お婆さんや白銀騎士が凛那に気が付かないように、凛那はこの世界に干渉する事ができない。もしかしたら過去、または未来、はたまた別の世界を見ていると推測できる。
もしここが一種の映像の中のようなものだとしたら、ルビー・エスクワイアを展開できないのもそれが理由だろう。凛那はここには存在しないものだからだ。
(でもなんで、私はここにいるの……?)
とりあえず白銀騎士の後をついて行くと、周囲には老若男女関係なく村人が倒れていた。たまに洋服に身を包んでいる村人もいたが、着物の人もいて時代がよく分からない。
斬られている人もいたが中には血を吐いて倒れている人もおり、直視はできないけど、悲しみと悔しさが沸いてきた。
「団長」
団長と呼ばれ、白銀騎士が振り向いたので凛那も声のする方に振り返った。
するとそこには真っ赤な鎧に身を包んだ――いや、あれは着用していない。
展開しているのだ、騎士鎧を。
しかも赤い鎧の中に見える姿は面影が残っている。
先日亡くなった姿より十歳から二十歳くらい若い。
「お、お父さん……」
中はワイシャツとジーンズというラフな格好だ。年のころは三十代だと思う。髪は短く切りそろえられており、精悍な青年といった風貌だ。
「仁、どうした」
「これで村人は全員です」
「そうか、誠司たちはどうだ」
「特に問題は無いようです。ミーティングで話したような反撃もありませんでした」
「反撃が無いに越した事はない。奴らの一撃は騎士鎧を貫通するからな」
仁と呼ばれた凛那の父親は浮かない顔で村を見渡す。
今や燃え盛る家々と死体しか辺りには転がっていない。
「本当にナイツオブアウェイクの全人員が必要だったのでしょうか」
「無論だ、これも私たちの子供のためだ、そうだろう」
仁は答えない。答えに悩んでいるようだった。
「――仁の娘も四歳になったばかりだったか」
「はい」
小さく頷く。
「俺の子もいずれ騎士紋章を受け継ぐ。それを思えば仕方のない事だ」
「分かってはいるんです。理解はしているのですが――」
仁の返答は歯切れが悪い。
「私たちの騎士鎧は何百年も眠ったままでした。それが、こんな。初めて展開するところが、こんな――同士討ちのような」
「同志? いや違うな、仁。
奴らは私たちの喉元に常に牙を当てている狩人だ。
その遺恨を断ち切らねば、いずれ子らもこ奴らの手に掛かることもあるだろう、それでも良いのか?」
「いえ、それだけは絶対に」
「そうだ。我ら騎士は騎士紋章に従い人生を狂わせられてきた。
そして零という存在にも怯えてきた。その因果を断ち切らねばならない。
皆が賛同してくれて嬉しく思うよ、仁」
「団長……そうですね。
出来る事なら未来の子供たちに戦いに身を置いて欲しくない。
こんな生臭いところに立たせたくない。だからこそ、やらねばならない」
「私たちが罪を背負おうじゃないか」
そう言い残して白銀騎士はこの場を立ち去った。
仁はまだ周囲を見つめ、唇を強く噛みしめている。きっと何が正しいのか思案しているのだが、答えが出ないのだろう。勿論彼が展開する騎士鎧も何も答えてくれない。
動かない父親を前に凛那はずっと若い父親を見つめている。
(お父さんも私と同じように騎士紋章に悩み、苦しんでいたんだ。
騎士としての運命に翻弄されてたんだ……私だけが苦しんでいたんじゃないんだ……)
「え?」
仁がまとう騎士鎧が凛那を視界に捉えた。
その赤い兜のデザインは槍の騎士のルビー・エスクワイアとは若干違い、女神のような神々しい羽飾りが随所に施されている。
見習い騎士のエスクワイアよりもずっと貫禄がある。
騎士鎧の異変を感じたのか左肩を押さえて、仁は辺りを見渡した。
「どうしたルビー・アストレア?」
もちろん凛那の姿は見えていないようだ。
ルビー・アストレアと呼ばれた騎士鎧は凛那に手を伸ばし、肩に触れる。
『凛那ですね』
「ひゃっ」
突然話しかけられて変な悲鳴を上げてしまう。
まさか騎士鎧が語り掛けてくるとは夢にも思わなかった。
「は、初めまして」
ぺこりと頭を下げて相手を見ると、ルビー・アストレアは優しく頭を撫でてくれた。