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生人形地獄変
生人形地獄変
CHIHARU
ホラー怪談
2025年04月21日
公開日
6,463字
連載中
美しい刑事の周りで連続する猟奇殺人&イケメン管理官とのブロマンス 登場人物 土御門一博:警視庁刑事部捜査第一課特命捜査対策室第六係、通称猟奇殺人事件係の刑事。24歳のイケメン。 父忠刻は警視総監、母水月は有名な霊能力者。 父母に反発して半グレだった過去を持つ、暴力至上主義者。 廃墟マニアでもある。 小四のときレイプされたトラウマが、途中で明らかになる。 日向潤管理官:警察キャリア。高身長の美男子。すかしたメガネ男子。一博の上司で庇護者で、ついでに奴隷? 忠刻に片思いだったが…… あらすじ 土御門一博刑事は、関わりがあった男が次々惨殺され、日向保管理官とともに捜査に当たる。 一博は小四の時以来、何度も、美女の影を見ていた。 孤島定家葛島へ誘き寄せられた一博は、千姫を模った生人形に捕らえられる。 千姫人形と土御門家とは、明治の頃から深い因縁があり……。 ※作者の趣味嗜好を盛り込み過ぎな作品ですが、お楽しみいただければ幸いです。 ※なお、ウェブにアップするため、もとの原稿を大幅に刈り込んでいます。

第1話  プロローグ 燃やされた男

 完全な不完全――それは『ひとがた』






 気がつけば見知らぬ山の中だった。

 慌てて車のブレーキを掛けた。

 時刻は午前二時を過ぎている。



 静寂の中、ヘッドライトだけが、行く手の深い闇を照らしている。

 底知れない夜気の漂う道は、車がようやく通れる幅だった。



 カーナビは青梅市のN街道にある吹上峠を表示していた。



 道の先に、古いトンネルが黒い口を開けている。

 どうやら廃道に迷い込んだらしい。



 往来が絶えて久しい路面には、青々した葛植物が繁茂し、道の両側から木々の枝が覆いかぶさっている。


 よく見れば枝は枯れ、白々とした枝にも蔦植物が絡み付いていた。



 突然、エンジンが止まった。

 いくら始動させようと試みても無駄だった。


 ボンネットオープンレバーを引いて車外に出た。



 木々に切り取られた空に月どころか星影すらなく、辺りは真の闇だった。

 トンネル内の壁を伝って流れ落ちる水の音だけが、微かに聞こえてくる。

 その音に交じって……。




 シュ……シュ……




 トンネルの奥から、水音とは違う音がかすかに聞こえてきた。




 シュ……シュ……シュル




 ひそやかな音がしだいに明確な音に変わっていく。




 衣擦れのような音だった。

 背中をゾワリと悪寒が走った。



 音がピタリと止んだ。

 耳を澄ませたが、もう水の音しか聞こえない。


 気を取り直してボンネットに手をかけたときだった。




 シュル、シュル、シュル




 突然、音が間近に聞こえてきた。


 息を詰めてトンネルの中を凝視した。


 光る影がおぼろげに見えた。

 しだいに輪郭を形作っていく。

 漆黒の闇から何者かが立ち現れる。




 シュル、シュル




 衣擦れの音のみで足音は無かった。




 ライトの中に、花嫁衣裳のような白無垢に身を包んだ女の姿が浮かび上がった。


 不自然なほどの白さが闇に輝きを放つ。

 気配がまがまがしい。


 女がこちらに視線を向けぬまま口を開く。


「お迎えにまいりました」


 優しい声音が闇に広がって解ける。


 女の目が闇の中、燐光のようにきらめく。


 綿帽子を被っているためハッキリ見えなかったが、雪のように白い肌を持ち、人形のように丹精な顔をした若い女だった。



 女には、黄泉路から引き返してきた者が持つ忌まわしさがあった。




 滑るように車に近づいてくる。


「アッ」

 肩先をトンと突かれただけで吹っ飛ばされ、背中から車の前面に激突した。


 態勢を立て直して、得意の空手技で攻撃を掛けた。


 だが女は柳のような身のコナシで飄々とかわす。


 打ち掛けの長い袖が、引きずる裾が、白い光を放ちながら闇に舞い踊る。

 夢の中のように現実味が無かった。


 攻撃は手もなく、やり過ごされる。

 息が切れる。

 胸が痛い。




 悪夢の真っただ中にいるようだった。

 だが、打撲による背中の痛みが現実だと教えている。


 辺りを覆う湿った闇に、ジャスミンに似た花の香りが匂い立つ。


 車内から警棒を取り出した。

 フリクション・ロック方式の警棒を勢いよく振り出す。

 鋭い金属音が静寂に響いた。



 警棒で女の二の腕を強打した。

 だが、手応えだけで、ダメージを与えられなかった。



 女の体の背後に冷たい炎が燃えさかる。

 鬼気迫る姿に気圧される。

 人智を越えた化け物に対しては畏怖の念を抱くしかなかった。


 舌がこわばる。

 深呼吸をして胸の鼓動を抑えた。




 どうあっても……守る!

 コメカミを流れる赤い血潮が波打つ。


 一点に気を集中して警棒を振るった。

 渾身の一撃が女の額を強打する。




 パリン




 陶器が割れるような音が響いた。

 綿帽子の純白が光を放って宙を舞う。

 黒髪に縁どられた女の顔があらわになった。


 パックリ割れた額から、鮮血がタラタラと流れ出す。


「よくも、わらわの顔を……」

 右手で傷口を押さえ、激しい怒りに顔を歪ませる。



「どうしてくれようぞ」

 女の左手の指が突き出された。

 文金高島田に結い上げられていた髪が解け、虚空に広がっていく。


「ウッ」                              

 足が地面に縫い止められたように動けなくなった。

 握りしめていた警棒が、カサリという音を立てて、蔦植物の海に落ちた。

 足元に茂った蔓が伸びて体に巻き付いてくる。


 足首から下が、火に炙られたように熱くなる。

 絡んだ蔓が燃えている。



「ジワジワ焼き殺してやろうぞ」

 女がけたたましい笑い声を上げる。



 炎は一気に燃え上がることなく、足首からフクラハギへと、しだいに這い上がってきた。



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