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第20話

 そして3ヶ月が経ったある日、大きな試合に向けてのスタメン発表で、笹良はレギュラー入りした。俺は控えの選手として選ばれた。黄金のレフティから、短期間でレギュラーを奪った異例の選手として、笹良は大学構内で、突如注目されることになった。


 以前とは違う、笹良との距離。ガラッと変わった環境下、驚きながら困惑しているアイツの周りには、いつも誰かが傍にいた。それはまるで、俺から笹良を守っているようにも見えた。安易に近づいちゃいけないと思わされた。


 そんな笹良に喋ることができる唯一の時間といえば、練習が終わってからの帰り道だけ。


 大学を出て、約5分ほど歩いた先にある、上り坂の頂上の交差点で別れるまでの、ほんの僅かな時間。夕日はとうに落ち、街灯がふたり分の影を作った。


 重なることのない距離のある影をぼんやりと眺めながら、重たい口を開く。


「笹良、スタメン入りおめでと。やったな」


 絞り出した声でやっと告げた。本当は発表された日に言いたかったのに、いろんな感情がないまぜになってしまい、なかなか言えずにいた。


「ひどい顔でおめでとうなんて、心にもないことを言うなよ」


「そんなことない! やっぱり笹良はすげぇよな。俺が見惚れただけある」


 これ以上嫌われないように、必死になって笑顔を作りながら褒めると、笹良が俺の首根っこを左腕で絡めた。日頃俺がする、ボディタッチのようなそれを不思議に思いつつ、そっと顔をあげると、大きな影が覆いかぶさった。


「うわっ!」


 驚きのあまり、思わず声をあげてしまった。そんな声に物怖じせずに、笹良は唇を重ねる。勢いが余ったのか、それとも角度が悪かったのか。互いの歯茎が当たった衝撃に、さらに驚いた。


「うっ!」

「ごめん。自分からこんなことをしたのがはじめてだったから、加減がわからなくて」


 笹良は俺の首から素早く腕を引き抜き、後退りしてちょっとだけ距離をとる。


「おまえ、なんでこんなことをしたんだよ?」


 俯きながら自分の唇に触れる笹良に、上擦った声で訊ねてみる。


「うーん。お礼って感じ」


「お礼? なんのだよ?」


 礼をされる覚えがなかった俺の頭の中に、たくさんの疑問符が浮かびまくった。


「ほら、短期間でイップスを治す練習メニューを、わざわざ作ってくれたり、いろんなアドバイスをしてくれたろ」

「確かに……」

「他にも練習と称しながら、俺の躰に触れたりしてさ。そんな加賀谷にキスしたら、きっと喜ぶだろうなと、俺なりにお礼を考えた」


(俺としては、さりげなく触れていたのに、笹良にはバレバレだったのか)


「まさか笹良から、こんなことをされるとは思っていなかった。だって勝負に負けた俺は、もう付き合えない対象なわけだし」

「加賀谷は、このまま諦めるのか?」

「へっ?」

「俺から、レギュラーを奪還する気はないのか?」


 告げられた言葉の意味が一瞬わからなくて、ぽかんとしながら笹良を見上げた。

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