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第32話 戦いと平穏の間

「水です」


 その場の大人たち全員が、こちらを見る。


「……なんだって?」

「【岩背負い】は水中だと凄い勢いで水を吐くんです。吐く前に下を向いて力を溜めるので魔法じゃないです。陸だと遅いし、硬いだけですけど」


 異世界での名前を出して言うと、大木はサングラスの位置を直した。

 そして、すぐにオペレーターたちに指示を出す。


「水圧カッターか……。今の情報を全ユニットに共有しろ」

「アキ、弱点などはわかるか?」


 聞いてきたのはマリアだ。

 アキは知っていることを全て話そうと思い、頷いた。


「一番脆いのは目だけど……シャッターみたいなのがついてて狙いにくいかな。あとは背中だよ。ずっと正面向いてるでしょ。本当なら陸にいて、硬い岩とかを背中にくっつけるんだ。岩の下の甲羅は脆いよ」

「アックスを二手に分かれさせ、目を狙わせろ。プリーストは背後からヘルファイアで背部を攻撃。火力を集中させろ」


 大木はアキの話したことからすぐに作戦を判断し、命令を下す。


 機銃とロケットの火線が両サイドから【岩背負い】の突き出た目を狙う。

 それを嫌がった【岩背負い】は腕を上げ、ヘリに向かって先ほどの水圧カッターを発射するが、当たらない。


 そこに大きめのヘリから発射されたミサイルが背部に当たり、【岩背負い】は悲鳴を上げる。


 そして立て続けに機銃が撃ち込まれ、海に紫色の血が広がると、巨大な蟹の化け物はゆっくりと海面に倒れ伏した。


 残り1体。


 そのとき、モニターのマップに飛び込んでくる2つの光点が現れて、アナウンスが流れる。


『ジャッカル、戦闘空域に到達します』

「対艦ミサイルの使用を許可。旋回後に同じく背部を狙わせろ」


 大木が指示を出すと、マリアが光点を指し示した。


「ジャッカルは爆撃機部隊だ。特にジャッカルワンはお前と同い年のパイロットが乗っている」

「そうなんだ」


 アキは学生の身で戦闘機に乗れることに感心する。

 だが直後にオペレーターの1人が困ったような顔で大木に振り向いた。


「ジャッカルワンが高度を上げています。直上から攻撃すると言っています」

「またか。やめさせろ」


 映像を見るとぐんぐんと真上に向かって飛んでいく戦闘機が見える。

 そして上空でくるんと宙返りすると、真下の【岩背負い】に向かって垂直に落下していった。


 【岩背負い】はそれに気づいたのか、体をもたげて上を向き、再び水圧カッターを発射する。


 ――危ない!


 アキはそう思ったが、戦闘機は水圧カッターをまるで反発し合う磁石のようにひらりと躱した。

 そして、戦闘機の下部がパカっと開き、白煙を上げてミサイルが発射される。


 ミサイルは落下の速度も受けてか、物凄い速度で【岩背負い】に迫り、その背中にささった。

 一瞬の静寂の後、紫の肉片をまき散らして【岩背負い】の背が爆散する。


「凄い!」


 アキは思わず口に出していた。

 真正面から撃たれた水圧カッターを躱す機動に、しっかりと背中にミサイルを当てる動きは見事なものだ。


 ジャッカルワンと呼ばれた戦闘機は機体を水平に戻すと、もう1機の戦闘機と合流して飛び去っていく。

 攻撃ヘリは念のためか爆散した個体に機銃を撃っていたが、反応はない。


「目標、沈黙したようです」

「周辺境界侵食度、急激に低下」


 オペレーターたちが言うと、大木は大きくため息をついた。


「作戦終了。全機帰投させろ。周辺海域の汚染調査が終わり次第、封鎖を解除する」


 大木が振り返る。


「君の的確な助言のおかげだ。アキくん」

「いえ。それよりも最後の戦闘機、凄かったですね」

「独断行動は組織としては良くないんだ。腕はいいし、結果も出すが、あの飛び方ではいつか死ぬことになる」


 そういうものか、とアキは思った。

 あの戦闘機のパイロットはあれが最善と判断して行動したのだろうに、組織というのは面倒そうだ。


「アキくん」


 そんなこと考えていると、大木が近づいてきて改まったように名前を呼んでくる。


「見てもらった通り、こうして我々は戦っている。ここが……これが【BOUND】だ」


 アキは言われて、周囲を見回した。

 戦いが終わった後もその後処理に多くの大人たちが動いている。


 その顔は皆、懸命で、戦闘のときと比べても慌ただしさは変わらない。


「僕に何をしてほしいんですか?」


 だから、アキは聞いた。

 大木はサングラスの位置を直して、その口端を吊り上げる。


「我々と共に戦ってほしい。君が先に見せた戦闘能力は今、我が国が所有しているどの兵器をも凌駕する」

「見返りは?」

「君の普通の生活。そして安全かな」

「矛盾してませんか?」

「だが、それが戦争だよ。君には戦いと平穏の間を行き来してもらいたい」


 なるほど。この人は戦いを知っているんだ、とアキは思った。


 国のどこかで兵士が血を流して戦っている間、市民は街で普通の生活を謳歌する。

 それが戦争だ。


 自分はその戦いと平穏の境界に立てと言われているらしい。


 ふと、アキは横にいるマリアを見る。その表情は毅然としたものだった。

 なぜそうしたのかはわからない。けれど、もし彼女にやめてほしいと言われたら、断ろうという気持ちがあった。


 ――なんでだろう。まぁ……いいか。


 アキはパイプ椅子から立ち上がる。


「僕は冒険者でもありましたから、報酬があれば戦います」

「決まりだね。……ちなみに敬礼はこうだ」


 大木が足を揃え、額に手の先を向けた敬礼をすると、アキはそれを真似してみた。


「では松里アキ。現時点よりBOUND陸戦部第ゼロ小隊【ブレイズ】に着任したまえ」

「よくわかりませんがわかりました」


 そう答えると、大木も含めて周りの大人が苦笑する。

 すると、またマリアに脇腹を小突かれた。


「もう少しキチっとしたらどうだ」

「いきなりは無理だよ」


 言うと、マリアは笑う。

 その顔にどこか既視感を感じながら、アキも笑顔を返すのだった。

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