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恋のマッチアップ番外編 膠着状態

 加賀屋の黄金のレフティは、滅多にゴールを外さないと思っていた。しかしながら最近にいたっては、練習でもゴールを決められない機会が増えたため、当然レギュラー入りすることなく加賀谷は補欠のまま。俺はレギュラー入りをなんとか維持している。


 休憩時間になったので、タオルで汗を拭いながら加賀屋の姿を探す。目立たないようにするためなのか、体育館の隅っこにひとりきりで座っていた。


「加賀屋!」


 思いきって声をかけると、見るからに渋い表情を顔面に作り込みつつ、大きなため息を吐いてから口を開いた。


「お疲れ……。調子良さそうじゃん」


「加賀屋らしくない。もしかして、イップスになったんじゃないだろうな?」


「残念ながら、たぶんなってると思う……」


「マジかよ!」


「ああ。恋という名のイップスにな!」


「は?」


 堂々と告げられた、くだらなすぎる内容のせいで、思いっきり呆れたまなざしを飛ばしているというのに、加賀谷はまったく気にならないのか、瞳をキラキラ輝かせた。


(――まったく。さっきの暗い表情は、加賀屋なりの演技だったのか。そうまでして俺の気を惹きたいなんて、本当に物好きなヤツ!)


「だってさ、レギュラー入りしたら、めでたく笹良と付き合えるじゃん。そのあとのことをアレコレ考えたら、妄想がどんどん広がって、頭の中を支配するんだ」


 神妙な顔つきから一転、デレっとした表情に変化した。正直なところ、イケメンが台無しになっていると思われる。せっかくのイケメンが崩れている理由は、いただけない妄想のせいだと、容易に想像ついた。


(傍に駆け寄って加賀屋を心配した、俺がバカだった――)


 額に手を当てながら、眉根を寄せて後悔する俺を見ているのに、加賀屋は弾んだ口調で言の葉を続ける。


「誰とも付き合ったことがない笹良と付き合ったら、この俺が笹良のはじめてを全部独占できるだろ。それを考えただけで、嬉しくてたまらなくってさ」


「悪いけど、このままゴールの成功率が下がり続けていたら、いつまでたっても俺と付き合えないと思う」


 最悪の事態をキッパリ言いきったというのに、加賀屋は利き手の左手を見せつけながら微笑んだ。追い詰められているというのに余裕のありすぎる態度は、間違いなく試合ではとても有効だろう。


「だってさ、しょうがないだろ。ゴールを決めようと左手を伸ばした瞬間に、めちゃくちゃエロい笹良の姿が、これまたばっちりチラついちゃってさぁ。ドキドキして、思わず外しちゃうわけ」


「そんな説明されても、同情しないからな」


 ここぞとばかりにレフティの手首を見せつけながら、意味なく前後させる加賀屋に、冷たいまなざしを送ってやった。


「え~、これって笹良のせいなのに?」


「俺のせいじゃない。加賀屋の卑猥な妄想のせいだろ!」


 目の前にある手首をぎゅっと掴んで、無意味な動きを止めた。


「加賀屋がこのまま試合に出ないなら、友達付き合いもやめようかと思う」


「ちょ、いきなりなんで?」


「加賀屋のやる気が違うものに変換される以上、恋人はおろか友達付き合いすらしちゃいけないだろ」


 掴んでいた加賀屋の手を放り投げ、首にかけたタオルで額から流れ落ちる汗を拭う。


「そんなの、そんなの嫌に決まってる!!」


 立ち上がりながら叫んだ加賀屋の声は、体育館中に響き渡り、あちこちからこちらに視線が突き刺さった。


「加賀屋落ち着け、みんなが見てるって」


 慌てて立ち上がり、加賀屋を宥めるべく肩を叩いて座らせようとしたが、躰を硬直させてそれを拒まれた。


「他の奴らなんて関係ねぇ。今は笹良と話をしてるだろ」


「チーム内の小競り合いを見られたら、監督だって心配する。ただでさえ調子のあがらない加賀屋を、他のメンバーも心配してるのに」


「全部笹良が悪い! 笹良のせいだからな!」


 最低なことを怒鳴った加賀屋に、ほとほと愛想が尽きた。


「はいはい、俺が悪いんだよな。おまえのポジションとったり、集中できないようなエロい格好で、頭の中に出演してるみたいだし」


 もう勝手にしろと語尾につけて、ぷいっと顔を背けながら加賀屋から離れる。アイツがどんな顔をしているのか、まったくわからなかった。

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