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第34話 待ってるから

 汝、夢を見よ。

 結んだ因果は必ずや汝を導かん。

 導かれし先で、何を成すのか。

 契りの先で、何を得るのか。

 我はそれを見届けんために……。



 …………………………

 ……………………

 ………………

 …………

 ……



「いいか? これから君を別の世界――俺のいた世界に転移させる。最初は一人で寂しいかもしれない。だが、すぐに俺も追いつく」


 太陽の光の入ってこない、薄暗い石造りの地下室で、俺は少女の肩を掴んで言い聞かせた。

 外では兵士たちの怒号や魔法の爆発が起きていて、いつここが露見するかはわからない。


 やるなら今しかない。


「嫌っ! アキも一緒じゃなきゃ嫌!」


 彼女は首をぶんぶんと振って我儘を言う。


 しょうがない。


 俺の前ではいつも気丈に振舞っていたが、本当は年相応に我儘で、寂しい思いをさせてしまっていた子だ。

 こんな土壇場で彼女を一人、送り出すのも俺は苦しい。

 しかし、他にこの状況で彼女を守る術がなかった。


 魔王を倒し、英雄と称えられ、そして国敵として追われた俺には、彼女を匿えるほどの力はない。

 俺だって、できることならずっと一緒にいたい。彼女は多くの犠牲を出した俺の戦いの中で、唯一救えた小さな命だ。


「必ず君を迎えに行く」

「本当に……?」

「本当に。……約束だ」


 そう言って俺は彼女の唇に自分の唇を重ねる。

 少しだけ触れ合わせるつもりが、彼女の手が俺の首に回されて、強く体を押し付けられた。


 互いの熱が、体の凹凸が、心臓の音がわかる。

 そして、舌を絡み合わせる大人のキスをされて俺は思い直した。


 彼女はもう少女ではない。出会ったときから何年も経っていて、もう立派な女性なのかもしれない。


 だから、俺も信じよう。


 唾液が糸を引いて唇が離れたときの彼女の強い視線を見て、覚悟を決める。


 俺は身に纏っていた外套を脱いで、彼女の体を包んだ。

 そして、左手で床に書かれた魔法陣へと触れると、彼女の足元から魔法の光が発せられる。


「待ってるから……!」


 彼女は泣かない。目端に浮かべた涙が流れまいと必死にこらえていた。


 胸が苦しい。こんな思いをさせるはずじゃなかったのに。この子にはもっと幸福な未来を捧げたかったのに。


 彼女が光に包まれる。


「向こうでも――!」


 転移魔法が発動し、その光が消える直前に、俺は胸の内にある多くの言葉の中から1つだけを選んで叫んだ。


「向こうでも俺が君を守る! ――だからッ!」


 …… 

 …………

 ………………

 ……………………

 …………………………



 ◇   ◇   ◇



「あっ……」


 ……気がつくと、アキは天井に向かって手を伸ばしていた。

 そこはあの石造りの地下室ではない。現代に戻って与えられた自分の部屋だ。


 アキは伸ばしていた手で虚空を掴むと、起き上がる。

 ベッドの枕元ではスマフォが大きな音を立ててなっており、そこには文字が記載されていた。


 ――【緊急招集命令:202C】


 きっとまた魔物が現れたのだろう、とアキは思う。

 すると、暗い部屋に淡い光が灯ってソフィアが現れた。


『マスタ。呼ばれてる』

「そうみたい……。そんな頻繁に起こるものなんだね」


 時計を見れば、夜の三時だ。BOUNDの司令部で戦闘を見せられてから数時間しか経っていない。

 若干寝不足の頭でアキはパジャマから学校の制服に着替える。


「ソフィア。どこに魔物が出てきたかわかる?」

『Yes。ここから、近い。東京都内』

「そこに向かうよ」


 アキはそう言って窓を開けた。


 恐らく扉から出ればマリアと鉢合わせになってしまう。そうしたらアキは彼女に従わざるを得ない。

 アキは部屋の中で霊翼を広げて、月明かりのさす街へと飛び出した。


 窓が開けっぱなしになってしまうが、ここはマンションの最上階。泥棒も入ろうに入れないだろう。

 そうして建物の屋上を飛び移って、アキはソフィアの誘導に従って目的の場所へと急ぐのだった。

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