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第53話 欠片

「そんな時、一人の騎士が暗殺された。

 調べてみるとどうやらその騎士は、騎士鎧を使い、私利私欲に溺れ、様々な人間を使い捨てていたらしい。

 そのとき零という騎士の断罪者の存在が、噂から事実となったのだ」


「ええ、確かに零は騎士の道を踏み外した者を、断罪するのが役目と聞きました」


 今、浅蔵家にいる零もそう語っていたのだから、彼らの存在理由に間違いはないだろう。


「それから騎士たちは己の精神を押さえ、私利私欲に走らないようにしたが、どうしても限界があってな。

 人の欲に際限はない。そこで突破口を開いたのが当時の騎士団長でもあった金剛騎士浅蔵剛堅だった。

 浅蔵剛堅は騎士解放宣言と共に騎士を集め、団長しか知りえない零の里を襲撃し……里を全滅させた」


「父が、里を全滅……ですって?」


「ああ、零を全滅させる事で騎士を監視する者がいなくなる。

 そうすれば騎士鎧の力を私利私欲で使っても暗殺されることはなくなる」


 だがな、と比良坂は続けた。


「別の問題が発生したのだ。騎士の心喰化だ。

 力に溺れたものは騎士鎧に心を喰われる。

 それを防ぐ意味も零にはあったらしい。

 それで幾人かの騎士を亡くした」

「で、では貴方も……?」


 黄玉騎士から黒騎士へと変化してしまったのならば、何か理由があるはずだ。そう思い浅蔵は比良坂に聞いた。


「いや、私の場合は心が折れてしまって、騎士鎧に空いた心を侵食されてしまったためだ。私は悔いたのさ、零の里を滅ぼしたことをね」


 比良坂は何十年もあの日から悔いていたのだろう。

 その眼に光は無く、ただ辛く苦しい現実だけを見ている。


「あの時は団長の言葉を信じた。

 将来騎士になる者達の事を考え、私たちが罪を背負えばいいと考えていた。

 監視者が存在しなければ過ごしやすいと。

 だが違った。どんなに立派な人間も徐々に騎士鎧の力に溺れていった。

 そして私は団長――浅蔵剛堅に連絡を取ったのだよ。

 やはりあれは間違いだったと。零を殺すべきではなかったと。

 改めナイツオブアウェイクを招集し、あの時の生き残りの少年に謝罪に行こうと話を持ち掛けた」


 昂我は父親の過去の行いを聞く浅蔵を覗き見るが表情に変化はない。

 顎に手を当て静かに話を聞いている。


「だがね、現実はもっと酷かった。

 剛堅は言ったよ、『他の騎士……? はて、それは誰だ?』とね」

「ま、まさか――」


 落ち着いていた浅蔵の目が大きく見開かれる。


「騎士は既に私以外が死に絶えていた。理由は分からない。

 騎士鎧に喰われたのかもしれないし、闇討ちにあったのかもしれない。

 はたまた自然死なのかもしれない。

 だがね、彼は他の騎士紋章の原石を持ちながら言ったよ。

 『残るは僕と君。それと紅玉を取り戻す事だ』とね」


 強く唇を噛みしめながら、比良坂は言葉を続ける。


「その時だ、僕はもう何も信じられなくなった。

 友人だけではない。自分の運命も何もかも。

 罪に対して何もできない無力な自分も、気が付いたら家を飛び出して街に出ていたよ。あとの事は知っての通りだ。

 私は騎士鎧に心喰され、君たちと初めて相対した」


 浅蔵は怒りを抑えているようだったが、父に対して怒っているのか、騎士の行いに対して怒っているのか、昂我から見て分からなかった。


「理由は分からないが団長は騎士紋章の原石を集めているようだったからね。

 それを阻止するために私は騎士鎧に飲み込まれた瞬間、紅玉騎士へ騎士紋章の欠片を託そうと、力を発したのだよ。そこの彼に防がれてしまったがね」


 と力なく笑った。


「ただの人間が騎士紋章の欠片を受け取れば、体は徐々に侵食されていく。

 だが君はギリギリまで耐えてくれたようだ」


「だ、だから赤槻昂我からも共鳴を感じたのか」


 合点がいったのか浅蔵が呟いた。


「ったく、すげー重たかったぜ。これは返還させて頂きたいよ」


「私としては君に受け継いで欲しいがね。

 誰かを守るために飛び出せるのはそうそうできるものじゃない。

 それに私の命も、もうそろそろ消えてしまう。

 後継者としては申し分ないと思うんだが」


「悪いが俺は受け取れない。騎士になりたくないわけじゃないんだ。

 でももしやと思ったが、これを見れば理解してくれるだろ?」


 そういって昂我は左前髪を書き上げ、比良坂に左目を見せる。

 比良坂は初め何のことか分からなかったが、合点がいったのか大きく目を見開く。


「――き、君は、こ、こんなことが、こんな偶然があるのか……!」


 前髪を戻し、ぼりぼりと頭をかきながら、昂我はやれやれと肩を竦めた。


「師匠と会った時からしか記憶はないから、昔の事はどうでも良いんだ。

 感情は特にない。だが、俺は今のままで十分だ」





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