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第2話 お船に乗ってチュートリアル パレード



出発の朝。


私は両親と食事を取って、迎えを待っていた。



本当に、私、あの熊みたいに大きな男の人に引き取られるの?


ドン引きだよ。


お父さんの高校の先輩って。


思ってたより年上だった。


30歳前半だと思ってたのに、実際はもっと年上。


年の差もあるけど。


せめて、愛想が良かったり、優しかったり、親しみが持てたり、そんな要素が一つでもあればまだ自分を誤魔化す材料に出来るが。


それらが微塵も無い。


いっそ不細工なら良いと思う。


容姿は良い方だが、目つきと表情が良くない。


犯◯者みたいに、何と言うか⋯⋯凶悪そうな顔だ。


いつも、しかめっ面だし。


気が乗らないが、今更逃げる訳にもいかず、待っていた。





しばらくして、昨夜と同じ黒塗りの車がやって来た。


玄関前で車を停め、氷室という男と見知らぬ青年が車から降りてきた。  


お父さんは、驚きの表情で駆け寄った。



「柚木崎君かい?」


「はい、おじさん。ご無沙汰しています」



お父さん、この新参の若い人の事、知っているんだ。


私は知らない。


でも、昨日の話に出て来た。


確か引っ越した先を隠してたのに、りゅうに私の行方をリークした人の名字。


氷室さんは【柚木崎と言う人の息子】だと言っていたけど。



「亮一君、いくつになったんだい?」


「今年、17歳です。娘さんよりひとつ上です」


「そうだったね。娘は、君と同じ学校に通えるのかい?」


「勿論です。同じ特待生待遇で迎え入れられます」


私は玄関に出迎えに出る父の後ろから一緒に出たが、昨日今日会った人とこれから旅立つ事は、仕方ないにせよ。



積極的にも、好意的にも、なれるはずがない。


そもそも、私はどちらかというと、人見知りするタイプだ。




私は面と向かって二人の前に立てず、でも、何だか見ないのも不安で。


結局、伏し目がちに氷室さんと柚木崎と言う青年に視線を定め、そして反らした。


2秒が限界だった。


いや、もっと、短かったかも知れない。



氷室さんは、何か怖そうだし、年齢もかなり離れてるし。




今日初対面の柚木崎と言う人は歳は1つ上ってかなり親しみ持てそうなところだが。かなりのイケメンだ。



私みたいな陰キャには、不釣り合いだと周りは思うだろう。


仲良くなれそうな気がしない。


特待生待遇と言う言葉に、父は怪訝な顔を浮かべて、溜め息をついて言った。



「……そうですか。 私がいた頃は、丁度、神木 要様と菅原さんと氷室さんが先輩に居ましたが、それ以外は、千都世と亮一君だけですよね。 開校以来の特待生は」


「いいえ、今年は既に二人居ます」


「二人も?!」


「えぇ、学園がざわついてますよ。 在校生に特待生が4人なんて、と。

以前、特待生が三人在校した時、何があったんですかね?」



そう言って、柚木崎さんは氷室さんに視線を向けた。


「さあな。俺は知らん」



お父さんは、顔をしかめている所を見ると、何か知っての事だろう。




「とは言え、彼女は正に学園に相応しい特待生です。 だって、そうですよね」



「私のような卑称な者が言うのも本来おこがましいのでしょうが、私が知る理(ことわり)が、娘に本当に当てはまると言うのなら」



全然わからないが、何か物凄く、自分が厄介な立ち位置に思えた。


特待生って、私の一番の個性なんて、唯一在るなら、たぐいまれな低血圧と無気力位だ。


勉強は中の下、運動だってそうだ。


虚弱体質だし。




そんな私を特待生にするなんて、こんな馬鹿げた事ないよ。



※     



「思い残すことはないか?」


ひとしきり、柚木崎さんと父の話が切り上がるのを待って、氷室さんがそう切り出す。


父が後ろに隠れるように立っていた私を振り返り、頭を撫でた。



「大丈夫だ。いっておいで」


「行かなきゃダメ……かな」



今さら、やっと言えた自分に、私が驚いた。


本当は、やっぱ両親と離れるが嫌だったのに、それが言えないでいたのに。


それがやっと言えたから。



「今、行かなくても、いつか行くことになるはずだ。そこに、いなければいけないのは、お前の運命だった。 今まで、それを免れて来たのは、お父さんとお母さんのわがままだった。私達は、もうそれを使いきったんだ。だから、もうこれからは、それから逃げてしまえば、お前の立場は今までとは比べ物にならないほど、危険なものになる。   行きなさい」



父は今まで、優しく、一度も私に対して今回の事を強要したりしなかったのに、今、それがそれに変わった。


私は、やっと泣いた。


心に渦巻く恐怖・孤独・不満を泣くことで表に出すことがやっと出来た。



運転席に氷室さん、助手席に柚木崎さん、後部座席に私が乗り込み、車は私の家を後にした。



しばらく車に揺られて私は気がついた。


私が4年前まで暮らして来た街は、九州の北側で、今自分がいる場所が四国だと言うことに。



「あの……まさか、車で行くんですか?」



私の質問に、運転中の氷室さんがバックミラー越しに視線を向けた。


バックミラー越しに垣間見る氷室さんは、無表情で、無感動そうで、親しみの持ちようがない。


「車ごと船に乗って帰る。つくのは明日だ」


新幹線か飛行機なら、今日中に着いたのではないか?


思わず、そう言葉にしてしまいそうだったが。


生意気な事を言って、二人の不興を買いたくない。


「わかりました」



そんな忖度(そんたく)を脳内で繰り広げた結果、私は、その話を切り上げた。






予告通り1時間程車に揺られてたどり着いたのは港で、途中何度かゆりかごのように絶妙な運転に眠りそうになる度、氷室さんに声をかけられ、ずっと起きていたが、昨日きちんと寝た割に何度も眠たくなって困った。



船に乗り込み手荷物だけ持って、二人に船室に連れて行かれて私は驚愕した。


ベッドが4つある部屋だが、まさか。


3人同室。


気まずい。


ってか、見ず知らずの男女が3人って、問題ないだろうか。


氷室さんは、おっさんだし。


柚木崎さんは、イケメンだし。


私は、未成年で、生物学的上、女なのだが。



おかしくないかぁああああ~~!!ヽ(゚д゚ヽ)(ノ゚д゚)ノ!!



「そろそろ、お昼にしない。 お腹減ったろ?」


「はい」


柚木崎さんの提案に乗って返事をすると、感情のない声で氷室さんは顔を背けた。





「俺はたばこ吸ってから行く。先に行ってろ」



柚木崎さんに連れられて、船内の食堂の自動販売機コーナーで冷凍食品を買い求めた。 恐ろしいことに船内にレストランはなく、食べ物も飲み物も自動販売機で買う仕様だった。



お好み焼き、パスタ、助六寿司、焼き飯などがあって、私はパスタとミルクティーを選んだ。


全部、柚木崎さんが出してくれて、奢って貰えて恐縮だった。



「博多に着いたら、きちんとしたところに連れていってあげるよ。ごめんね、冷食とかで」


「いえ、ありがとうございます」



四国に来てからの住まいが田舎で、お母さんの料理は手作りばかりだったから、逆に新鮮で嬉しかった。


お母さんのごはん、美味しかった。


これから、しばらく、と言うかいつまでかわからない位食べられなくなると思うと、悲しくなった。


お礼を言っておきながら気持ちを落ち込ませる私の様子を気取って、柚木崎さんは苦笑した。



「やっぱり、嫌かな?」


「そんなことないです。  本当に」


「そうかな? 無理、してない?」


「ご飯嫌じゃないんです。 でも、……お母さんが今まで作ってくれたけど、これからはもう食べられないと思うと、寂しかっただけですから」



思ったことはちゃんと言わなきゃ、誤解されちゃう。



「寂しいなら、今夜は一緒に寝てあげるよ」



ん?



は?



一瞬、その場が凍りついた気がした。


そう言った柚木崎さんも含め、二人で硬直して、柚木崎さんが慌てて言った。



「今の忘れて、僕じゃない。僕が言ったんじゃないから」



いや、今、間違いなく柚木崎さんが言ったじゃないか。


困惑する私に柚木崎さんは苦笑いで言った。



「とにかく食べようか」


「はい」



食べ始めて暫くして、煙草を終えた氷室さんが、手にお好み焼きと烏龍茶を持って食卓に着いた。






私達は食後、船の展望デッキのテラスに場所を移した。


船からの眺めに感動する私をひとしきり自由にさせた後、氷室さんは私に契約書を渡してきた。


「これが、土地の権利書、登記簿謄本。これが、入学手続きの書類。 財産の贈与書。司法・行政・税理関係諸々の法律関係の顧問契約書。 後、お前の未成年後見人になる為の契約書。 お前が記入するところはわずかだ。 お前が記入する必要の無い書類もあるが、事実認識は必要だ。全部目を通して、記入したら、俺が預かる。写しが出来たら、後ほど渡す。 失くされたら困るからな。悪いが済ませてくれるか」


えっ、なにそれ。


困惑する私の前に結構な枚数の紙束が広がる。



「土地……私が貰うんですか?」


「そう言う決まりだ」



知らん。


どんな決まりだ。



「なんでですか」


「そう言う決まりだからだ」



あれ、私が貰うのか?と言う質問の答えと被ってないか?



「説明がよくわかりません」


「自分の、頭の悪さを他人に押し付けるな」



怒った。


氷室さんが怒りおった。


否、間違いなく分かりにくい説明だよな。


氷室さんの傍らの柚木崎さんに助けを求めるように見つめると、苦笑いだ。



「氷室さん、一応彼女を弁護するけど、彼女には、基本記憶がないんだよ。何の前提もなく事実を色んな事情をかいつまんで、なるべく簡潔に説明したのは、氷室さんの気遣いあってだと思うけど、仕方ないんじゃないかな?」


「……だったら、答えを変えよう。 理由は聞くな。 そのうち、分かる」



説明する事を回避するなんて。


何だよ、もう。



「取り敢えず、必要なんですか?」


「阿呆、必要ないなら、この時間自体、俺の用意したこの書類自体が何のためだ」



「ですから、私はですね、貴方の言葉を借りて言えば、その【何のため】が理解出来ないんですよ……多分」





何か色々釈然としてないし、特に未成年後見人の書類に目が海原に飛んでいきそうになったが、私は全ての書類にサインし、出がけに父が私の実印にするよう渡した判子を押した。


夕食はまた冷食を囲んで、ひとりになりたくて大浴場に行った。


異性だから、ここならと思った。



「きゃあっ」



湯船に浸かって、オーシャンビューを眺める私に飛んでもないものがやって来た。



「やっと会えたな、りりあ」


「りゅう、どうしたの?」




ガラスの向こう側に全裸のりゅうも衝撃的なのだが、顔の半分が赤くは腫れていて痛々しそうだった。


とりあえず、目を閉じてみて確認してみたが。


夢の中だった。


目を閉じても、姿が見える。


なぜ、いつも全裸で現れるんだ。



変態めっ。





「ああ、俺が空を飛んでいるのが不思議だったのか?」


「急に出てきて、その上、顔が腫れてるのがだよ」



あと、不思議よりも全裸の成人男性への恐怖が強い。


りゅうは当たり前のようにガラス窓を超えて、私のところまでやって来た。



一昨日、みたいな事、またしに来たのなら、今度はちゃんと逃げたい。


もう、嫌だ。



痛いし、恥ずかしいし、気持ち悪い。




這いつくばって浴室を飛び出した洗い場をダッシュしたが、鳥が羽ばたくように優雅に舞い上がって、私の前に立ちはだかった。



「ずいぶん嫌われたものだな。逃げるな」


「いや、えっと、今日は何のご用かなって、私になにを……しに来たのかなって…」


「死に物狂いに逃げようとしてないか」


「事と次第によってはそれも辞さないです。貴方、私にナニをしたか覚えてますか? 私は未成年だよ。 犯罪の認識ないの? 貴方、私を無理やり……その、夢とはいっても」


「最近の人間は、特に若い淑女は婚前交渉におおらかで、わずかな金銭で相手に好きにさせて孕む者も多いと思っていたが、そんなに気に病んでいるなら、消してやっても良いが?」


「消す? えっ、何を?」


「俺と肌を合わせたあの夜をだ。 心の純潔をトリモドシタイなら、俺は叶えよう。 お前はそれを望んで、願うのか?」


何だよ、その理屈。


確かに記憶が、なければ苦しまないし、怖くない。


でも。


「事実は残るでしょ。私を、あなたは」


「そうだ、俺はお前を抱いた。 でも、他のモノも多くがお前を抱いた。

それもすべて、一緒に……。 全部を、だ。 煩わしいなら消してやる。 今少し、自分を綺麗だと、思って居たいなら、それも良いだろう。 俺はお前が生きている限りは、お前に力を与えるし、傍にいる」


りゅうは、私の手を引いて抱き締めた。


りゅうの身体は熱くて、そう思うだけ、私にその熱がじんわりと入ってくるのがわかった。


「きゃあっ。 やめてよっ。 何をしているの?」


「昨日使った分だけ、また蓄えておけ。一昨日とは違って微々たるものだが、周りが怒るから、致し方ない」




誰かに怒られたって……。


だ・れ・に、怒られたたんだよ。


逮捕しろよ。



「大体、何でいつも全裸なの?」


「服を着て欲しいのか? お前だって、今日は全裸じゃないか」


「お風呂で服は着ないでしよ」



少し、りゅうは考え込んで、私に言った。



「では、風呂以外の場所では服とやらを着てやろう」






付け加えて、お風呂に入っている時に現れるのもやめてほしいと思った。







カラダが熱い。


インフルエンザで、高熱が出た時みたいに苦しい。


なんで……。



不意に唇にひんやりとした感覚が走り、感触は柔らかく、味覚ははのかに苦かった。


その感触に触れた途端、身体を駆け巡る熱が、そこからスッと逃げていく。


頭で理解するよりも先に、直感でそれを求めた。


もっと、強く。 もっと、沢山。 もっと、奥まで――。


本能がそう叫んでいた。




「……」



「……」




熱が落ち着いてきて、小さな話し声が聞こえてきたが、倦怠感に勝てず、身体に力が入らなかった。



「オーバーDOES【過剰摂取】か……。 頭がおかしくなりそうだ」


「何も、氷室さんがもらわなくてもよかったのに」




「不可抗力だ。まさか、してくるとは、思わなかった」


「まぁ、それにしても。 本当、優秀すぎだ。 僕は、自己回復が出来ない」



氷室さんと柚木崎さんの声。



「元々、りょうが体質上、出来ない仕組みだからな……。そこは、比べ用がない。例えるなら、りりあは光合成して、りょうはそれを栄養にする者だ。 植物と動物の違いに似てる」


「りゅうは、力の源の入手方法ってりりあ側なの?それとも、僕側なの?」


「俺か? だった、両方だ。   出てけ、暫く出てくるな」



氷室さん、まさか多重人格……?



「はは、氷室さん、怒ってますね。戻ってこれました?」


「あぁ、当分はカラダは貸さない。何するか分かったものじゃないからな。 当然だ。 俺であって、俺じゃない存在……だが、間違いなく俺だ。 なのに……」


「それだけ、僕たち……負荷をかけすぎたってことかもね」


「負荷?」


「誰よりも、この四年、りりあの帰りを誰よりも待ってた。 正に、そう言う事だ。  俺を殺しかけてでも、 龍一と亮一で俺とりゅうで、りりあのところに行かせたのは……。アイツの我慢が限界に達して、もう待てなかったからだと思えば、ギリギリ納得できる。  するしかない。  まあ、俺は別に滅んでも良かった。亮一が残ってそれで、終わりで」


「りょう、出てきたのか?」


「そうだ。 ヒッキー」


「ヒッキーはやめろ。 二度と呼ぶな」



ヒッキー、氷室さんの事?


柚木崎さん、突然、変な雰囲気に変わった。


もしかして。


柚木崎さんも中二病チックな二重人格なのか?



「それは、悪かったな。 でもさ、溜まってたんだよ。 りゅうに本気で殺されかけたからとはいえ、りりあの血まみれの姿に理性を飛ばして、久しぶりに飲んだ。  悪かったさ」



ん、私の血。


飲んじゃった。


えっ、飲んだっけ?



え、柚木崎さんが?



ここ最近、そんな事……あったっけ?



……ある。夢の中で、りょうであれば、だが、確かに私の血飲んでた。


でも、それは、柚木崎さんじゃない。



「悪かった、だと?  それは、血を吸った行為についてか? それとも、味についてか?」


「あんな美味しいものが悪い訳ない。 彼女を求めて、我慢できなかった。  死んでも良い。 まだ、決めきれないのに、会いに行くつもりもなかったのに……」


「お前、串刺しだったからな」


「絶妙に急所はずして、じわじわ痛めつけるのは、ほんとう、サディストの権化だと呪ったよ」



そもそも、【りゅうだ】って氷室さんじゃないのに、お父さんは氷室さんに【りゅうなのか?】って尋ねてたけど、 違う。


姿も、声も、雰囲気も。全然違う。



でも、お父さんとの話しで、氷室さんは自分が「りゅう」だと言った。


途中、まるで多重人格者のように、人が変わって、そのときの気配は確かに「りゅう」に似ていて。


とても……怖かった。



夢の中だと思えばこそ、未だ平静を保てるけど――


まさか、「りゅう」が現実に存在するなんて。


考えただけで、おぞましい。




この上、柚木崎さんが「りょう」だなんてのも、信じられない。




でも、もし……まさか……。


だって、あくまであの二人は夢の中の人間で、


氷室さんと柚木崎さんは、現実に存在する【普通の人間】なんだから――。







明朝、船が港に着き、車に乗って下船した私たちは、都心部の繁華街へと向かった。


さすがに明け方の時間帯とあって、【眠らない街】と呼ばれる場所も、人通りはまばらで静かだった。



車を駐車場に停め、歩いて向かった先は、繁華街の中央に位置するホテルの前だった。


「僕さ。一度来てみたかったんだよね」


「ここ、ファミレスですか?」


「そうだよ、朝食はバイキング営業してるんだ。 さぁ、食事取りに行こう」


9つにしきられた白磁の食器を手に、柚木崎さんは色とりどりのお惣菜を盛りつけていく。


私もそれに倣って好みの惣菜を選び、炊き立ての艶々としたご飯をよそい、端に特産品である某有名どころの博多辛子明太の切子を添えて、テーブルに着いた。


「ジュースバーあったけど、お茶で良い?」


「はい」


柚木崎さんが温かいお茶を注いでくれた。



「お前ら、手で食うつもりか?」


そう言いながら、氷室さんが私たちに箸を差し出した。


ごちそうを前に、すっかり忘れていた。



「いただきます」



ご飯を中心に、色とりどりのおかずに舌鼓を打っていると、氷室さんが顔をしかめた。


なんだろう?



「そんなにたくさん取って、残すなよ」


「おかわりしますよ。パンケーキ、まだ取ってないもん」



最初はご飯から食べようと思ったので、洋食メニューに手を付けて居ないのだから。


「マジか……」


氷室さんは顔をしかめ……。



「りりあは、食べ方綺麗だね」



柚木崎さんは、そう言うと私に微笑みをくれた。


氷室さんの【私への呆れの発言】に対する、フォローなのかもしれない。


「そうですか?」


「お箸の使い方も、食器の置き方も、持ち方も綺麗だ。中々、身に付かないよ。ご両親がきちんとしてたって、感じるよ」


お父さんとお母さんのことを褒められて、嬉しかった。


生まれてこのかた、頭脳も運動神経も中の下で、学校でも、親戚やご近所さんからも、褒められた事があまりなかったから、素直に喜べた。



「まぁ、見苦しくはないな」



氷室さんがなぜか同調してきた。


どうやら【一方的に私を貶したいわけでは無い】と受け取っておこう。


たぶん、氷室さんは私のこと、あまり好きじゃない。


初めて会ったときから、何となくそう感じていた。


おっさんが女子高生の私を好きなほうが、世間一般的にどうかしているし、それが健全でもある。


親子くらい、歳が離れているはずだ。



普段は穏やかで羊みたいな、熊牧場にいそうな、野性味の無い、愛らしい熊みたいな雰囲気。


でも、怒ると東北で人襲いそうな熊みたいに怖い。


あるいは、日本ではもう絶滅してしまった狼みたいに。



最初の料理を全部平らげて、使った食器を片付け、今度は洋食とデザートを持ってテーブルに戻ると、氷室さんがまた声をかけてきた。



「パンケーキはどうした?」


「品切れになってました。残念……」



私は、苦笑いした。


数種類のプチパンに、バターとジャム。


カットフルーツにヨーグルト。


冷たい牛乳をコップに注いで持ってきた。


パンケーキは残念だったけれど、仕方ない。


自分にそう言い聞かせながら食べていると、氷室さんがお皿に番パンケーキを持ってきて私にくれた。


パンケーキをお皿の上に二枚のせて、その上に半円型のバターを載せてたっぷりメープルシロップをかけていた。


なんてセンチメンタルな盛り付けだ。


乙女な見立てに出来上がったそれに、しばし固まった。



「なんだ。不服か? 折角連れてきてやったんだ。 ちゃんと、楽しめ」


「えっ?」


思わぬ行動と言葉に、私が驚くと、氷室さんは顔をしかめた。



「気に入らなかったか? と聞いている」


ハッとして、顔を上げて、氷室さんを見つめながら首を左右に振った。



「いいえ。 そんなこと無いです。  美味しいし、楽しいです。 パンケーキも……嬉しい。 ありがとうございます」



氷室さんは素っ気なく「なら、良い」とだけ言った。


氷室さんの事、よく分からないが、一応気を遣わせているんだろうな。


どんな理由で、氷室さんと柚木崎さんがここに私を連れてきたのか分からないけど。


きっと、何かしらの義務的なものからなのだろう。


迷惑かけちゃっている。


そう思うと、肩身が狭かった。



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