感じる。

 懐かしい。楽しかった記憶がアキの脳裏に蘇った。


「っ……」


 けれど、そのアキの感情とは真逆の反応をしたのは槇原だ。

 振り返ると、彼女は目頭を押さえて泣いていた。


「槇原さん? な、なんで泣いてるんですか?」

「悔しいのよ……」


 アキはうろたえる。

 なぜ槇原が泣いているのか、見当もつかなかったからだ。


 しばらくして、槇原は涙声でこちらを見た。


「30年も経ってやっと戻ってきた君に、まともな写真1枚渡せないのが悔しいだけよ」


 優しい人だ、とアキは思った。

 こうやって泣ける人は少ないと思った。


 同情や共感はたやすい。けれど、槇原は悔しいと言ってくれた。

 槇原は他人のために、自分の心を砕ける人なのだ。


「……槇原さんのせいじゃないですよ」


 アキが慰めるように言うと、厳しい目つきが飛んでくる。


「私は君のそういうところが気に入らない」

「す、すみません」


 彼女のような人はだいたい強い。

 気を遣ったはずなのに文句を言われてアキはそういうしかなかった。



 ◇   ◇   ◇



「なんだか外国にいるような感じです」


 槇原の運転する車の助手席で、アキは流れる風景を見てそう言う。

 外国なんて行ったことないけれど、それは自分の知っている文化圏とはまったく違うところにいるかのような気分へさせるものだった。


 脱走したときから感じていたことだが、東京は随分と近未来チックなデザインに変わっている。


 街路樹やガードレール、足元の標識までが統一されて、今、走っている道路もなんだか見晴らしが良い。

 よく見れば電柱や電線がないのだ。


 そのことを槇原に言うと、今はユニット式で地面の下に埋められてると聞いて、アキは仰天する。


「再開発ってすごいなぁ」

「まぁ、それもあるけど、全部境獣が出た場合に備えてのことよ。今はどこにでも地下シェルターがあるから、警報が出たらすぐに逃げ込めるようにしてね」

「警報なんて、戦争してるみたい」


 あはは、とアキは笑うが、しゃれになっていないようだ。

 槇原は真っ直ぐに前を見ながら淡々と話す。


「そうね。……あ、もしかしてサイレンが鳴るとか思ってる? 今は違うわよ。その地域のスマフォに避難命令が一斉送信されるから、それに従えば大丈夫」


 言っていることはわかるのだが、あまり想像がつかない。

 アキは首を捻りながらも携帯電話が必要だということには気づいて、言う。


「ぼく携帯持って――」

「じゃーん。はいこれ」


 と、槇原は信号待ちの際にダッシュボードから取り出した箱を投げ渡してきた。


「いいんですか!?」


 アキは思わず歓喜の声を上げる。

 すると、槇原は微笑ましそうに笑った。


「ふふ、BOUND仕様の最新型よ。緊急時には衛星回線も使えるし、耐衝撃、防弾性能も防衛省のお墨付き。電話も暗号化できるわ。でもうちの情報部には筒抜けだからそのつもりで」

「わぁ、すごい! もっと普通のがいいです」


 テレビに映っていたカジュアルなものを想像していたアキは残念に思って肩を落とす。

 なんかよくわからないし、監視されてるみたいで気持ちが悪い。


「普通に使ってりゃ普通のスマフォよ。我慢しな」


 まぁ、しょうがないかな、と開けて見てみるが、使い方がまったくわからない。

 あとで説明書を見るしかないようだ。


 それでも新しいものが手に入ったことは嬉しい。


 やたらとゴツゴツしているスマフォを弄りながら、アキは窓の外を眺めるのだった。

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