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Folge02 藍原家の食事

 朝飯の時間。

 妹達がせっせと食事を用意してくれている。

 食卓に座ろうとした時、カルラがオレを見て一言指示を出してきた。


「サダメ、とりあえず顔洗って寝ぐせを直してきて」

「あー、はい」


 カルラに言われて洗面所へ向かう。

 顔を洗って……うわ、水が冷たい。

 顔が赤くなっちゃったよ。

 色が白いからすぐ赤くなるんだよな。

 まだ温水で洗うべきだったか。

 よし飯を食べに……いや、寝ぐせ直してないや。

 ボケてるなあ。

 洗面所に入ってスイッチを押し、五分間ボーっと立っていたらセット完了。


 ――なんて機械が開発されないかな。


「兄ちゃん、朝ごはんできたよ――あれ、まだ寝ぐせ直してないの?」

「今からやる。もうちょっと待ってくれ」

「僕がやってあげるから、そのままじっとしてて」


 タケルが見かねてオレの寝ぐせを直し始めた。

 いや、ただオレをいじりたいだけか。

 なんだか美容室に来たかのような手際で、あっという間に仕上げられた。


「はい、どうぞ。ご飯食べに行って」

「ありがと」


 結果的に五分立っていなくても、自動でセットが完了した。

 なんだ、もう開発されていたのか。いい時代になったものだ。


「さてと、いただきます」

「はい、どうぞ。あ~んして」


 ツィスカがオレの口元にウインナーを寄越してきた。

 反射的にパクッと食べちゃった。


「おいしい? パリッっていい音がしたね」


 にこにこしているツィスカのペースに乗せられている。


「うまい。ウインナーで不味いっていうのもどうかと思うけど」

「そういうこと言わないの。作ったあたしとウインナーに失礼だよ」

「ごめんよ。いつもありがとうな、ツィスカ」

「ご褒美は年中受付しているからいつでもどうぞ、ふふ」


 新婚か!

 これを毎日なんだよな。

 この歳で新婚気分を味わうってどうなの。

 彼女もできたことないのに。

 彼女……か。

 もしかして妹を超える子じゃないと、オレは付き合えないのだろうか。

 それってヤバくない?


「サダメ? そろそろわたしと食事をして欲しいのだけど」


 知らない間にオレの右横にカルラが座っていた。

 そしてスライスしたゆで卵をレタスに乗せて、オレの口へと運んでいる。


「はいはい、いただきます」


 ノンオイル柚子ドレッシングが掛かっているサラダをいただいた。

 まあ、大体ドレッシングはどれをかけてもおいしくなるのだけど。


「カルラもいつもありがとう」


 毎日こうなのだ。

 だから、わざわざこんなこと言わなくてもいいんだけどさ。

 さっきツィスカに言った手前、カルラに言わないと膨れるからね。


「サダメはわたしに気を使わなくていいのよ。わたしのすべてはサダメのためにあるのだから」


 新婚か! パートⅡ。

 まったくこの娘たちはさあ、俺のことをダメな人間にしようとしているだけなんじゃないか?

 タケルはこういう時、黙って淡々と家事をこなしている。

 姉たちを優先させるんだ。

 これは幼少の頃から受けてきた、姉たちからの圧力により確立されているらしい。

 オレの知らないところで三人はどんなミーティングをしているのか。

 考えると怖くなってくるので、その辺は気にしないようにしている。

 といっても、普段の行動で容易にわかるけどさ。

 燕の雛のように双子から朝食をいただいた後は、全員が制服に着替える。

 この着替えがウチの場合は多分、いや絶対に他の家庭とは違うのだと思う。

 ウチは戸建ての5LDK。

 両親の部屋、オレの部屋、双子の共用部屋、タケルの部屋、そして着替え部屋。


 ――着替え部屋。


 タンスと化粧台、ハンガー掛けが置いてあり、まさに着替えるための部屋となっている。

 一部の部屋着はそれぞれ自室に置いてあるが、それ以外はすべてこの部屋にある。

 着替えは専用ルームで――風呂場以外でそんなスペースを使うお宅は無いだろう。


「兄ちゃん、ブラの位置直して~」

「ツィスカ、スポーツブラで何をしろと?」

「だ~か~ら~、位置が悪いんだよ~」

「それは自分で直せるだろ」


 頬っぺた膨らませてオレを睨むツィスカ。


 ――かわいい。


「もう、あたしの気持ちがわからないの?」


 あーもう!

 この娘はなんで……いや、言うまい。贅沢というものだ。

 こんな状況が無い生活だったら、おそらく逆のことを言っているだろうし。

 オレは中学三年の時、考えたんだ。


 ――妹達が中学一年になったら、さすがにいろいろと気にするべきだと。


 そう考えて兄貴ではなく保護者意識を優先すると。

 できるだけ一般的な家庭にしようと尽力してきたつもりだ。


 ――――だが。


 三人は、オレの思いなどお構いなしに懐きを増す一方だ。

 それでも自分なりに踏ん張ってはみたが全く効果無し。

 幼少の頃、両親によって確立された藍原家の生活は、脳に刻まれている。

 そして進化し、今に至る。

 だったら受け入れてやろうじゃないか、この世界を!

 もういい、我慢なんてバカバカしい。

 弟妹が幸せに暮らせるのならそれでいいじゃん。

 オレの幸せにもなるんだから。


「わかっていますよ、ツィスカお嬢様。お直ししましょう」

「ふふ、それでいいのよ兄ちゃん」


 ツィスカのブラ……ぶっちゃけ、直すとこなんて無い。

 でも満足してもらうには、やるしかない。

 左右の脇下を掴んで、適当に下側へキュッとしわを伸ばすようなことをしてみた。


「あん、前のバランスが悪いわ。お願い、兄ちゃん」


 いちいちその歳の色気を限界突破させるんじゃない!

 見慣れている胸に被せられている生地。

 こいつを、さっきと同じように弄って直す仕草をしてあげる。


 あ……さりげに凄いこと語ったな、オレ。


 妹たちの様子でわかるとは思うが、オレの前で裸が平気なのは言うまでもない。

 風呂は毎日一緒に入っているから、お互いに見慣れている。

 小さい頃からずーっとね。


「あのさ、わたしずっと待っているのだけど」

「はいはい。同じようにすればいいか?」


 カルラが痺れを切らして要求してきた。


 ――だよな。


 一人構ったら最後、全員納得するまでお相手をしなければならない。

 ツィスカと同じようにしてあげると、カルラはまた隙をついてキスをしてきた。


「サダメ、ありがと」

「カルラがまたやったあ!」

「はいはい、おいで。」

「わたしだけでいいのに」

「んなわけないでしょ! 兄ちゃん、はい」


 ツィスカは、自分からではなく、オレからしてもらうキスが好き。

 手を軽く顎に当てて上に向け……恥ずかしいからこの先はノーコメント。


「あの、僕も――」

「タケルこそ何を直せというんだ!?」

「だね。いいよ、自分でやります」


 タケルに何もしたくないわけじゃないんだよ。

 でもね、男同士で着替えを手伝うってシチュエーションは無いでしょ。

 まるで介護のようになっちまうからさ、気分的に。

 なんとか着替えも済み、登校し始めないとまずい時間になってきた。 


「もう行かないと。みんな準備は?」

「オ~ケ~」

「んじゃ、行くぞ~」


 全員でぞろぞろと家から出ていく。

 鍵を閉めて登校スタート。

 近所の家からウチと同じように出て来た中高生たちの視線を感じる。

 そんなことを気にするなんて、今更無いオレたち。

 藍原一家は、途中まで同じ通学路。

 双子の美人姉妹という花に両腕を抱えられ、背後には美形の弟が付いてくるフォーメーションで歩き出す。


 さあ、心労が溜まる一日の始まりだ。


 ――――始まるのか。

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