「あー……そ。じゃ、任せるわ」
突然現れたファンタジー世界のドワーフを思わせる男に、アキは片眉を上げた。
その男の奥で、【B】はどこか拍子抜けした様子で手を振る。
「ここで会ったか100年目! 此度こそ貴様を叩き潰してくれるわ! 【天翼】の!」
「すまん、誰だ?」
聞き覚えのある二つ名を呼ばれつつも、アキは目の前の男の素性がわからない。
素直に聞くと、男は愕然とした表情でショックを受けたようによろめく。
「わ、ワシを覚えていないだと!?」
「ああ、少し記憶があいまいでな。名乗ってくれ」
言うと、男は戦槌を振り回し、地面に叩きつけてポーズを取った。
「ワシの名はザルドル! 異なる世界より貴様を討伐せんために参った八英傑の一人!」
「こんなのがあと7人いるのか? 暑苦しいな」
「わかる~。汗臭いんだよね、このオッサン」
「まだいたのか」
なぜか同調してきた【B】にアキは視線を投げると、彼女は肩を竦める。
「挨拶だけしとこと思って。じゃあね、アッキー」
「ああ」
みすみす【B】を見逃すことに、アキは躊躇がなかった。
先ほどの戦闘で彼女をいつでも倒せることがわかったからだ。
それよりもアキは今、目の前で異なる世界から来たというザルドルに興味を抱いていた。
「それで。異なる世界と言ったな。アンタはどうやってこっちに来たんだ?」
「言わずもがな。エリアナ姫と国王による大魔法での移動よ」
それはアキの記憶にもある名前だった。エリアナ――アキを異世界に呼び出した王国の姫。そして、魔王を倒したアキを国賊としてやり玉に挙げた張本人でもある。
どうやら、事態はややこしいことになっているらしい。
「異世界からわざわざ俺を殺しにきたのか? それだけではないだろう?」
アキは問いつつも、どんな目的があるのか見当もつけていなかった。
このザルドルとやらは聞けばなんでも素直に話してくれそうだ、という考えの元に引っ掛けただけだ。
「当然! 貴様の所業により滅亡した王国の再建は我らが悲願なり!」
案の定、ザルドルは目的を高々に口にしてくれる。
「王国は滅亡したのか」
「貴様! 己が罪すらも忘れるとは度し難い奴よ……!」
はて、アキの記憶では王国が滅亡したという記憶もない上、それを自分がやったと言われる記憶もない。
この手の手合いは忠義という名の盲目の病にかかっていることをアキは知っている。
それは先ほど、ザルドルがエリアナの名前を口にしたときに察していたことだった。
「知らんものは知らん。その王様とやらが勝手に潰したんじゃないのか」
「おのれ! 世界を渡り、英傑となった我が力、存分に味わえ!」
どうやら話もここまでのようだ。
ザルドルはその体の重量を感じさせないほどの跳躍から、戦槌を大きく振り下ろしてくる。
それをアキは――片手で【無銘】を掲げて受け止めた。
「ぬうっ!?」
恐らく渾身の一撃だっただろうそれを防がれ、ザルドルの顔色が変わる。
そしてもう片方の【青翠】をザルドルの胴体へと振るった。
だが――。
「次から次へと……」
――それは虚空を切る。
見れば、ザルドルは戦槌を残して遠くの地面に着地するところだった。否、降ろされたというべきか。
ザルドルの傍らで、細剣を持った甲冑の騎士がこちらに向き直る。
「【天翼の勇者】を狩るには我らの力を合わせなければならぬ。わかっているのか、ザルドル」
「セルヴァーン騎士団長殿……!」
ザルドルは【青翠】が直撃する前に、甲冑の男によって助け出されていた。
兜で顔は見えないが、背が高く、すらっとした印象を受ける。
声の重みからもザルドルよりはやり手だ、とアキは相手の戦闘能力を推し量った。
「【天翼の勇者】よ。我らとの決着の場は用意している。残念だがここは退かせてもらおう」
「お前たちの事情に付き合う義理はない」
「貴様の女の首が落ちることになるぞ」
セルヴァーンと呼ばれた騎士の言葉に、アキは眉を顰める。
「……誰のことだ?」
「すぐに明らかになることだ。取り戻したくは1人で来るがいい」
セルヴァーンはそう言うと、細剣を大きく振るった。
すると、その細さからは想像できないほどの剣風がアキを襲う。
思わず防御してしまい、視界が晴れた時、そこにはザルドルとセルヴァーンの姿はなかった。
「ちっ……」
『周辺に敵性存在なし』
逃がしてしまったらしい。
アキは霊翼を畳み、両手の武器を虚空へ散らすと、軽い頭痛を覚える。
何かが頭の中を引っ掻いているようだ。
それはセルヴァーンの言っていたことか、それとも先ほどの魔物から得た宝玉の影響か。
悔しさと痛みに奥歯を噛んでいると、やがて茂みを割ってアキに近づく人影があった。
槇原だ。
「アキくん!」
その声にはどこか抑えきれない焦燥を感じる。
アキはそれに嫌な予感を感じつつ、顔を上げた。
「マリアは!? あの子、司令部に来ていないの!」
「え……?」
槇原の心痛な顔を見て、アキはようやく自分が判断を誤ったことを悟ったのだった。